第6章 決断の時 6
「――あ、あなたは……」
「久しぶりだな、あの時は世話になった。偶然の再会に祝杯でも挙げたいところだが、その前にまずは借りを返しておかないとな」
路地から姿を現したのは、かつて見るに見かねて喧嘩の仲裁に入ったときの男。
そしてその後ろでは男の妻が、相変わらずの妖艶な体躯と衣装で手を振る。
さらに別な路地からも男が現れ、こちらからも威勢の良い声がかかる。
「俺を差し置いて、楽しそうなことしやがって。この町での祭りは、会長の俺様を通してもらわねえと困るなぁ」
「なにが祭りだ。我々は国王の命により、そいつらを捕えに来た。邪魔をするということは、国王の命に背くのと同義だ。貴様らだって、捕まりたくはないだろう?」
「ケッ! 虫唾の走る物言いだぜ。邪魔をするのが国王の命に背くってえなら、そいつはつまり正義ってことだな」
それぞれに、手下を十人ほど引き連れている。合計二十人あまり。
人数では上回っているものの、おそらくこの人たちは魔法は使えないか、使えても微力だろう。
容赦のない国王軍に、太刀打ちできるのだろうか?
そしてそれは、国王軍側もわかっているらしく、その中の一人が声を張り上げる。
「人数がちょっと多いからって、魔力のないお前たちに一体何ができる。容赦なく魔法で蹴散らしてくれるわ。痛い思いが嫌なら、邪魔はしない方が身のためだぞ」
「てめえらこそ、シータウの掟を知らねえみたいだな。ここは、人を傷つける魔法はご法度だ。そして、魔力を笠にふんぞり返るやつが、俺は一番嫌いなんだよ!」
「貴様ら……。どうしても、邪魔をするっていうなら……くっ」
国王軍の男が声を詰まらせる。
白い防魔服に、白い頭巾。ついさっきまで威圧的に、その姿を大きく見せていた。
だが、急速にその威勢はなりを潜め、姿までもが小さくなったように見える。
そして次の瞬間、その理由がはっきりした。
「出てけ! この野郎!」
「国王の犬め!」
「ぶち殺すぞ!」
「容赦しないわよ!」
あらゆる方向から湧き起こる、怒号、怒声。
早朝の人通りのまばらな大通りだと思っていたが、いつの間にやら一変。
路地という路地から現れる人々。
建物の窓という窓から、顔を覗かせる人々。
どうみても開店時間には早すぎるが、戸を開けて仁王立ちの店主たち。
その圧倒的な数で、異様な空気を作り出す。
そしてそれは、一杯のバケツの水から始まる。
ちょうど国王軍の並んでいたところの二階から、一人の老女が水をぶちまけた。
それを皮切りに、投げつけられる土、砂、石ころ。
八百屋からは野菜、本屋からは本、魚屋からは魚のアラ……。
ありとあらゆるものが乱れ飛ぶ。
魔法ならば防げる防魔服も、物理攻撃相手には役に立たない。
そして、この圧倒的な人数差。
一人や二人を魔法で蹴散らしたところで、数の暴力には歯が立たない。
「撤退だ! ひとまずは撤退! 国王に背いた罪は、改めて償わせてやる」
一目散に敗走の国王軍。
その姿を目にして、街全体を震わすような歓声が湧き起こった……。
「何やら国王の犬がちょろちょろと、目障りな動きをしてやがると思ってたんだが……。まさか、狙いがあんたらだったとはなあ。しかし国王軍とは、厄介な奴らを敵に回したもんだな」
久しぶりの顔合わせに懐かしがられ、会長の家に招かれる。
顔まで覚えていてくれるとは、なんという律義さ。
そんな人柄だからこそ、一声であれだけの人を動かせるのだろう。
しかし、借りを返そうとしたとはいえ、国王軍に歯向かうなんて身の程知らずだ。
「すみません、みなさんを巻き込んでしまって。これで報復なんてことになったら、なんてお詫びして良いやら……」
「気にすることはねえさ。別にあんたらじゃなくても、この町で魔力にものを言わせてたら、どんな奴が相手でもああしてたからよ」
「そうそう、会長の魔法嫌いは筋金入りだものね。いつものことよ」
かつて人助けをした時も、確かにそんなことを言っていた。
魔法については弱者の集まる街だからこそ、そういう思いが強いのだろう。
僕一人だけが面識ある状況で親し気に話していると、横からカズラがコッソリと耳打ちをする。
「……会長ってなんなのよ。なんか、やばい集団じゃないでしょうね……」
だがその声は大きすぎたのか、会長には筒抜けだったらしい。
これみよがしの咳払いに、気まずい表情を浮かべるカズラ。
「おっと失礼。みなさん方とは初対面だな。俺は町内会長をしているタイゾウ。そしてこいつが、昔この人に助けられたロク。で、こっちがその妻のモモだ」
「以前助けちゃもらったが、今日の分で貸し借りなしだな。これでスッキリしたぜ」
「貸しだの、借りだの、小さいことにこだわる男だねぇ、お前さんは。それにしても、なんで国王軍なんかに追われてたのさ、あんたたち」
「私が、おと……。いえ、国王に捕まって処刑されそうになってたところを、兄さまが助けてくれたんです。そのせいで、兄さままでもが追われる身に……。」
魔法嫌いの会長に、魔法弱者の集まる街。
僕とアザミが王子、王女なのはもちろん、魔法が使えることも黙っていた方がいいかもしれない。
当時は本当に使えなかったのだから仕方がないが、突然使えるようになったと言えば、また説明が面倒になりそうだ。
「そいつは、勇敢な兄貴だなあ。思えば、ロクを助けてくれたときだって、治安官に喧嘩売ったようなもんだしな。しかも、今度は国王に喧嘩吹っ掛けるたあ、まったくもって気に入ったぜ」
「いや、喧嘩を吹っ掛けたわけじゃ……。ただ、魔力絶対主義の悲劇はもうたくさんだとは思ってます」
「おお、気が合うな。俺も魔力絶対主義はいつかぶっ潰してやりてえと思ってたんだ。どうよ、このまま一緒に、俺様の大っ嫌いな王族に殴り込みかけねえか? ハッハッハッ……」
いきなり喧嘩を売られてしまった……。
僕もアザミも国王の子供だなんて、口が裂けても言えない。
とはいえ、打倒魔力絶対主義という点での意気投合は素直に嬉しい。
そして、できることならぶっ潰してやりたい。
しかし、国王に面と向かって対抗できるほどの自信はない。
国王の兄のロニスとはやり合ったが、国王の魔力はそんなもんじゃないという噂。
それに僕は、魔法の扱いだって初心者レベル。戦術以前の問題だ。
「会長、調子に乗らないの!」
「でもなあ、この男ならやってくれそうな気がしてなあ。さっきもなんだか、不思議な光景じゃなかったか? なんだかみんなが、光に包まれてるように見えたぜ」
「それは王族に代々伝わる血統魔法。覇者のみが持つ、高貴な輝きにございます」
マスターが、珍しく口を開いたと思ったら余計な一言。
よりによって、こんなタイミングで……。
「王族……?」
「血統魔法……?」
会長、ロク、モモが互いに顔を見合わせ、不思議そうな表情を浮かべる。
そしてこちら側に向く、不穏な視線。
ここまできたら、観念して話してしまった方がいいだろう。
「すいません。実は僕、王子なんです。ヒーズル第一王子のレオなんです」
「王子?」
「あの消息不明の?」
「レオ王子?」
思いっきり頭を下げる。
静かな口調で三人ともが、語尾を上げる疑問形。
疑っているのか、それとも怒っているのか……。
口数の少なさが不気味で、顔を上げるのがためらわれる。
そして、しばらくの沈黙の後――。
「プハッハッハッハ……。こいつはいい、王子が国王に喧嘩吹っ掛けるたぁ、最高だぜ。頭を上げてくれよ、王子様に頭を下げられちゃ、俺は土下座しなきゃなんねえ」
「いや、でも、僕は会長の嫌いな王族なわけで……」
「俺が嫌いなのは、魔力を持ってるやつじゃねえ。それを笠に、威張りくさってる魔力絶対主義のやつらよ。もしもあんたが、本当に魔力絶対主義をぶっ潰そうっていうなら――」
きっとまだ半信半疑だろうが、王族というだけで反目されずに済んで助かった。
そして会長が、握手をするための右手を差し出しながら、真顔で言う。
「――この街の全面協力を約束するぜ」
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