第5章 逃亡者 5
アジクは部下に背負われ敗走。
そしてロニスもまた、大きく肩を落としながらそれに続いた……。
まさかこれ以上の反撃はないだろうと思いつつも、マスターに尾行を依頼して用心に用心を重ねる。
そしてみんなの元へと急ぐと、そこにはカズラに抱きかかえられたユウノスケの姿があった。
「……すまねえっス……。きっと、みんなを騙してた罰が当たったっス……」
「あんたは黙りなさい! アヤメさん、早く治して……。治癒は専門なんでしょ?」
「そうは言われてもねぇ……。さっき王子様に、あたしの魔力全部持っていかれちゃったしぃ。魔力はすぐには回復しないわよぉ……」
「ユウちゃん、私の代わりに犠牲になるなんて……。私が……、私が人質交換なんて言い出さなければ……」
命を懸けた、身を挺しての行動。
それを目の当たりにすれば、本当はどちらの味方だったのかは一目瞭然。
ならばなぜ、疑わしい行動ばかりとっていたのか……。
真相を詳細に聞きたいところだが、そんな状況ではない。
「王女様は悪くねえっス。それより詩音さん……すまねえっス。危険な目に遭わせて、なんてお詫びしていいかわからねぇっス……」
「でも、捕まってた最中もずっと、あたしのこと励ましてくれてたじゃない」
「アジクに目を付けられた以上、自分が拒んでも別の誰かがやってたっスから……。それなら表面上は協力してみせて、隙あらばと思ったんスけど……。ほんと、ギリギリになっちまったっス……」
明かされる真相。
詩音の好意的な言葉からも、ユウノスケに嘘はなさそうだ。
「あんたはしゃべったらダメだってば! 近くに治癒魔法使える人は――」
「いいんス。多分おいらはもうダメっス……」
「おい、兄ちゃん! あんた、俺が神社でロニスに追い詰められた時に、割って入ってきた人だろ? 俺だけじゃなく、娘の命まで救ってくれたんだ。礼もしねえ内に、死んだりしたら承知しねえぞ」
「あんた……本当は裏切ってなかったのね。それなのに、あたし……。あんたのこと信じてあげられなくて……」
カズラはユウノスケを抱きかかえたまま、その顔に大粒の涙を幾粒も滴らせる。
そしてアザミもユウノスケの手を取り、胸元でギュッと握りしめる。
「いいんス。最後にこうして、憧れのカズラ様に抱きしめられてるんスから……。このままカズラ様の腕の中で死ねるなら、なにも思い残すことはねえっス」
「なに馬鹿なこと言ってんのよ……。冗談でもそんなこと言わないでよ……」
「冗談じゃないっスよ……。本当にずっと憧れてたっス。男は本当のことほど嘘っぽく言っちゃう、シャイな生き物なんスよ……」
「……シャイってなによ……。なんなのよ…………」
時折裏返る、喉の奥から絞り出すようなカズラの涙声。
そしてユウノスケの声もまた、より一層か細くなる。
まぶたも、今にも閉じてしまいそうなほどに力がない。
それを見てカズラは、もはや怒りにも似た叫び声を上げる。
「バカ! 死なないでよ! なにか……なにかして欲しいことはないの?」
「……そ、それじゃ……最後に、く、口づけを…………」
「…………!?」
さすがにカズラも一瞬戸惑ったようだが、今にも消え入りそうなユウノスケを見て、覚悟を決めたらしい。
息を整えながら、静かにユウノスケを見下ろすカズラ。
周囲を気にしながらも、その顔にゆっくりと、自分の顔を寄せていく……。
「――はい、はい、はい。そこまで、そこまでぇ。さすがにちょっと、調子に乗りすぎじゃないかしらぁ?」
アヤメの声に、慌ててユウノスケから顔を遠ざけるカズラ。
そのまま驚いた表情で、アヤメを見上げる。
「え!? どういうこと?」
「咄嗟に魔法で、身体硬化でもしたんじゃないかしらぁ。硬化した肋骨に当たって、弾は跳ね返ったみたいねぇ」
「それじゃ、まさか……」
「もちろん肋骨に当たってなかったら、今頃死んでたかもしれないけどぉ。とっても幸運なその人は、いわゆるかすり傷ぅ」
治癒の専門家のアヤメが落ち着いていたのは、すでに手遅れなのかと思っていた。
だが、実際はその正反対。慌てる必要がなかったからだった。
「ま、マジっスか? あ、でも……言われてみれば、ちょっとヒリヒリするぐらいで、大したことないかもしれねえっス……」
――パーン!
さっきの銃声よりも、さらに乾いた破裂音が炸裂した……。
魔力が回復し始めたアヤメに治療してもらい、ユウノスケの止血も完了。
落ち着いたところへ、ちょうどマスターが帰ってきた。
「奴らは私邸へ引き上げた模様です。おそらくもう、舞い戻ってはこないかと……。それより、ユウノスケ君がぐったりしているみたいですが、大丈夫なのですか?」
「ああ、彼は嘘をついていた
「そう、それも二回もね」
カズラの怒りは、まだまだ静まる気配を見せない……。
「みなさん無事ということなら、次の行動に移った方がいいかもしれません。今度は国王派が、いつやってやって来てもおかしくありませんので」
「確かにマスターの言う通りですね。それじゃ、ケンゴさんと詩音さんを日本へ送ってもらえますか? 僕とアザミとカズラは、ひとまずシータウにでも身を潜めよう」
「すまねえ、お願いしますよ。ああ、やっと日本に帰れる時が来たんだな……。向こうに帰ったら、ゆっくりと留守にしてた十年間の話を聞かせてくれや。なあ、詩音」
そう言ってケンゴが肩に手を掛けると、表情を曇らせる詩音。
思いつめた表情で目を背けていたが、やがてケンゴの手を払い、叫ぶように訴えかけた。
「帰りたければ、一人で帰りなさいよ! あたしは残る。あんな家には帰らない」
「おいおい、どうしたってえんだよ、詩音。俺に会いに来てくれたんじゃ――」
「言ってないわよ、そんなこと! あたしはあの家から逃げて来たの。あそこには、あたしの居場所なんかない。そうよ……、あんたの居場所だってないわよ、あの家には……」
思いがけない詩音の反応に、目を丸くするケンゴ。
そして、向こうの世界の状況を知っているだけに、何も言えない僕たち。
こんなことなら、ケンゴに全て話しておくのだったと後悔しても、後の祭り。
「いくらなんでも、親に向かって『あんた』はねえだろ……。そりゃあ、十年もほったらかしにしたんじゃ、偉そうなことも言えねえが……」
「あんたはもう、あたしのお父さんじゃないのよ! 十年の歳月を甘くみないでよ」
「お、おい。それって……まさか……」
アザミに駆け寄り、胸の中で泣きじゃくる詩音。
ケンゴも大体の状況は察したのだろう、深くため息をつくとポツリと呟いた。
「あんたら知ってたのか?」
「すいません…………」
「そうか。でも、謝るこたあねえよ。俺がお前さんの立場でも、きっと話せなかったに違いねえさ……。でもよ……十年かかって、やっと帰れると思ったら――」
わざと軽い口調で、明るく切り出したものの、徐々に声を詰まらせるケンゴ。
やがておもむろに背を向け、太陽を見上げる。
そして震えた声で、つかえていた言葉を一気に吐き出す。
「――帰る場所がもうなくなってたなんて、洒落にもなんねえよな」
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