第6章 決断の時 2

「――ちょっと! 起きなさいよ」


 気持ち良く寝ていたところを、カズラに叩き起こされる。

 目を擦りながら辺りを見回すと、そこには風呂上り風のアザミとカズラの姿。

 他には誰も見当たらないが、寝たのは男子用の部屋だったはず……。


「早速ユウノスケの話を聞こうと思って、急いでお風呂を済ませて来てみたら、誰もいないじゃないのよ。どうなってんのよ」

「ああ、そういうことか。でも僕も寝てたから、どうなってるって言われても……」

「大体あんた、いくらなんでも無防備過ぎじゃないの? あたしたちが国王派だったらどうしたのよ」

「うーん……国王派じゃなかったんだから、まあいいじゃない」


 寝起きにまくし立てられても、全然頭が回らない。

 それよりも、まだ全然寝足りない。

 改めて腕を枕に寝直そうとすると、カズラが再び揺り起こす。


「良くないわよ。いつどこから狙われるか、わかったもんじゃないわ。ユウノスケは反国王派じゃなかったみたいだけど、実は国王派だった。なんてことだって、充分あり得るでしょ」

「そんなに疑っちゃ可哀そうだよ、カズラ……」

「だって実際、疑わしい行動も多かったし……。今居ないのだって、ひょっとしたら国王への報告に向かってるのかもしれないじゃない」


「――ありゃりゃ……。やっぱり信用ないみたいっスね、おいら」


 突然の本人の登場に、飛び上がるほどビックリしたのはカズラ。

 実際に背筋をピンと伸ばし、そのまましばらく硬直させたほどだ。

 そしてユウノスケの姿を見れば、不在だった理由も一目瞭然。

 濡れた髪に紅潮した顔、手拭いを首に下げたその姿は、間違いなく風呂上がりだ。


「……じゃあ、正直に言うわ。外界でのあんたの行動を考えたら、さっき助けてもらったとはいえ、心の底からは信用できないのよ」

「さっきのユウちゃん、当たりどころが悪かったら死んでたかもしれないんだよ? 信じてあげようよ、カズラ」

「いや、ここはみんなのわだかまりを解消するためにも、全部話してもらった方がいいって。僕だって、正直言えば信用しきれない」

「兄さままで、そんなことを……」


 波風を立てないよう、間に入ってオロオロするアザミ。

 その優しさは長所でもあるが、同時に欠点でもある。そしてその姿は、以前の僕ともダブって見える。

 やはり人として、どうしてもぶつからなければならない時はあるものだ。

 そして、その気持ちはどうやらユウノスケにも伝わったらしい。


「おいらが国王派でも反国王派でもなくて、カズラ様派だってことを証明するためにも、包み隠さず話すっス。さらけ出すっス。もう、スッポンポンっス」

「だから、あんたの言い方は下品なんだってば……」

「スッポンポンってなんです? 兄さま」


 目を覆うカズラ、不思議そうな表情のアザミ。とても対照的だ。

 そんな二人をよそに、決意に目を輝かせているユウノスケ。

 あごに手をやり、考え込んでいるのは、どこから話すべきかと悩んでいる様子。


「疑われてる一番の理由は、反国王派のアジクと行動を共にしてたからっスよね?」

「確かに、さっきので三度目ですからね、アジクと一緒に登場したのは。納得いく理由ってやつを、教えて欲しいところですね」

「そうよね、あたしたちの味方のようなことを言っておきながら、窮地に陥るといつもあなたもいたものね」

「幸い時間はたっぷりあるし、詳しく僕たちに話してもらえますか?」


 カズラの助言に、話す事柄も定まったらしい。

 正座で座り直し、背筋を伸ばして咳払いをするユウノスケ。

 そして、ゆっくりと口を開く。


「まずは、どうして反国王派の組織に居たのか、っていうところから話すっス。もう何年も前の話になるっスが、親父が国王のやり方に異を唱えて、反国王派へと同調したっス。代々国王に仕える血筋のモリカド一族としては、あり得ない行動っス。すぐに国王陛下の下に家督を継ぐ者として、おいらが呼び出されたっス」

「そりゃぁ、そんな行動すれば当然よね」

「そして国王陛下に、二者択一の決断を迫られたっス。家族もろとも牢屋に入るか、それとも今の立場を利用して反国王派の調査に協力するか……」

「ひどい、お父様……。そんなの、協力の一択じゃないですか……」


 そこまで言われれば普通、逆らう者は居ない。

 アザミの言う通り、実質命令。

 しかも、背けば投獄という脅迫のオマケつき。


「ちょっと待ってよ。協力してたってことは、あんたは国王派だったってことじゃない。王子の家の近所で再会したときは、そんなこと一言も言わなかったわよね?」

「あのときはまだ、国王の命で動いてることは知られたくなかったっスからね……。なにしろ、オカンや妹を人質に取られてたようなもんスから」

「いいの? 今、こうしてバラしちゃってるけど……」

「大丈夫っス。こっちに帰って来て真っ先に、身を隠すように伝えたっス。国王軍に追われる身になるかもしれないからって」


 カズラ派を自称するなら、すぐにでもこっち側につけばいいのにと思っていた。

 だが反国王派を裏切ることは、そのまま国王の命に背くことになるわけか。

 この話が本当ならそれだけでも、ユウノスケの一見裏切りに見えた行動に説明がつく気がする。


「そんな事情だったら仕方なかったよね。これでもういいんじゃない? カズラ」

「良くないわよ。そんな大事な話だからこそ、最初に明かしてくれてたら疑わずに済んだじゃないのよ」

「あの日は話せなかったっスが、時間をかけて打ち明ける予定だったんスよ? そのつもりで、カズラ様の前に姿を晒したんスから……」

「ふうん。とりあえず、そういうことにしておいてあげるわ。でも、納得できるかどうかは別問題よ――」


 そこまで話すと、ユウノスケよろしく背筋を伸ばして座り直すカズラ。

 そして、これまた意図的かはわからないが、ユウノスケに負けず劣らずの咳払い。

 いよいよ、カズラの本格的な追及が始まりそうな気配。

 張り詰めた空気は、さながら取調室。カツ丼を用意してやりたいぐらいだ。




「――まずは、あたしの疑問に答えてちょうだい。嘘ついたら、わかってるわよね」

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