第4章 再会 2

「――もちろん、内々にだ。そしてこれは、仕方のないことなんだ」


 アザミが処刑!?

 信じられない言葉に耳を疑う。

 だが、信じられないのは僕だけではないようだ。


「仕方ない? 娘の処刑が、仕方ないっていうんですか?」

「言いつけを守らず家から飛び出し、また命に背いてヒーズルへと舞い戻ってきた。カズトの娘にそそのかされたのかもしれんが、あんなやつは娘でもなんでもない」

「いいえ、あの子は間違いなく私の娘です。親として、よくそんなことが言えるわね」

「親である以前に、私は国王なのだ。そもそも国王の血を引く者が、魔力を持たないなどあってはならんことだ。レオの鑑定結果も出た。王位を継ぐ者が帰ってきた以上、あんな親不孝者に用はない」


 国王派からも命を狙われているという話は、心のどこかで信じ切れていなかった。

 いくらプライドがあろうと、自分の子供の命を狙うとは思えなかったからだ。

 しかし残念なことに、それは真実だったらしい。

 カズラはこうなることを恐れて、アザミをこの家から連れ出した。やはりその選択が正しかったことが、これで証明された。

 もっと詳しい状況を掴んでおこうと、再度ドアに耳を寄せる。


「何をなさっておいでですか? 王子」

「ご! ごめんなさい」

「どうなさいました? 中に入っていただきませんと、お食事が始められませんよ」


 振り返ると従者が、夕食を乗せた配膳車を押す体勢で立っていた。

 激しい動悸のままに、慌ててドアをノック。

 ドアを開き、従者を先に中へと入れる。

 息を整え、従者に続いて入室。とはいえ、まださっきのケンカの内容が頭にこびりついて離れない。


「おお、レオよ。鑑定の結果が出たぞ。正真正銘、お前は私の息子だそうだ。こんなにめでたい日はないな」

「十七年ぶりに王子が帰ってきたんですものね。だから今日は、いつも以上のご馳走を用意させたのですよ。好きなだけお召し上がりなさいな」

「あ、ありがとうございます……」


 ケンカなど、まるでなかったような豹変ぶり。

 さっきの親とは思えない言葉とは打って変わって、今は親が子に向ける温かさを感じる。


「それで、どう? この家は。快適に過ごせそうかしら?」

「ええ、とっても。それよりも、何か思い出せそうな気がするんですが……」

「ほう。些細なことでも構わないから、何でも言ってみなさい」

「ええ、妹がね……。妹がいた気がするんですよ……。会えたら、何か思い出せそうな気がするんですよね」


 処刑なんて事態になったら大変だ。

 立ち聞きしていたことがバレないように気を付けつつ、救う方法を模索する。


「ひょっとして、行動を共にしていた女のことを言っているのか?」


 険しい形相で、睨みつける国王。

 二人はアヤメの家から連れ去られたのなら、ここでとぼけても意味はない。


「え、ええ。王女とその従者だと名乗っていたもので……」

「あれは偽者だ。きっとお前をそそのかして、利用するつもりだったのだろう」

「いや……、そんなはずは……」

「確かにお前に、妹はいた。だが、少し前に病死した。だから、会うことはできない。これが真実だ」


 そこまで言い切ると、目を伏せ、食事に集中する国王。

 王妃に目を向けると、目を背けてつつ、肩を震わせる。泣いているのだろうか。

 いくら王妃でも、国王には逆らえないのだろう。

 これ以上の展開は期待できないと、そこから先は無駄に豪勢な夕食を、黙々と腹に収める作業に没頭した……。




 一夜明けても、昨夜の国王の言葉が頭から離れない。

 庭の屋根付きの休憩所で、ぼんやりと頬杖を突く。


『――処刑』


 ドア越しに聞いただけとはいえ、冗談とは思えない。

 王妃の取り乱した声からも、それは間違いなさそうだ。

 となれば、なんとしてでも救い出す一手。

 囚われている場所だって見当はつく。この屋敷の地下牢だろう。

 問題は見張りと、あの厳重な扉を開く手段だ。

 それにそこを突破できても、その先の勝手は全くわからない。


(せめて仲間でもいればな……)


 マスターとは闘技場で囚われて以来、未だに会えていない。

 アザミが捕まったのなら、カズラも一緒だろう。

 使える魔法だって限られている。

 解錠魔法なんて使えない。というか、そんな都合のいい魔法なんて存在しない。

 せめてアヤメでもいれば知恵を貸してもらえるかもしれないが、屋敷の外と連絡を取る手段はない……。


(なにも浮かばない……)


 テーブルに突っ伏し、途方に暮れる。

 そこへ背後から、低くて渋い声。


「レオ王子でらっしゃいますか? 昨日はお休みをいただいていたもんで、挨拶が遅くなりやした。庭師をさせていただいてる――」


 なにやら聞き覚えのある声に、顔を上げ、振り返る。

 するとその男は、棒立ちのまま魂を抜かれたかのように、呆気にとられた表情で立ち尽くす。




「――ケンゴと、申しやす……」

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