第5章 逃亡者 4

「――今っス! 逃げるっス!」

「貴様……何をする。裏切るのか? 邪魔するな……」

「そもそも……あんたに忠誠を誓った覚えはないっス……」


 こちらに向かって駆けてくる、アザミと詩音。

 その向こうでもみ合う、詩音の隣にいた男。

 すんでのところで銃に掴みかかり、銃口を脇へと逸らせてくれたのはユウノスケだった。


 だが、危機が去ったわけではない。

 アジクもすぐさま、銃を掴むユウノスケの手に左手を押し付ける。

 次の瞬間、ユウノスケがうめき声をあげて銃から手を離した。

 きっと魔法を放ったのだろう。


「くそっ。逃がすか!」


 アジクは銃を構え直し、まだそれほど離れていないアザミに再度銃口を向ける。

 僕もケンゴも駆け寄るが、明らかにその距離は遠すぎる。


 ――パーン!


 三発目の銃声は、ついに人を貫いた。

 だがそれはアザミではなく、そして詩音でもない。

 銃口の間に割って入ったユウノスケは、銃弾を受けながらもアザミと詩音をかばいながら、突っ伏すように倒れ込んだ。


 僕は駆け出した勢いのままに、ユウノスケの元へ歩み寄る。

 それは一緒に駆け出したケンゴ、かばわれたアザミ、詩音も同様だった。

 背中に血を滲ませたユウノスケ。その赤黒い滲みは、面積を広げていく。


「大丈夫ですか? ユウさん」

「ユウちゃん。しっかりして!」

「おやおや、人の心配をしている余裕がどこにあるんですかね? わざわざ的になりにくるなんて、王子、王女の自覚が足りないみたいですね――」


 見上げれば、そこにはアジク。

 そして、頭に向けられる銃口。

 咄嗟に身体が動いてしまったとはいえ、アジクの言う通りの無茶な行動だった。

 今や魔力は枯渇し、誰の身も守れない。

 なんの足しにもならないが、せめてみんなをかばうように両手で抱きかかえる。


「――この武器の威力は充分ご存じのはず。一瞬で楽にして差し上げますよ。それにこの距離なら、外すこともありませんからね。キシシシシ……」


 その時、そっと耳元で囁いたのはアヤメ。

 いつの間にやら、背中にしがみついていた。


「……早く、血統魔法よぉ……」


 見上げる目の前には、引き金を引き絞るアジク。

 その悪魔的表情は、人をあやめるのになんのためらいも感じられない。

 そして思わず目を閉じた時、四発目の銃声が鳴り響く。


 ――パーン!


 ゆっくりと目を開くと、そこにアジクの姿はなく、水色の空が広がるばかり。

 そして視線を下ろした視界の先で、数人の部下に抱き起されている姿が目に映る。

 悔しそうな表情を浮かべるアジクは、再度銃を構え、こちらに向けて発砲する。


 ――パーン! パーン! …………。


 魔法も物体も寄せつけない血統魔法、銃弾といえどもそれは例外ではなかった。

 空になった薬莢やっきょうだけが、アジクの足元に転がっていく。

 しかし、僕の魔力は枯渇していたはず。なぜ血統魔法を発動できたのか……。

 不思議そうに両手を見つめる僕に、その答えをアヤメが示す。


「そもそも王族の血統魔法は、寄り添う人々の魔力を集結して、その全ての人を守る魔法なのよぉ。だからあたしの魔力、全部持って行きなさいな!」


 確かに魔力が枯渇していたときの気怠さは、今は感じられない。

 これは背中にしがみついていたアヤメの魔力を吸収して、回復したということか。

 アヤメの言葉からすれば、そういうことだろう。

 ならば回復したとはいえ、その魔力はアヤメの魔力量。

 調子に乗って消費すれば、きっとすぐにまた枯渇してしまう。


 ――パーン! パーン! カチッ、カチッ……。


 相変わらず、闇雲に銃を撃ち続けているアジク。

 だが、装弾数には当然限りがある。

 弾切れの今が、形勢を逆転するチャンスだ。

 すっくと立ちあがり、ゆっくりとアジクに向かって右手をかざす。


 慌てて弾倉の交換をするアジク。

 きっと向こうの世界で練習はしたのだろうが、ぎこちないその手つき。

 やっとの思いで交換を済ませたようだが、もはや手遅れだ。


 ――ドゴーン!


「ぐあぁっ!……。ひぃ、手が……、手がぁっ……」

「それは、カズラの右手を火傷させた分だ」


 扱える数少ない魔法、高温化で弾倉を一気に高温に。

 弾倉内の弾丸が一気に薬莢破裂を起こし、アジクの右手の中で銃が暴発した。

 その威力は思いのほか強力で、アジクの右手首より先は原型をとどめていない。

 失くした右手を押さえながら、半狂乱状態のアジク。

 周囲の部下たちも、謎の爆発に怯え、何も出来ずに遠巻きに眺めるのみ。


「ま、待て、待ってくれ」

「待ちませんよ。今までの所業の代償を、覚悟してもらいましょうか」


 涙を浮かべながら、その場から逃げ出そうとするアジク。

 まずは逃げられないように、足へと重力弾をお見舞いする。


「ぐえぇ……。あ、足が……」

「フッ、魔法ってやつは当てるのが簡単ですね。どこでも好きな所に当てられますよ。今のは向こうの世界で、僕の家をめちゃくちゃにしてくれた分」

「ひいぃ……。助けて、助けてください。もうしません、もうあなた方には手を出しませんから、お許しください」


 過去のアジクの悪行を思い出し、怒りを込めた重力弾はアジクの左足を砕いた。

 逃げることが叶わなくなったアジクはこちらへ向き直り、命乞いへと切り替え。

 さっきまでの威勢は完全に消し飛んだアジク。まともに動く左手一本で、拝むように必死に懇願する。

 だがそれを気にも留めず、右手をかざしたままゆっくりとアジクの元へ。


「さっき撃たれた左頬!」

「ぐっ……。お願いします、お願いですから、命だけはお助けください」

「言うことはそれだけですか? まだあなたには、カズラを攫ってひどい目に遭わせたっていう、最大の罪も償ってもらわないと……」


 簡単に当てられるのだから、わざわざ近寄る必要などない。

 だがアジクの行いは、至近距離で威圧してやらないと溜飲が下がらない。


「兄さま、それ以上やったらだめです」

「それ以上やったら、そいつ死んじまうぞ」

「助けて……。何でもします、何でもしますから……」


 こちらを見上げたまま、まだ動く左手と右足で必死に後ずさりするアジク。

 その彼に右手を突き付けたまま、ゆっくりと距離を詰めていく。

 やがて壁に突き当たり、完全に逃げ場を失ったアジク。

 こちらもほぼ真下に見下ろしながら、最後の言葉を告げる。


「さあ、どこで楽になりたいですか? 心臓? それとも頭ですか?」


 ニヤリと笑みを浮かべた僕に、アジクの畏怖は極限まで高まったようだ。


 ――ドスン!


 撃ち込んだのは、今の僕に出せる最大威力の重力弾。

 派手さのない低く鈍い音と共に、地面が軽く揺れる。

 アジクの股の間にできた、ぽっかりと大きな凹み。

 アジクは吹き飛んだ右手の痛みも、砕けた左足の痛みも忘れたように完全に脱力し、その大きく凹んだくぼみに生暖かいものを垂れ流す。

 どうやら、恐怖のあまりに白目をむき、気絶。そして、失禁したようだ


「さてと、次は君たちの番だけど――」


 取り巻きの反国王派をひと眺めしてみるが、誰も身動き一つしない。

 逃げたところで無駄、むしろ下手に動いて目を付けられたくないというところか。




「――君たちへの罰は、アジクとロニスを連れてとっとと帰るんだ。そして二度と僕たちの前に顔を出すな」

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