第7章 立ち上がるシータウ

第7章 立ち上がるシータウ 1

 残された期間は二週間。

 戦うと決めたはいいが、本当に一国の軍隊相手に勝算はあるのか?

 協力すると返事はしたものの、やはりまだ迷いは消えない。


「さて、わざわざ集まってもらったのは、ほかでもない。この通告書の件だ」


 一堂に会しているのは、シータウ市内の町内会長の面々。

 シータウは一丁目から六丁目まであり、それぞれに会長がいる。

 タイゾウが会長を務めるのは一丁目。市内一の繁華街を抱えているせいか、発言権も強そうだ。

 現に司会を務めるタイゾウ主導で、ここにいる全員が集められたぐらいだ。


「まったくひどい話だよな。国王の横暴にもほどがある」

「しかし逆らえば、我々は住処を失うことになるからのう」

「そもそも二週間以内に、お尋ね者とやらを見つけ出せると思うかい?」


 それぞれに困り顔の町内会長たち。

 その悩みの種が、ここにいる僕。同席していて心苦しい。

 嫌な汗を滲ませていると、タイゾウが声を張り上げた。いよいよ、本題の時間だ。


「ちょっと聞いてくれ。もしも、もしもだ。お尋ね者を捕らえたらどうする?」

「決まってるだろう。突き出す以外に、選択肢があるのか?」

「国王軍に追われてる身なら、かばってやりたいのは山々だが……。このままじゃ街が焼かれちまう。行く末は気の毒だが、俺たちにゃどうすることもできねえやな」


 口々に返ってくるのは、当然の答え。

 僕だって彼らの立場なら、他の返答なんて思いつきもしない。

 しかしタイゾウは、食いついてきた他の会長たちに、思惑通りといたずらに笑いかける。


「――そのお尋ね者って奴がよ、実は王子だとしたら?」


「王子って……。もう、十何年も消息不明のあれか?」

「冗談にもほどがあるぜ」

「まさかタイゾウさん、実はもう捕らえてあるなんて言い出すんじゃあるまいな?」

「騒動のどさくさで、見失ったんじゃなかったのか? タイゾウさん」


 僕の方をチラリと見たタイゾウ。これは、いよいよ始める合図か。

 汗が吹き出し、心臓は激しく高鳴る。なにしろ僕は、目の前の五人から見れば仇のようなもの。そのまま袋叩きにされても、何もおかしくはない。


「みんなも気になってたとは思うが、ここで紹介させてもらうぜ。このお方がヒーズル王国、第一王子のレオ様だ。てめえら、ひれ伏すがいいぜ!」


 他の会長たちは、全員揃って怪訝な顔。

 王子が発見されたことすら公になっていないのに、その本人がこんな貧民街にいるなんて言われても、信じる者などいるはずもない。

 その上『ひれ伏せ』なんて、笑えない冗談だ。きっと、僕の好感度は最低だろう。


「こ、この度は……お騒がせしてすみません! ぼ、僕がお尋ね者になっている、王子のレオです。皆様のお怒りはごもっともですが、話を聞いてください――」


 まともにみんなの顔が見られないので、目を閉じたまま叫ぶ。

 裏返る声。威厳の欠片もない。

 どこからどうみても、ただの胡散臭い『自称王子』だ。


「――皆さんのお気持ちは、僕も理解しているつもりです。実際、冤罪で捕まりかけたこともあります。それに、僕の妹は魔力がないせいで、国王から命を狙われ続けています。こうして、みんなを不幸にしている元凶の、魔力絶対主義は僕自身間違ってると思いますし、無くさなければいけないと思っています」


 静まり返る会議の場。

 目を閉じ腕組みする者、ずっと睨みつけてくる者、天井を見上げたままの者。

 その行動は様々だが、間違いなく真剣に聞き入っている素振りはない。

 すんなりと話に乗ってくるとは思っていなかったが、こうも反応が薄いと不安にもなる。

 そして、その不安は的中。参加者から不満の声があがる。


「魔力絶対主義が諸悪の根源なのは、みんなわかってんだ。知りたいのは、本当にできるのかってことよ。大体、あんたが王子だってなら、国王は父親ってことだろ?」

「俺はあんたが王子だって言っても、『はい、そうですか』とは信じられねえな」

「まったくだ。王子が国王から逃げ回ってるなんておかしな話だし、そもそもこんな貧民街をうろついてるはずがねえ」


 やはり、それが普通の感想だろう。

 だが、なんとか最低の好感度を挽回して、少しでも信じてもらわねば……。


「それは無理もありません。ですが――」

「別に、信じてくれなんて言ってねえさ。協力も必要ねえ。ただ黙っててくれりゃ、それでいいんだ」

「それでいいんですか? でも、ここは……」

「もちろん、協力してくれるってえなら大歓迎だ。だがな、シータウ全域を火の海にするこたあねえ、そんな危険は一丁目だけで充分さ」


 始めた釈明は、あっさりとタイゾウに遮られた。

 確かにいくら言葉を重ねても、信用を勝ち取るのは難しい。

 しかし国王軍に対抗するには、一人でも多くの協力者が必要なはず。そんな言葉で突き放してしまっては、協力だって得られないだろうに……。

 案の定、二丁目から六丁目の会長たちで意見交換が始まった。


「そこにいる王子を差し出せば、俺たちは助かるってことだろ」

「それはどうかの。国王は、シータウに火を放つ口実が欲しいだけかもしれん。だとすれば、差し出そうが差し出すまいが、結局国王軍に侵略されるのではないかの」

「シータウを更地にして、街を作り直すって話かい? あれはただの噂だろ?」

「いえいえ。貴族の間では土地の配分も、すでに決まってるって話ですよ」

「だからって、王子を差し出せば国王軍の出番はねえだろ」

「差し出したところで、偽物だったって言われたら、こっちは証明のしようがないからの。国王なら、それぐらいのことは平然とやってくるだろうよ……」

「…………」


 難しい顔で議論を続ける、各町の会長たち。

 賛成、反対、さまざまな意見が飛び交う。

 こちらからは口を挟む余地はない。黙って見守るのみ。

 そして、三十分程続いた話し合いにもやっと結論がでたようだ。


「お尋ね者を匿ったのは、一丁目の独断でやったこと。俺たちは何も知らなかった。これでいいんだな。タイゾウさんよ」

「おう! 一丁目の外には迷惑かけねえからよ。よろしく頼むわ」

「うちの町に火の粉が飛んできたときは、容赦なく叩き出すから、そのつもりでの」


 邪魔をしないという意味では、間接的な協力と言えなくもない。

 最悪この場で捕らえられ、そのまま突き出される結末もあり得た以上、充分すぎる結果だろう。

 満足いく承認を得たタイゾウは、改めて全員に頭を下げた。


「ありがとうよ! そして、一つだけ頼みがある。今回戦う意思のない者や、戦えない老人や子供、そいつらの受け入れをお願いしてえ。よろしく頼む!」

「それじゃあ、こっちからも頼みがある。国王嫌いの血の気の多い奴は、二丁目にもたんまりいる。祭りに参加できなかったら、そいつらから恨まれそうだからよ。一緒に戦いてえってやつは、祭りに参加させてやってくれよ」

「うちの町でも、声は掛けさせてもらおうかの。そしてわしも、作戦には口を出させてもらうぞい」


 なんだかんだ言いながら、積極的な協力を惜しまない会長たち。

 この結末はタイゾウにとっては予定通りだったのかもしれない。

 結局、僕の心配など杞憂だった。

 まとまったシータウの総意。タイゾウがテーブルの上に立ち、景気付け。




「――虐げられてきたシータウ市民の怒り、思いっきりぶちまけてやろうぜ!」

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