第6章 決断の時 3

 腕組みをして身構えるカズラ。

 簡易取調室に、さらなる緊張が走る。


「まずは確認からよ。王子の家を襲撃した件はどうなの? 家を突き止めたあんたが、アジクに密告したんじゃないの?」

「前に話した通りっス。王子の家は、カズラ様を見守ってたついでに見つけただけっス。それに、誰にもしゃべってないっスよ」

「本当なのかしら。その話」

「信じて欲しいっス。もしも本気で襲撃するなら、わざわざ姿を晒したりしないでコッソリ準備したっス。襲撃の日は、いつも通り単独行動で王子の家の様子をうかがってたら、部下を大勢引きつれたアジクにいきなり背後から肩を叩かれたんスから」


 カズラを監視していたユウノスケ。そのユウノスケを監視していたアジクの部下。まるでコント。

 尾行していながら、尾行されていることに気付かないなんて、ユウノスケも随分と脇が甘い。だがそれを言うと、そもそもカズラがユウノスケの尾行に気付かなかったという話になってしまうので、彼女の面目のために言葉を飲み込む。


 そして襲撃された時のことなら、僕にも一つ気になったことがある。

 それはあの時、アジクが発した言葉。

 一度は問いただしたが、念のため再度確認する。


「アジクは確か『ユウノスケさんのお陰で、僕の正体が王子だとわかった』って言ったよね? その件は?」

「それも前に言った通りっス。本当にわかんねえっス。おいらもアジクの口から聞くまでは、カズラ様と一緒にいる男が王子だったなんて知らなかったんスから」

「前に聞いた時と同じですね、兄さま……」


 ユウノスケの必死さは、目を見れば伝わってくる。

 策士のアジクのことだから、こちら側の混乱を狙ってのでまかせ・・・・というのは、充分に考えられる話。

 家の襲撃の件は、一度は聞いたユウノスケの弁明を、再度聞くだけに終わった。

 カズラも確認と言っていたぐらいだから、まずは小手調べといったところか。


「じゃあ、いよいよ本題。あたしたちがヒーズルに帰って来た、あの日のことは? 王子と、あたしの父を拉致した車を運転してたのは、あんただったわよね?」


 千葉の神社の一件は、時折みんなで振り返ってみたが、わからないことばかり。

 この件がスッキリしないことには、ユウノスケを信用するのは難しい。

 数々の疑問にやっと終止符が打たれるかと思うと、期待感で胸がいっぱいになる。


「あれも、詩音さんと同じことっス。協力してる振りをして、助け出す機会をうかがってたっス。援軍が間に合わないようなら、どっかにぶつけてでも何とかしようと思ってたんスよ」


 思い返してみる、当時の状況。

 そういえばあの時、車のエンジンがなかなか掛からず、ついにはエンジンルームまで開いて修理を始めた。

 ひょっとして、あれは時間稼ぎ?

 それなら、援軍と言うのは……。


「ちょっと待って。君の言う援軍て、主任のこと? まさか、主任もこっちの人で、君の仲間だったっていうのか?」

「んー、半分だけ当たりっス。主任さんは、間違いなく外界の人っスよ。カズラ様に付き纏う男の弱みを握ろうと、周辺調査をしたときに声を掛けておいたっス。何しろ仲睦まじく、夜の街に繰り出して行ったっスからね」

「ひょっとして、会社を辞めた日の夜?」

「解散するのを待って、電話番号を聞いておいたっス。なかなかお開きにならないから、日を改めようかと思ったぐらいっス」


 ニヤニヤしながら、これ見よがしな視線を向けるユウノスケ。

 さらに他に二つぐらい、冷ややかな視線を感じるのは気のせいだろうか。

 あの送別会の件は、すでに解決済みのはずだというのに……。


「でも、主任さんとお近づきになっておいたのは、正解だったみたいっスね。クリスマスや初詣の情報も聞けたんで、アジクには偽情報を流しておいてやったっス」

「ユウちゃん、そんなこともしてくれてたんだね。ありがとう」

「どういたしましてっス。でも千葉の神社の一件じゃ、主任さんにちっとも電話が繋がらなかったんで、王子を危険な目に遭わせちゃったっス。警護隊が反国王派と入れ替わってるから、気をつけるように伝えるつもりだったっス」

「ああ……主任は仕事中、プライベートの携帯電話は電源切っちゃうからなぁ」

「なるほど、それで繋がらなかったっスか」


 あの日主任は、正月の休み明けで出勤。

 しかも運悪く、クレームの対応で初日から長時間の残業。僕とマスターに直接お別れが言えないと、嘆いていたことを思い出す。

 なるほど、確かに辻褄は合っているようだ。

 そして、当日主任と一緒に駆けつけた内の一人、アザミからも声が上がった。


「じゃあ、あの時の主任さんの電話の相手って、ひょっとして……」

「間違いないわね。電話を切るなり、『あたしたちも行くわよ』なんておかしいと思ったのよ。それで到着してみれば、間一髪でしょ? できすぎてると思ったわ」

「やっと主任さんに電話が繋がったんで相談したら、『あたしの王子様は、あたしが守る!』って息巻いてたっスよ。着く直前にもう一回電話するから、あんたはそれまで時間を稼ぐようにって、逆らえない剣幕だったっス」


 またしても、ニヤニヤとこちらを見るユウノスケ。

 さすがに、『あたしの王子様』なんていう主任の言葉は嘘くさい。話を盛ったか?

 だが、不思議に思っていた主任の行動にも、これで説明がついた。

 今となっては主任に確認する術はないが、これだけ辻褄があっていては納得せざるを得ない。


「でも、主任さんに繋がらないなら、あたしに掛ければ良かったじゃないのよ。あたしを騙して、携帯番号手に入れてたでしょ」

「掛けたっスよ。何度も何度も……。でもカズラ様の電話も、ちっとも繋がらなかったじゃないっスか」

「……あっ! 前の日にずっと写真の印刷っていうのをしてて、カズラの携帯電話は電池切れてたんじゃなかったっけ?」

「そういえば……。確かに……」


 裏切られたと思っていた行動の一つ一つが実は真逆で、全ては僕たちを守るためだった。そしてそのために、いつも身体を張ってくれていた。

 そんな事実を突きつけられては、今までの不信に罪悪感を持たずにいられない。


「今まで疑って、すいませんでした。陰で僕たちのために、活躍してくれてたんですね。ありがとうございます。でも、最後の主任の言葉だけは信じませんよ」

「あたしも……思いっきり、平手打ちなんて食らわせてしまって……。あの時も、周囲の反国王派に知られるわけにいかなかったから、あんな目に遭っても黙って耐えてたのね……。信じてあげられなくて、本当にごめんなさい」


 千葉の神社の駐車場での、カズラの平手打ち。

 あの時の感触を思い出したのか、右手をじっと見つめながら目を潤ませるカズラ。

 取り返しのつかない、自分の言動を悔やんでいるのだろう。

 だがそんなカズラに対しても、いつも通り陽気に振る舞うユウノスケ。


「おお、信じてくれたっスか。これでおいらがカズラ様派だって、今度こそ信じてくれたっスか」

「いえ、それはちょっと……。さすがに引くわ」

「そんなぁ……」


 ムードメーカーのユウノスケのお陰で、部屋の空気もいつもの雰囲気を取り戻す。

 そこへ、タイミング良くなのか悪くなのか、マスターが真っ赤な顔で帰ってきた。


「いやぁ、久しぶりのお風呂だったもので、つい長湯をしてしまいました。少々のぼせてしまったようです……」

「あたしが部屋に入ったときなんて、王子一人で高いびきよ!? 父さん、護衛の自覚あるの?」

「面目ない……。ケンゴ様がいらっしゃるはずだったので、つい……」

「ケンゴ様は、カズト様と一緒じゃなかったんですか?」


 アザミが心配そうな声を上げる。

 ユウノスケとマスターが風呂へ行ったのは、おぼろげに記憶がある。

 ケンゴはどうしたっけ……。確か居残ってて、そこへ詩音がやってきて……。




「――思い出した。ケンゴさんは、詩音さんと買い物に行くようにって、僕が追い出したんだった……」

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