第5章 逃亡者 2

「――食らえ!」


 言い終わるや否や、すかさずロニスが突き出すのは右手。

 間髪入れずに撃ち込まれた魔法の影響で、さっきまで座っていたソファーは吹き飛び、食器棚は激しい音を立てて倒れる。

 だがこちらは、その影響を微塵も受けていない。

 間一髪、僕の張った精一杯の血統魔法が、それを寄せ付けなかったからだ。


「なるほど、確かに王子のようだ。今の魔法が届かないということは、王族の血統魔法に間違いないようだ……。だが、魔法戦で私に勝てるかな? ほれ、ほれ、身を守っているだけでは勝ち目はないぞ」


 煽るロニス。

 その一言、一言に呼応するかのように、室内が無残にも破壊されていく。

 壺は割れ、本棚も倒れて、収められていた書籍をぶちまける。

 一体どんな魔法を向けられているのか見当もつかないが、相当に魔力の込められた魔法だということだけは想像がつく。


 魔法戦なんて挑まれても、どう戦っていいのかなんてわからない。

 今発動させている血統魔法を維持するだけで精一杯。防御に徹するのみだ。


「ロニス様! 奥にも三名おりまして、我々が押されている模様です」

「何とか踏みとどめろ! 何のための防魔服だと思っている」

「ですが、物理攻撃でして……。もう、すぐそこまで迫っております!」


 迫ってくる騒々しさ。

 物理攻撃ということは、マスターとカズラが蹴散らしているのだろうか。

 神社でのあの夜を思い起こせば、武器をものともしない二人の姿は容易に想像できる。


「くそっ。かくなる上は仕方がない……」


 ロニスがそう呟いた途端、弾き飛ばされる周囲の部下たち。

 彼も王族の血統魔法を発動したに違いない。

 あっという間に彼の周囲には誰もいなくなる。せめてロニスに触れていれば、そのまま残れただろうに。


「さあ、まだまだ勝負はこれからだ。国王の血を引く者たちよ」

「…………」


 改めて右手をかざし、魔法攻撃の姿勢をとるロニス。

 僕と違い、向こうは血統魔法を使いながらも、同時に攻撃を仕掛けてくる。

 受けて立つと言いたいところだが、攻防一体と専守防衛ではその差は歴然。

 僕に出来るのは、ただひたすらにロニスの攻撃をじっと耐えるのみだ。


「もう少し踏ん張ってぇ! この雑魚たちを蹴散らしたら、あたしたちも加勢するからねぇ」

「わかりました……。なるべく早くお願いしますよ」


 アヤメの声が聞こえる。もう、すぐそこまで来ているようだ。

 大きな励みになるその言葉。耐えてされいれば、じきに状況は変わる。

 今はその声を信じて、自分にできることをやるだけ。


 だが少々、不安もある。

 僕の魔力が弱まっているのが、なんとなくだがわかる。

 使いすぎで枯渇しそうなのかもしれない……。


「貴様ら、もう少し役に立たんか!」


 ロニスが怒声を上げ、廊下へと気を取られる。

 どうやら部下を蹴散らし、ロニスへと到達したらしい。

 廊下に向けて左手を突き出し、魔法で牽制を始めた。


(これは、一瞬だけなら……)


 血統魔法を解き、渾身の重力弾をロニスに浴びせてみる。

 重力弾は思った以上に効果があったらしい。

 身体をよろけさせるロニス。


「貴様……、これほどの威力とは……」


 怒りの形相でこちらに振り向くロニス。

 そこへもう一発、渾身の重力弾を放つ。

 しかし、今度は効果なし。血統魔法の強度を上げてきたのだろう。

 もう、こちらから攻撃するゆとりはない。こちらも負けずに血統魔法をかけ直し、徹底防御の構え。


「カズちゃんもカズラちゃんも、頑張って攻撃続けてぇ! 攻撃を凌がせることで、残存魔力を削れるわよぉ。だから、そっちも頑張って耐えてねぇ。そして隙ができたら、さっきみたいに攻撃してぇ」


 壁に隔てられて姿は見えないが、アヤメの声で指示が飛ぶ。

 その内容を聞いて、魔法戦というものが理解できた。

 つまりは消耗戦。保有魔力が多くて、強い方が勝つ。なるほど、魔力絶対主義の根幹はそこにあるわけだと、実戦を経験して実感した。


「調子に乗って強烈な魔法を使い続けたせいで、随分と魔力が弱ってきたみたいね、ロニス! もう少しよ王子、あんたも踏ん張んなさい!」


 気合の入るカズラの言葉。

 そう言われてもひたすらに耐え続けて、明らかに魔力を弱らせているのはこちらも同じ。こうなれば根くらべだ。

 カズラの挑発の言葉に腹を立てたのか、再び意識がそちらへ向くロニス。


(今なら一発撃てそうだ……)


 右手をロニスに向け、再び渾身の重力弾。

 だが、放ちながらでもわかる、威力の物足りなさ。

 そんな弱々しい重力弾だったが、ロニスの血統魔法も相当に弱っているらしい。

 この程度の重力弾でも、再び体をよろけさせた。

 そしてそのまま、玄関の方へと倒れかけるロニス。


(よし! 追撃のチャンスだ)


 応接室を飛び出し、廊下へ。

 そしてそのまま、玄関の方へと身体の向きを変える。


「――グハッ……」


 顔面に一発、強烈な一撃。

 追撃に夢中で、血統魔法を切らしていた。

 油断していたことを後悔しながら、衝撃に身体がのけぞる。


「兄さま!」

「大丈夫でございますか!?」


 身体を気遣う声に我に返り、慌てて血統魔法をかけ直す。

 だが、冷静に考えれば素の状態でもこの程度の衝撃、拳で殴られた程度の威力しかない。


「どうした? 効かないぞ。今度はこっちの番だ」


 右手を突き出し、床を這うロニスへ向ける。

 一発、さらにもう一発……。ロニスに重力弾をぶつけるが、威力はさっきぶつけられた程度しか出ていない。

 ロニスは逃れようと、玄関から這い出す。

 逃がすまいと追いかけるが、足取りがガックリと重い。魔力切れか?

 だがロニスもこの調子なら、これ以上の危害は加えられないはず。後はみんなに任せればいいかと、玄関から外へ歩み出る。


(なんだよ……。もう夜は明けてたのかよ……)


 戦闘に必死で、そんなことすらも気付いていなかった。

 東の空は充分に明るく、太陽の光が顔を照らす。

 その時だった……。


 ――パーン!


 乾いた破裂音。

 この世界には似つかわしくない音。

 だが僕はこの音を、子供の頃からテレビでよく聞いて知っている……。




 ――音と同時に頬を何かがかすめ、ひりつく痛みを感じさせた。

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