第3章 国王謁見 5

 ――カチャ、カチャ。


 食器の音だけが、重苦しい空気の室内に響く。

 血液鑑定の結果は数日を要するらしいが、血統魔法が発動した点を考慮して、王子としての待遇を受けることになった。

 感動の親子再会となるべきところだが、僕に記憶がないせいで微妙な距離感。

 お互いに気を使いあって、緊張感漂う晩餐だ。


「レ……。いや、それで記憶は全くないのか?」

「おと……。え、ええ、申し訳ないのですが、全然ありません」

「でも、私にはわかりますよ。あなたは間違いなくレオよ。魔力だって、記憶だって、時間と共に戻るはず。ですから、慌てず少しずつ慣れてくれればいいのよ」


 王妃の優しい言葉。

 今までに感じたことのない温かさだ。母親のぬくもりという奴だろうか。


「それで、さっき見せた以外には、どんな魔法が撃てるのだ?」

「いきなり魔法の話? あなたは、いつもすぐに……」

「えーっと……。お風呂を沸かせるようになりましたね」

「将来国王となるべき者が、風呂を沸かすなど……」


 国王が目を覆う。

 アヤメから温度上昇の変化魔法は基本中の基本で、汎用性が高いと教わった。

 そして習得以降は、使い続けて得意魔法にしなさいと、風呂の沸かし役に任命されたのだが……。ひょっとしたら、良いように使われていただけだったのか?


「あら、昔はレオにお風呂を沸かしてもらって、それに浸かるのが楽しみだったじゃないですか」

「そ、それはレオが子供だった頃の話だろう」

「僕は……、そんなことをしてたんですか」


 やっぱり何一つ思い出せない。

 両親と顔を合わせれば……。

 思い出のある場所に行けば……。

 懐かしい話を聞けば……。

 きっとそれがきっかけになると期待したものの、サッパリだ。


「そうだわ、レオは居なくなるまで、ずっと私邸で過ごしてたんだから、行ったら何か思い出すかも」

「うーん、確かにそれはあるかもしれんな」

「それに私邸に行けば、またナデシコとも過ごせるんですし」

「あいつの話はするな。あんなやつは、もう娘じゃない」

「ナデシコはれっきとした、私の娘です。それなのに、あんなところにまた閉じ込めちゃ、可哀そうですよ」


 ナデシコと言えばアザミのことだ。

 この会話を聞くと、家に帰っているような口振り。

 アヤメの家で、機が熟すまで身を潜めている手はずだったのになぜ?

 かといって、下手に質問をして墓穴を掘っては元も子もない。


 アザミのことが気になりながらも晩餐は終了。

 手際よく従者が食器を片付ける。


「わたしはこれから人と会う約束がある。今日は色々あって疲れただろうから、もう部屋に戻って休むがいい」

「不自由があったら、従者に申し付けなさいね。取り計らってくれるから。今日は私も同席するから、お話はまた明日にでも聞かせてちょうだい」


 そう言って退室する、国王と王妃。

 父と母と思える日はくるのだろうか……。




「こちらが王子のお部屋となります。ご用があれば、何なりと。わたくしは、隣の部屋に控えておりますので……」


 部屋の中には立ち入らず、一礼してドアを閉める従者。

 連れられてきたのは、三十畳はあろうかという広間。

 だだっ広い空間の隅には、積み木やらボールといった、子供の遊び道具。

 どうやらここは、王子が消息を絶ったところで時を止めていたらしい。


 それにしてもこの広さ、さすが王子の部屋としか言いようがない。

 心を弾ませながらの室内の探索。

 クローゼットはウォークスルー。まだ服が用意されていないから、なおさらに広く感じる。

 そして、自室に浴室が備えられていることに驚く。しかも六畳ほどの広さ。浴槽は足を伸ばしてもなお、ゆとりある大きさだ。


 ちょうど水が張られていたので、右手をかざし、風呂を沸かす。

 水量が多く、やや時間がかかったものの、いい具合に。

 せっかくだしと服を脱ぎ、浴槽に飛び込む。


(極楽だ……)


 自分の魔法で沸かした風呂に浸かる……。

 憧れでしかなかった魔法が、今はこの手にある。

 しかもこんなに広い部屋を与えられ、望めばなんでも手に入るに違いない。

 これを極楽と呼ばずに、なんというのか。


「さすがに今日は疲れたし、早めに寝るか……」


 独り言を呟きながら、風呂を出る。

 そして身体を拭きながら、肝心なことに気付く。

 着替えがない……。

 従者に用意してもらってから、風呂に入るべきだった。


(でもまあ、誰もいないし。このまま寝てしまうか……)


 屋根付きのベッド。

 こんなの、マンガでしか見たことがない。

 掛け布団も羽毛だろう。焼きたてのパンのように、柔らかそうに膨らんでいる。

 ベッドもフカフカで、雲に寝ころんでいる気分だ。

 まさに、高級ホテルのロイヤルスイートルーム。ここは天国か。


 ダブルよりも遥かに広いベッド。

 中央まで、もぞもぞと身体を這わせる。

 何も身につけていないので、このベッドの感触がとても心地いい。病みつきになりそうだ。

 そして中央には、ちょうど手ごろな抱き枕が。なんて気が利いているんだろう。


 ゆっくりと、そしてそっと抱きしめると、少し妙な感触。

 確かに柔らかいが、これは……。

 すると今度は逆に、枕と思っていたものが抱きついてきた。




「――ちょ、ちょっと。なに? いったい、何が起きた?」

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