第4章 再会 5
クロルツのぼんやりとした明かりが点々と灯る、静まり返った廊下。
地下牢への扉の前で見張るのは、相変わらず屈強な男。
「深夜零時の予定でしたよね? もう一時になりますけど、手紙はちゃんと届けてくれたんですよね?」
「おう、ちゃんと看守に見つからねえように渡したぜ。零時って言っても、あいつらは時計持ってねえし、時間通りってわけにゃいかねえさ」
曲がり角から顔を覗かせ、様子を見てはすぐに慌てて引っ込める。
さっきから繰り返すが、目に映る景色は寸分変わらない。
もはや見張りは人形なのでは? と疑いたくなるほど。
こちらも、顔を覗かせるのが定型作業になり始めたとき、それは起きた。
扉の隙間から染み出すような煙。
見張りが気づくや否や、内側から叩かれる扉と看守の叫び声。
その必死な声は、若干の距離があるここまで届く。
「早く! 早く開けてくれ! 火事だ! あいつら火をつけやがった!」
「おい、中は魔法対策済みだろ? 火なんて点けられるはずないじゃないか」
「ゲホッ、ゲホッ。それでも中はすごい煙なんだ。すぐにここを開けてくれ」
「わ、わかった。すぐに開ける、待ってろ」
ポケットから取り出した鍵で、慌てて扉を開ける見張り。
そして、間髪入れずに跳ね開けられる扉。
大量の煙と共に、中から看守二人が転がり出る。
さあ、狙い通りに行動開始だ。
「それにしてもすげえ煙だな。こんなに強力だとは思わなかったぜ」
「ケンゴさんが作った発煙筒じゃないですか。急がないと、助け出す前にみんなが煙に巻かれちゃいますよ」
「じゃあ、作戦通りいくぜ!」
まずは僕が先行して乗り込む。続けて王族の血統魔法を発動。
力加減なんて器用な真似はまだできないが、効果範囲は廊下の幅いっぱいぐらいは充分にあるはず。
効果範囲内には何ものも寄せつけないのが、この血統魔法。発動したままこちらから突っ込んでいけば、進行上にあるものは全て押しやられていく。
もちろん人だって例外ではない。扉前にいた見張りと看守の全員を押しやりながら、さらに廊下の奥へと押し込んでいく。
「ケンゴさん、後はお願いします」
「おう! 任せとけ!」
地下牢へと向かうケンゴを見届けると、こちらも再び前進開始。
突き当りの廊下の奥へと、ゆっくりと歩を進める。
見えない壁になす術なく、後退を余儀無くされる見張りと看守たち。
その顔には、狐につままれたような不思議そうな表情が浮かぶ。
「アザミちゃんがちっと煙を吸い込んじまったようだが大丈夫だ! もういいぜ」
「兄さま! 助けてくださったんですね、ありがとうございます。ケホッ……」
「アザミ、お礼は後よ。ちゃんと逃げ切れてからでも遅くないわ」
まだ三日しか経っていないというのに、長らく離れ離れになっていた気分だ。
再会を喜びたいが、今はカズラの言う通り。作戦の仕上げをしなくては……。
まずは、扉の手前までゆっくりと後退。見張りと看守も付き従わせる。
「僕も手荒なことはしたくない。でも僕だって王子、王族の血が流れてる。魔法の威力はわかるよね?」
魔法をちっとも使いこなせていないくせに強気な発言。もちろんハッタリ。
だがその言葉は効果があったようで、見張りと看守は顔を青ざめさせながら、首を繰り返し縦に振った。
「結構。じゃあ鍵を扉の前においたまま、君たちは中に入ってくれるかな?」
ケンゴ手製の発煙筒も、どうやら燃え尽きたようだ。
煙の落ち着いた地下に三人を追いやり、無情に扉を閉めると外から施錠。
扉を背に、追い打ちを掛けるように非情の言葉をかける。
「君たちに罪はないけど、閉じ込めさせてもらうよ。鍵はここに置いておくから、朝には出してもらえると思うんで」
まずは第一関門突破。
続いて今は誰もいないはずの食堂の窓から抜け出して、コッソリと庭へ降り立つ。
「あの煙はどんな仕掛けだったのですか? あの地下室は罪人が魔法で逃げ出せないように、魔法対策が施されているはずなのですが……」
「あれは発煙筒っていって、本来は煙で合図を送るための道具だよ。向こうの世界の物を、ケンゴさんがこっちの材料で作ったんだ」
「念のため、ライターも一緒に差し入れといて正解だったな。それにしてもあんなに上手くいくなんて、さすが大発明家のケンゴ様と自画自賛したくなるってもんだ」
上手く出来過ぎていて、牢の中で三人が煙に巻かれそうなほどだったわけだが、今は牢から無事救い出せたので良しとしよう。
だがここは国王の私邸、庭まで逃げてもまだまだ安心はできない。
門には警護兵、周囲は高い外壁。さらに外壁の上部には、外からの侵入者を防ぐための、王族の血統魔法を発し続けるクロルツが仕込まれているらしい。
外壁に梯子をかけて、乗り越えるという作戦も不可だ。
「いよいよですけど、本当に大丈夫ですか?」
「うーん……。専門家じゃねえから、さじ加減がわからなくてなぁ。でもまぁ、大丈夫だと思うぜ」
「この導火線に火を点ければいいんですね? じゃあ、みんな僕の身体に捕まっててください――」
王族の血統魔法は触れている者も媒介して、その効果範囲を広げる。
例えば僕に続けて十人が手を繋いでいれば、十人全員が血統魔法を発動しているのと同じ効果が得られる。
「――いきますよ!」
血統魔法を発動した上で、導火線に手をかざし、魔法を使って引火する。
チリチリと音を立てながら進む火花は、時折進路をくねらせながら、徐々に壁に向かって走っていった。
――ドゴーン!
凄まじい轟音。
巻き上がる土煙で視界も奪われ、植えられていた木々も音の発信地から遠ざかる向きに、全てなぎ倒された。
一瞬の後に、頭上に降り注ぐ外壁の欠片。
念のため、血統魔法を発動していなかったら大惨事だったに違いない。
土煙が晴れ、星明りにうっすら浮かぶ外壁には巨大な穴が。というよりも、十メートルほどの幅で、外壁が崩れていた。
「やべぇ……。また、やりすぎちまったかもしれねぇ……」
「頼みますよ……。今回のは、下手したら死んでましたよ」
「まあ、まあ。結果オーライよ。人が来る前にトンズラしちまおうぜ」
崩れた外壁に向かって駆け出す五人。
先頭にケンゴ、そしてアザミとカズラの手を引く僕、しんがりにはマスターが背後を警戒しながら続いた。
瓦礫を乗り越えながら、敷地の外へ。
「一体何事だ!」「反逆者か!?」「増援を呼べ!」
声は迫るが外敵の侵入を警戒しているのか、外壁の外へは出てこない警護兵。まさか、内部の犯行とは思っていないのだろう。
一足先に瓦礫を乗り越えた僕たちに、追手はかからなかった。
「――しかしお前さん、王子なんてせっかく良い御身分だったのに……。棒に振っちまうなんて、もったいねえな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます