第4章 再会

第4章 再会 1

「――ここが、消息を絶つまで過ごしていた家よ。何か思い出さないかしら?」


 駄々をこねて、国王私邸へとやってきた。

 もちろん駄々といっても、年相応のわがままだが。

 付き添う王妃に思い出を尋ねられたところで、つい数か月前に馬車で逃走したときの記憶しかない。もちろん口には出せない。


「そうですね、何となく懐かしい気がします。しばらくの間、ここに滞在してもよろしいですか?」

「ええ、ええ、もちろんよ。ゆっくり過ごして、記憶を取り戻してちょうだい」


 丁重なもてなし。王子候補というのは、既に知らせてあるらしい。

 これならば多少のわがままや、図々しい行為も許されそうだ。

 わがままといっても、理不尽な要求をするつもりはない。

 まずは挨拶をしたいからという名目で、この屋敷にいる全員に招集をかける。


「これで全員ですか?」

「他には食事の支度中の料理人が三名と、本日お休みをいただいている者が五名ほどおります」


 集まった顔ぶれを、じっくりと眺める。

 男女ほぼ半々で、総勢三十名ほど。

 しかし、何度見渡してみても、この中にはアザミもカズラもいない。

 やはり、そんなにすんなりと会えるはずもない。だが集めた手前、挨拶だけはしておく。今後世話になる以上、必要なことだ。


「わかりました、では……。まだ正式に任命されたわけではありませんが、王子候補のレオです。僕は過去の記憶を失くしてまして、思い出すきっかけになればと、幼少期を過ごしたここへ来た次第です。しばらく滞在しますので、これから先もよろしくお願いいたします――」




 王妃は公務があるからと王宮へ戻ってしまったので、従者に邸内を案内してもらいつつ、一部屋ずつじっくりと中の様子を見て回る。

 何部屋か拒まれたが、それでも無理を言って開けさせた。だがそこは散らかっていたり、個人の私室だっただけで、二人を隠しているわけではなかった。

 見るべき部屋が減る毎に、不安感は増加する。


(この屋敷には、いないのかな……)


 あの夕食の会話から考えて、ここに間違いないと考えたが、見当違いだったか。

 私邸が他にもあるのかもしれないし、僕が訪れる前に移されたのかもしれない。

 ひょっとしたら、最悪の事態なんてことも……。

 弱気が顔をもたげたところで、警備兵が見張る怪しげなドアを発見した。

 迷わず駆け寄り、好奇心の振りをして尋ねる。


「この扉はなんですか? 中には何が?」

「こ、これは王子。こんなところに来るものではありませんよ。お前も、なんでこんな場所に王子をお連れした。この先が何かは、お前も知っているだろう」

「すみません。ですが王子が邸内全てを見て回りたいとおっしゃるもので……」


 叱られる従者。少し申し訳ないことをしただろうか。

 だがこの先には、僕に見せたくないものがありそうな気配だ。


「で、この先には何があるんですか?」

「ここですか? ここには何もありませんよ。ここは地下牢へと続く扉です。ですから、王子のようなお方がお出でになる場所ではございません」


 なるほど、どうりで厳重な扉だ。

 屋敷の隅の湿っぽい空気。

 この湿気は、地下と繋がっているせいか。警備兵の言うことは本当らしい。


「罪人が捕らえられているんですか?」

「いえ、罪人でしたら刑務施設の牢に入れられます。ここは屋敷内で粗相をした者の、反省を促すための牢でございます」

「今は何人ぐらい入れられているんです?」

「いえいえ、長らく使われておりません。今は、そんな時代でもございませんから」


 明らかに嘘をついている。

 長らく使われていない割には、埃の積もっていないドアノブ。

 それに使っていないのなら、見張りを立てる意味もない。


「でも牢ってものを、ちょっと見てみたいですね。中に入れてください」

「こればかりは、許可できません。お引き取り下さい」

「王子の頼みでも?」

「誰も近づけるなというのは、国王陛下からのご命令ですので」


 そう言って、見張りは従者を睨みつけた。

 青い顔で震えあがる従者。慌てて僕の手を取ると、来た道を戻る。

 国王の命令じゃ、王子のわがままも通用しないわけだ。

 だが逆にそこまで厳重に隠すとなると、あの扉の奥は明らかに怪しい。改めて調査の必要がありそうだ。


 次に訪ねたのは厨房。

 料理の上手なカズラがひょっとしたらいるのではと考えたが、当然ながら淡い期待はあっさりと消し飛んだ。


「これで、邸内は一通り終了でございます。お庭の方もご覧になられますか?」

「そうですね。庭で少し休憩しましょうか」


 王宮ほどではないが、庭というよりも庭園。

 切り揃えられた生垣に、様々な花の咲く花壇。ヨーロッパの庭園という感じだ。

 芝生も刈り揃えられ、まるでビロードの絨毯。

 そしてその傍らには、片付け忘れた芝刈り機。せっかくの美観を損ねている。


(どうやって地下牢に忍び込むかな……)




「…………王子。レオ王子。夕食のお時間ですよ」


 従者の声に目を覚ます。

 地下牢に忍び込む作戦を考えていたつもりが、速攻で眠りに落ちていたらしい。

 連れられるままに食堂へ。まだ少し頭がボーっとしている。


「突き当りが食堂でございます。両陛下お待ちですよ。わたくしは配膳の手伝いがございますので、ここで失礼いたします」

「わかった。ありがとう」


 ドアをノックしようと手を振り上げた時、中から怒鳴り声が聞こえてきた。

 手をそっと引っ込め、ドアに耳を近づける。

 どうやら、国王と王妃の夫婦喧嘩らしい。

 そしてその内容に、ぼんやりとしていた目は一気に覚めた。




「――ナデシコを処刑ってどういうことですか!? あなた、気は確かなの?」

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