第6章 決断の時 5

「――みなさん、起きてください。ここも突き止められたかもしれません」


 まだまだ早朝だというのに、見張り当番のマスターに揺り起こされる。

 普段なら「もう少しだけ……」と、子供のようなわがままを言うところだが、事態が事態だけに否が応でも目が覚める。


「……国王派が来たんですか?」

「まだ敵の正体ははっきりしませんが、白い防魔服を着込んだ人影が複数おりました。今は物陰に潜んでおりますが、いつ踏み込んで来るかわかりません」

「こうしちゃいられねえっス。おいらは、隣に知らせてくるっス」


 頼まれもしないうちに、部屋から飛び出して行くユウノスケ。

 普段の腰の重さはどこへやら……。

 別な意図があるとしか思えない。


「――ウギャーっス……」


 廊下から聞こえてきた叫び声。間違いなくユウノスケのものだ。

 慌てて部屋から駆け出してみると、そこには股間を押さえて小さくうずくまる姿。

 そしてその向こう側には、仁王立ちのカズラ。


「あ、ちょ、誤解しないでちょうだいよね。蹴りつけたわけじゃないのよ。部屋に飛び込んできたんで、咄嗟に足を出したら、そこにぶつかってきたっていうか……」

「大丈夫? ユウちゃん」

「へ、平気っス……。これぐらいは、覚悟の上っス……」


 大方、どさくさに紛れて突然部屋に押し入ったのだろう。自業自得だ。

 とはいえ、ユウノスケの苦悶の姿には、同性として同情心も湧く。

 だが、そんな雰囲気をかき消すように、マスターから緊迫感のある声でけしかけられる。


「そんな、悠長にしている状況ではございませんぞ。みなさん、早急に荷物をまとめて、出立のご準備を!」




 大急ぎで身支度を整え、宿屋のおかみを叩き起こす。

 そして急な出立を告げ、宿泊していた一週間分の宿代の清算。


「出口は、あの正面だけですかな?」

「お客様用はあちらのみですねぇ。他には、使用人の勝手口がございますが……」

「うーん、きっとどちらも手が回っているでしょうな」


 外では国王派らしき者たちが、手ぐすねを引いて待ち構えている。そんなところへ無策で出て行くのは、さすがに無謀というものだ。

 しばらく、腕組みをして考え込むマスター。

 頭を悩ませているところに、ケンゴが知恵を貸す。


「要は、外の見張りを撒けばいいんだろ? 俺に任せなって」


 自信満々にウィンクするケンゴ。

 さらには、この世界で通用するとは思えない、胡散臭いサムズアップ。

 だがみんな、疑うことなくケンゴの指示に従い、履物を持って後に続く。

 いつ国王派が踏み込んで来るかもわからない、切迫した事態。そこへ自信たっぷりの素振り。となれば、口を挟む者は誰もいない。


 向かった先は、宴会場へと続く渡り廊下。

 そこでケンゴは、どっかりと腰を下ろし、靴を履き始める。


「おかみさん、すまねえが訳ありなんだ。ちょっと、庭を通らせてもらうぜ」

「ケンゴさん、まさか……あの塀を乗り越えて行こうっていうんじゃ……」

「ちょ、ちょっと、お客さん、困りますよ。庭は手入れしたばっかりだし、塀の向こうはお隣さんの家なんですよ」

「平気、平気。隣は前に仕事で来たことがあるからな、家の勝手はばっちりよ」


 胸を叩き、任せろと言わんばかりのケンゴ。そういう問題じゃない。

 そうは言っても今は状況が状況。道徳上は許されないが、背に腹は変えられない。

 必死に制止するおかみさんにみんなで頭を下げ、せめて庭を踏み荒らさないようにと、隅の方を一列になって進む。


「なかなか高い塀ですな。わたくしが最初に上って、みなさんを引き上げましょう」

「じゃあ、俺は塀の向こうで下りるのを手伝うとするぜ。家主に見つかったとき、俺が居た方が都合いいだろうしな。もっとも俺の顔なんざ、覚えてるとも思えねえがな、ガハハ」

「じゃあ、おいらはここで責任を持って、みなさんを押し上げるっス」

「いやらしいこと、考えてないでしょうね?」

「め、め、滅相もないっス。最後まで居残る責任重大な任務は、ぜひともおいらに任せて欲しいっていう、純粋な気持ちっスよ」


 いや、絶対嘘だ。しかし、そんな些細なことでモタモタしている場合ではない。

 まずは身軽に、マスターが塀の上へとよじ登る。そして塀にまたがりつつ、ケンゴへと手が差し伸べられる。

 マスターの介助で、難なく塀を乗り越えたケンゴは向こう側で待機。これにて配置完了。後は一人ずつ、乗り越えていくだけだ。


 まずは、ユウノスケがアザミを肩車。

 塀の上からマスターが引き上げつつ、ユウノスケが下から押し上げる。

 乗り越えたら向こう側にぶら下がり、後は向こう側でケンゴが支えつつ受け止めるという段取り。

 「キャッ」という小さい悲鳴が聞こえてきたのは、無事着地した合図だろう。


 次の順番は僕。途中で追っ手が来ても、要人だけは逃がそうという配慮。

 そして、アヤメが続く。

 さて次はというところで、塀の向こうから聞こえてきたのは、言い争いの声。


「あんた、先に行きなさいよ」

「結構、塀高いっスよ。おいらが先に行って、もしもカズラ様が登れなかったら困るっスから、ここは先にお願いするっス」

「わ、わかったわよ。その代わり、いい? 上、見たら承知しないわよ」

「わかってるっス。やましい心なんて、ひとかけらもないっスから」

「ちょっと……押さなくてもいいってば。へ、変な所触らないでよ、この変態!」


 まったく、何をしているのやら……。

 だが、こういうときに純真な乙女なのは、いつもカズラ。

 アザミなんて、こっちが慌てて目を逸らすほど大胆に上ったというのに……。


 しかし、確かにカズラの身のこなしなら、塀にさえ手が掛かってしまえば、手助けなんて必要ないだろう。

 その証拠に塀に手が掛かったと思ったら、次の瞬間には軽々と乗り越え、そのままこちら側へと着地した。


「急げ、ユウノスケ君。やつらが来たぞ!」

「は、はいっスぅ」


 塀の上で、慌てた声で叫ぶマスター。

 ここからでは塀に阻まれて様子が見えないが、事態は切迫しているらしい。

 塀にユウノスケの手が掛かる。そしてマスターが身体を掴み引っ張り上げる。


「こっちだ! しっかりついて来いよ!」


 なんとか全員がこちら側へ。

 と同時に、一番土地勘のあるケンゴを先頭に、集団で駆け出した。


 庭を抜け、通りへと出る。

 そしてケンゴが選んだのは、大通りへと続く道。

 人通りがある方が、やつらも下手に魔法を撃てないという判断だろう。


「後ろ、後ろ。もう来てるっスよ。あちゃちゃちゃちゃちゃっ!」


 最後尾を走るユウノスケの声に振り返ると、服から煙が立ち上っている。

 今はまだ早朝で、それほど人通りは多くない。

 それを良いことに、容赦なく魔法をぶっ放しているらしい。

 となれば、こちらも応戦。後ろに向けて重力弾を放つ。

 なんとか、追って来た二人は撃退。さぁ、改めて逃走――。


「むぎゅ……」


 前を向いた途端に、マスターへ激突。全員が立ち止まっていた。

 そして、みんなの視界の先にあったのは、道を塞ぐ白い防魔服が十人ぐらい。

 どうやら、先回りされていたらしい……。


「みんな集まれ!」


 国王軍が魔法を放つよりも先に、王族の血統魔法を発動する。

 ユウノスケだけは身体に触れるのが間に合わなかったらしく、後方へとはじけ飛んだ。


「ぐええ……ひどいっスぅ」

「ごめん。でも、後ろの追っ手はやっつけてあるから」

「ユウノスケ、あんたもモリカドの血を引く者なら、一人でなんとかしなさい」

「うぅ、カズラ様は王子に守ってもらいながら、ひどいこと言うっス」


 一度発動してしまうと、解除しないと何ものも寄せつけないのがこの魔法。

 味方だからと、都合良く後から輪に入れてあげられないのは欠点だ。

 そして今は、国王軍からの魔法攻撃を受けている状態。迂闊に解除もできない。


「どうされますか、王子。モリカドの魔法で外界へ逃げ延びますか?」

「この人数が向こうで散り散りになったら、集まるのも苦労するよ」

「でも、このまま耐えてるだけじゃ、何の解決にもならないわよ」


 妙案も思いつかないまま、時間だけが経過していく。

 魔力持ちも複数抱えているので、しばらくは枯渇することはないとはいえ、長期戦になればやはり限界は訪れる。

 攻撃に転じるべきか、それともマスターの案を受け入れるか……。

 葛藤に歯ぎしりを始めたとき、勇ましい声が響いた。




「――騒ぎを聞きつけて来てみれば、恩人の危機みてえだな。野郎共! 俺の恩人のために、ひと暴れするぞ!」

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