第5章 逃亡者 3
「――残念、外しましたか……。この銃ってやつは、当てるのに苦労しますね」
さらに現れたのは、黒い防魔服をまとい、銃をこちらに向けて突き付ける男。
だが、こちらの魔力が尽きたのを見抜いたのか、頭巾を外して左手に握りしめた。
「お、お前は……。どうしてここに」
「これはこれは王子様、お久しぶりでございますねぇ。どうしてって、決まってるじゃありませんか。つい先日、開いた界門を通って帰って参った次第。本日は十七年越しの、宿願の恩返しができそうで楽しみですよ。キシシシシ……」
「貴様とっくに到着していたはずなのに、今頃現れおって……。どういうつもりだ」
「ロニス様、さすがでございます。おかげ様で、王子の魔力は尽きた模様。後はこの私が、とどめを刺してご覧に入れますよ」
「私を先行させて、王子の魔力を削らせたということか。私を駒に使ったというわけだな……」
「人聞きの悪い。私が先行しても、王族の魔力の前には勝ち目がありません。これは、作戦というやつです」
どうやらロニスも、アジクに利用されていたようだ。
かといって、同情の余地などない。
それにしてもアジク、銃なんてどうやって入手したというのか……。
いくら向こうの世界に居たとはいえ、日本では簡単に買えるはずがないのに。
「王子! こちらへ!」
後方から呼び寄せたのはマスター。
血統魔法を発動する魔力もなく、しかも相手は銃。確かにこれでは勝ち目がない。
言葉に従い、玄関の中へ駆け込もうと振り返ったところで、再びアジクが荒げた声で叫んだ。
「待ちなさい! こちらには、人質がいるんですよ。それに、銃は離れていれば当てるのは難しいですが、この距離なら間違いなく当てられますよ」
その言葉に、再度アジクへと振り返る。
すると向けていた銃口を、これ見よがしに隣の女性へと突き付けるアジク。
さっきは銃にばかり気を取られて気付かなかったが、銃口を頬にめり込まされた女性は、着崩したブレザーに濃い目のメーク。
その姿は見間違いようがない。そこに立っていたのはケンゴの娘、詩音だった。
そして、その後ろ手に縛られた詩音をさらに隣で押さえているのは、アザミとカズラの幼馴染であるユウノスケ。
「詩音さん! どうして、こんなところに!」
「あなた方が接触したということは、関係者だと思いましてね。親身になって話を聞いてみれば、お父さまに会いたいなんて健気なことを言うじゃないですか。ですから、親切心で連れてきて差し上げたというわけですよ。キシシシシ……」
「詩音……って。ま、まさか、あそこにいるのは……」
フラフラと力なく、僕の横へと歩み出たケンゴ。
信じられないという表情で見つめられては、首を縦に振ってみせるしかない。
「放しなさいよ! 話が違うじゃないのよ!」
「いえいえ、違わないですよ。あそこにいらっしゃるのが、あなたのお父さまじゃありませんか?」
「え!? 嘘……」
目を見開いて、驚きの表情を見せる詩音。
別れ別れになったのが七歳の時では、言われるまで気づかなくても仕方がない。
そんな詩音に駆け寄ろうとするケンゴを、銃を頬に押し付けて牽制するアジク。
こうなっては相手の出方を静観し、チャンスを待つしかない。
「モリカドさん。みんなで外界に逃げようなんて、変な考えは起こさないように。この子……死にますよ」
「やめろ! 人質なら俺が代わるから、詩音は開放してやってくれ」
「嫌ですよ。あなたと代わられたら、力負けするかもしれないじゃないですか」
「――それなら、私が! 私となら、人質の交換に応じてくれますか?」
背後から突き刺さったのは、アザミの声。
その声に振り向くと、カズラの腕を振り切り決意の表情で歩み出る、凛とした王女の姿が目に映った。
「ほう、勇ましい王女様ですね。いいでしょう、その勇気に免じて交換に応じるとしましょうか」
「ダメよ! アザミ。あなたが人質になっても、何も解決しないわ。むしろ、今よりも状況が悪くなるわよ」
「でもね、カズラ。王位の継承争いに、無関係の人を巻き込んだままじゃいられないわ。どうせ私は魔力のない役立たず。処刑なんていう無駄死にに比べたら、一人の命を救えるなんて素晴らしいことじゃない?」
「いけません、王女様。落ち着いて、他の方法を考えましょう」
周囲の必死の説得にも耳を貸さないアザミ。
軽く深呼吸をすると、一歩一歩ゆっくりと前進を始める。
玄関からアジクの所までは十五メートルほど。
普通に歩けば一瞬のその距離だが、死と隣り合わせのその行進は見る者には辛く、そして重い。
行進はやがて、玄関とアジクを結ぶ直線上にいる僕の横へと差し掛かる。
僕の手は無意識に、アザミの腕を掴んでいた。
だが向けられたのは、余りにも穏やかな笑顔。
その奥に秘めた決意を感じ取り、掴んだ腕を緩めるしかなかった。
さらに五メートル進んだ辺りで、アザミは立ち止まる。
「人質を放しなさい」
「手の届く距離まで来ていただけないと、人質を解放するわけにはまいりませんね」
「わかりました。約束は守ってくださいね」
さらに一歩、また一歩とアジクの元へ向かう。
あと数歩でアジクの手が届くという距離に差し掛かった時、彼はニヤリと笑った。
「アザミ、ダメだ! 戻れ!」
僕が声を発した時には、すでにアジクは動き始めていた。
詩音からアザミへと、その狙いを変える銃口。
絶対に外すことのない至近距離で、アザミへと銃が突き付けられる。
――パーン!
乾いた破裂音が、日もだいぶ高くなった青空へとこだました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます