第3章 国王謁見 6

 抱きつかれたまま、慌てて布団を剥ぐと、そこには見慣れた顔。

 いつも以上に色気を漂わせたアヤメが、上目遣いで熱い視線を送っていた。


「大胆ねぇ。そんなに強引にされたら、お姉さんその気になっちゃうわよぉ」

「な、なんで? いったい、なにがどうなってるんです? アヤメさん」


 慌ててベッドから飛びのく。

 こちらの動揺をよそに、ゆっくりと起き上がり、ベッドの上に座るアヤメ。

 その表情はニヤニヤと、僕の下半身へ。

 相手は五十代のおばさんとはいえ、この見た目。羞恥心は半端ない。


「あーー! ちょっと、ちょっと、見ないでください。後ろ向いて」

「いいじゃないのよぉ、減るもんじゃないしぃ」

「アヤメさんに見られると、減る気がするんですよ! いいから後ろ向いて!」

「ケチぃ」


 なんとかアヤメは後ろを向かせたが、相変わらず着る物はない。

 仕方なく、風呂場へさっきまで着ていた服を取りにいこうとすると、今度はドアをノックする音。

 騒ぎを聞きつけた従者らしい。


「王子! いかがなさいましたか。大丈夫でございますか?」

「ああ、うん。大丈夫です。実は風呂に入ったものの、着替えがなくて……」

「ああ、これは失礼いたしました。すぐにお持ち致しますので、しばらくお待ちを」


 遠ざかる物音。ひとまず、やり過ごせたらしい。

 こんなところを、従者に見つかったら大変だ。


「まったく……。こんなところで何やってるんですか、アヤメさん。それにしても、よく王宮の中に入れましたね」

「正門で門前払いされて途方に暮れてたらぁ、偉い人が乗ってそうな馬車が通り掛かったのよぉ。それで事情を話したら、快く乗せてくれてねぇ。そのまま付き人として、王宮の中まで案内してもらっちゃったぁ。親切な人もいるものよねぇ」

「それで、その人は今どこに?」

「今頃は、国王に謁見中よぉ」


 王宮の警備に不安がよぎる。簡単に民間人が入り込めるなんて……。

 それに国王に謁見するほどの人物が、アヤメの王宮潜入の手助けとは。そんなに上手い話があるものだろうか。

 でも実年齢五十代、見た目二十代の色香に惑わされたと考えれば、あるいは……。


「それで? なんでわざわざ、そうまでしてここへやってきたんです?」

「そう! それよぉ! アザミちゃんと、カズラちゃんが捕まっちゃったのぉ」

「え!? その話、詳しく聞かせて――」


 そこへ再びノック音。

 早すぎる従者の帰還。

 大急ぎでアヤメをベッドに寝かせ、掛け布団で覆い隠す。

 そして、慌ててドアへと駆け寄る。


「着替えをお持ち致しました。本日のところは、こちらで辛抱くださいませ。明日には、服が仕立て上がると思いますので」

「あ、ありがとう。それじゃ……」

「なお、ご希望の形やお色がございましたら、おっしゃっていただければ申し伝えますので、なんなりと」

「ああ、大丈夫。お任せで……」


 なかなか帰らない従者。

 じれったさが表情に出そうだが、作り笑顔で取り繕う。

 裸で突っ立っているのも気まずい。だが、着替え始めて介助されたら、ますます居座られることに。

 後ろからは尻の辺りに視線を感じるが、振り向くわけにもいかない。


「先ほどこちらの部屋から、話し声が聞こえた気がしたのでございますが――」

「気のせい、気のせいだから。多分、僕の独り言。だから、気にしないで」

「さようでございますか。でしたら、ごゆっくりおやすみください、王子」


 やっと帰った……。

 アヤメのいるベッドへと急ぐ。


「――伝え忘れました、王子。明朝は六時起床でございます」


「わかったよ……。ありがとう……」


 受け取った着替えに袖を通す。

 辛抱しろと言われたが、この感触はきっとシルク。

 こんな気持ちのいい肌触りなんて、生れて初めての体験だ。

 寸法は一回り大きいが、これで充分すぎる。


「話の続きをお願いしますよ」


 ベッドに戻り、掛け布団を剥ぎ取る。

 しかし、大の字になって寝ているアヤメ。

 本当に深刻な事態なのだろうか。


「アヤメさーん。起きてくださーい」


 軽く頬を叩くと、ゆっくりと目を開けるアヤメ。

 口からはだらしなく、よだれをたらしている。


「んー、ここどこぉ? ……はっ! 寝てる場合じゃなかったわぁ」

「二人が捕まったって、いったいどういうことなんですか」

「そう! 国王直属の衛兵たちがやってきてぇ、連行されちゃったのよぉ。国王の署名入りの連行状を突き付けられたからぁ、どうすることもできなくてぇ」


 国王の署名入りの連行状。逮捕状のようなものだろうか。

 思い返してみればさっきの夕食の時に、アザミが私邸の方へ帰ってることを匂わせていた。そして、また閉じ込めている、とも……。


「それで、知らせに来てくれたんですか。ありがとうございます。でも、二人はここにはいませんよ。たぶん、私邸の方にいるんじゃないでしょうか」

「そう……。ごめんなさい。きっとあたしのせいで、二人の居場所が知られちゃったのよぉ……。今頃二人がどんな目に遭ってるかと思うと、心配で仕方ないわぁ……」


 そう言って、両手で顔を覆うアヤメ。

 さめざめと泣くその姿に、そっと腕を回したくなるが、慌てて思いとどまる。

 だが、その心境は僕も同じ。心配すぎて、今すぐにでも駆け出したい気分だ。


「そういうことなら、僕は一日でも早く私邸の方へ行けるように、国王や王妃を説得してみます。だから、もう泣かないでくださいよ、アヤメさん」

「うん……ありがとうねぇ。あたし、何もできなくてごめんねぇ」

「とんでもないですよ、アヤメさんに魔法を教えてもらったから、こうして王子候補になれたんです。それにこうして、二人の危機を知らせてくれたじゃないですか。むしろ、危ない目に遭わせてしまってすいませんでした」

「あー、なんかカッコいいぞぉ……。王子様」


 思わず照れる、しかし五十代。

 だが、言葉に嘘はない。のんびりと贅沢な時間を過ごしている間に、みんなが危険な目に遭っていたなんて、ちっとも知らなかった。

 ここから先は、僕が何とかする番だ。


「ところでアヤメさん、帰りは大丈夫なんですか?」

「帰りも同じ人が、王宮の外まで連れ出してくれる手はずになってるから大丈夫よぉ。それじゃぁ、二人を助けてあげてねぇ。お願いよぉ」


 手を振り、コッソリと部屋を出て行くアヤメ。

 謁見の間に向かう姿を、見えなくなるまで見送る。

 そして託された思いを、改めて心に刻む。




(アザミ、カズラ無事でいてくれよな……)

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