第6章 決断の時 7

 付け焼刃の魔法特訓。

 今はシータウに身を潜めているからいいものの、いずれはまた国王軍がやってくるに違いない。

 そんな状況を想定して、アヤメに稽古をつけてもらっているが、そう簡単に上達するほど甘くはない。


「おう、精が出ますね王子。この分じゃ王子お一人で、国王なんてやっつけちまうんじゃねえんですか?」

「そんなわけないでしょう、会長。国王の魔力はとてつもないって、もっぱらの評判じゃないですか。国王の兄にやっと引き分けた程度じゃ、歯が立ちませんて」


 こちらが拍子抜けするほどに、あっさりと受け入れてくれた会長。

 王子と信じてくれたのはありがたいが、引き換えに語尾が微妙な丁寧語になって気持ち悪い。


「確かに、そういう噂は耳にしますねえ。でもまあ、街の方もケンゴさんが指揮を執って、魔法対策は進めてるんで。王子も――」

「会長! 国王からの使者と名乗る者が! ……痛っ」


 報告に来た部下の頭のてっぺんに、いきなりげんこつを軽く食らわす会長。

 会長の怒りを買ったのは、話を遮ったからなのか。それとも、国王の使者を不用意に通したからなのか。

 確かに、こんなところに国王軍の手の者を連れてこられてはたまらないが、まだ僕を王子と知る者は例の三人のみ。

 とんだとばっちりの彼に、申し訳ない気分だ。


「で? その使いとやらは、どこにいやがるんだ?」

「向こうの茶屋に待たせてあります」

「わかった。……ってこったから、ちょっと外させてもらいますよ」

「お気をつけて……」


 そう言って見送りながらも、気がかりなのは国王の使い。

 用件なんて、僕たちのこと以外には考えられない。となると、僕も無関係ではないわけだ。

 コッソリと見つからないように、会談の場となる茶屋へと向かう。



「……それで? 国王様直々の使者さんが、わざわざ何の用ですかい?」

「言わなくても想像はつくであろう。先日、国王陛下に歯向かって逃亡した者達の件だ。単刀直入に言う、全員の身柄を引き渡せ」

「いやあ、なんのこってす? 俺たちが気づいた時にゃ騒ぎも静まってて、辺りには誰もいませんでしたぜ」


 飄々とした態度の会長。手馴れた白々しい受け答え。

 だが使者は、それに腹を立てる様子もなく、平静を保ったまま。

 静かな口調で、淡々と話を続ける。


「なるほどな。だが、彼らがシータウにいるのは間違いない。匿っていないというなら、これから捕らえて差し出せ。ここに、国王陛下のご署名入りの通告書もある」


 懐から手紙を取り出し、会長へと手渡す使者。

 そもそも、身柄を差し出すはずがないことはお見通しで、今日の真の用件はこの手紙の配達だろう。でなければ、一人だけで訪ねてくるはずもない。


 渡された手紙を乱暴に開き、椅子の上にあぐらをかいて目を通す会長。

 そしてその要求は、相当に受け入れ難い内容だったらしい。保とうと努力している笑顔が、こらえきれずに時折引きる。


「乱暴ってえより、横暴だなあ、こりゃ。要するに、今日から十四日以内に六人全員を突き出さなきゃ、シータウじゅうが火の海になっても知らねえぞって脅迫か?」

「私は、国王陛下からお預かりした通告書を手渡したまで。不平不満はそのまま、国王陛下への反逆行為とみなす」

「ケッ! 本当は、シータウを焼き尽くしたいだけなんじゃねえのかい? 俺たちを、この国から追い出すためによ!」


 手紙を握りしめ、声を荒げる会長。

 町内会長として耐え難いことが書かれているのは、手紙を見ずとも想像がつく。

 それにしても、僕たちがシータウへ逃げ込んだことが、これほどの迷惑をかけるとは思ってもみなかった。

 ここまで会長の好意に甘えていたが、これは街を離れるべきかもしれない……。


「貴殿の発言は聞かなかったことにしておいてやる。いちいち構っている暇もないのでな。なにしろシータウ市内の町それぞれに、この通告書を届けなくてはならない。それでは次に会うのが、十四日後じゃないことを願うぞ」


 そう言い残すと、会談の場を後にした使者。

 会場となった茶屋には、会長が一人佇む。

 そして余りの静けさに、身動きすれば音で気付かれそうで、僕も息を潜める。


「ちっ……。本当にむかっ腹の立つ野郎だぜ、国王って奴は……」


 ぽつりと、独り言を漏らす会長。

 そう思ったが、どうやらそれは独り言ではなかったようだ。


「なあ、おまえさんもそう思うだろ? ああ、でも王子ってことは、親父さんにあたるわけか……。身内の悪口聞かせてすまねえな」

「盗み聞きしてたの、バレてたんですか……」

「盗み聞きだったのかよ。だったらちったあ、気配を殺すなりしろってんだ」


 さっきまでの丁寧語はどこへやら。

 やはり、通告書の内容に憤っているに違いない。

 となれば、これ以上の迷惑は掛けられない。


「会長さん、短い間でしたがありがとうございました。これ以上の――」

「感謝の気持ちがあるならよ。そいつを、ひと働きして返しちゃくれねえかな」

「え? どういうことですか?」


 告げかけた別れの言葉は遮られ、逆に突き付けられる要求。

 一体、何をしろというのか……。


「この街にゃ色んな奴がいる。先祖代々魔力のねえ奴、ついこの間まで栄華を誇ってた没落貴族、気まぐれで流れ着いた奴……。そんな奴らだが、共通して言えるのは『魔力絶対主義』には、散々苦しめられてきたってこった」

「僕も短い間ですが、それは充分に味わったつもりです」

「だからよ、『魔力絶対主義』をぶっ潰すために、力を貸しちゃくれねえか?」


 それは、抗議行動に出るという意味だろうか?

 いや、血の気の多い会長のことだ。きっと、それ以上の意味だろう。


「反乱を起こすつもりですか?」

「今までも何度か、小競り合いは繰り返してきた。だけどな、やっぱりあいつらに本気の魔力を向けられちゃ、どうやっても歯が立たねえんだよ。反逆罪で捕まった奴もいれば、魔法をまともに食らって命を落とした奴もいた。それでも、仇も取れずに黙って耐え続けるしかなかったんだ……」


 歯ぎしりをするほどに、その表情を歪めながら訴えかける会長。

 胸の奥から絞り出すような、その苦しそうな言葉の数々は僕の胸に響く。

 だが世の中は、気持ちの強さだけでは動かない。動くのは力の強さだ。

 そして、そこまでの力は僕にはない、それが現実。


「……お役に立てるなら立ちたいですが……。僕だって、大した力を持ってるわけじゃない。一人や二人ならまだしも、国王軍を相手だなんて無理ですよ」

「なにも王子一人で、国王軍をぶっ潰してくれって言ってるわけじゃねえんだ。街のみんなの先頭に立って、拠り所になって欲しいんだよ」

「首謀者として、みんなを扇動しろってことですか?」

「ああ、そういうこった」


 会長の気持ちは理解できる。

 大きな反乱には、それに見合ったリーダーが必要。それが一国の王子なら、格は充分だろう。

 だが、僕はみんなが思うほど、王子としての資質も知識も持ち合わせちゃいない。


「反乱を起こして国王軍と敵対するってことは、死者だって出るかもしれない。命を落とすかもしれないのに背中を押すなんて、僕にはできませんよ」

「自殺志願者を崖の上から突き落とせって言ってるわけじゃねえんだよ。死ぬために戦うつもりはねえ、今の生活を守るために戦うんだ」

「それでも、命を落とすかもしれない……」

「魔力のない奴らへの迫害は、日を追うごとにひどくなる一方。そして、今回の通告書だ。もう俺たちゃ、戦うしかねえところまできちまってるんだよ!」


 会長の切実さは、充分すぎるほど伝わってくる。

 しかし、会長がやろうとしていることはクーデター。内戦。そう、戦争なのだ。

 当然ながら人的、物的被害も、どれほどになるか想像もつかない。


「でも、きっと他にもなにか方法が――」

「今回の通告書であいつらは、あんたたち六人を差し出さなきゃ、シータウを焦土と化すって言ってきやがった。だったら、腹を括るしかねえだろ」

「だからそれは、僕たちが他の街で騒ぎを起こして、シータウにいないことを証明すれば――」

「いや、奴らは口実が欲しいんだよ。きっと差し出さなきゃ、それを理由に攻め込んでくる。それどころか差し出しても、こいつらは偽物だなんて言うに違いねえ」

「まさか、そんな……」


 会長の勢いに飲まれて、反論も言い切ることができない。

 いや、勢いに負けているわけではない。きっと、会長の意見に同意しつつあるのだろう。

 自分の居場所は、自分で作るしかない。

 そして、自分の居場所が侵されたのなら、それは自分で守るしかない。


「俺たちの街を守るための戦いに、あんたたちを巻き込むのは申し訳ねえと思う。だけど、力を貸しちゃくれねえか? 王子様よお」


 そこまで言われて、自分にも守るべきものがあることを思い出す。

 処刑されかけ、今なお命を狙われている妹のアザミ。それに、カズラやマスター。

 今は何とか逃げ延びているものの、このままではいつまで経っても問題は解決しない。やはり、根本と対峙しなくては。

 その根本というのは、会長たちとも共通の敵、ヒーズル国王。腹は決まった。




「――わかりました。守るべきもののために戦いましょう、会長」

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