第3章 国王謁見 4
「――あの時の、お漏らししそうなほどに怯えた王子様ぁ、可愛かったわぁ」
あたしだけ先に王宮から帰されちゃったけど、王子もカズトも今日は帰してくれないらしい。
仕方なく一人で真っすぐ家に帰ったら、アザミとカズラの熱いお出迎え。
よっぽど心配で仕方なかったのね。
「ちょっとー、お茶入れるまで話進めないでよ」
「えー、早く詳しいお話聞きたいです。アヤメ様」
「お茶なんて適当でいいわよぉ。あたしも、早く話したくてウズウズしちゃってるからぁ、すぐにいらっしゃいよぉ」
カズラがお盆に三人分のお茶を乗せて、台所から戻ってくる。
そして、丁寧に一人ずつお茶を差し出すと、お盆を胸に抱え、席に着いた。
「それで? 兵士が剣を振りかぶってどうなったって?」
「だからね、もう泣きそうな顔で、お漏らししそうに怯えちゃったのよぉ」
「そこまでは聞いたわよ。早く、続き!」
急かすカズラ。
そんなに必死だと、ちょっと意地悪したくなっちゃう。
「でも、あの様子だとひょっとしたらぁ、ちょっとは漏らしちゃってたかもぉ」
「に、兄さまは、そんなことしません!」
「だから、あいつが漏らそうがどうでもいいけど、続きを教えてよ」
二人とも可愛い。
背伸びしてても、やっぱりまだ年頃よね。
いつまでもからかっていたいけど、それじゃ話が進まないから、そろそろ結末を教えてあげようかしら。
「衛兵が、大剣を振り下ろしたところで間一髪。血統魔法が無事発動して、衛兵を吹き飛ばしたっていう結末よぉ」
「そこまで切羽詰まらないと発動させられないなんて、本当に呆れるわね」
「兄さま、怖かったでしょうに……」
アザミには悪いけど、あれを提案したのはあたしだ。
あんな緊張状態じゃ、きっと血統魔法なんて撃てるはずがない。落ち着いた精神状態でさえ、元々発動率が低かったんだから。
だから、一芝居打ってもらうように国王に助言した。追い詰めてくれって。
「大丈夫よぉ。お芝居だっただからぁ」
「でも……。その前から失望してたんですよね? 魔力が弱いって」
「そぉねぇ。ちょっとぉ、怒ってる感じだったわねぇ」
「良かった……。兄さまの血統魔法が発動して……」
そう言ってアザミは身体を震わせながら、涙をこぼした。
兄を心配する気持ちはわかるけど、そんな大袈裟な。お芝居だって言ってるのに。
「アザミ、大丈夫?」
「アザミちゃんは心配性ねぇ。魔法が発動しないからって、本当に斬りつけるわけないでしょぉ。第一、自分の息子かもしれないのよぉ?」
「アヤメ様はお父さまの本当の顔を知らないから、そんなことが言えるんです。魔力を持たないものを見るときの、あの冷酷非情な目。虫けらのような扱いを知らないから……」
そう言って、両手で顔を覆ったアザミ。
今の真剣な独白は、冗談ではなさそうな口振り。まさか……。
ふと気づいて、背筋に寒気が走る。
(あの場で国王に助言はしたけど、たしか衛兵には、打ち首にしろとしか言わなかったわよね……。あれだけで本当に、芝居だって伝わったのかしら……)
アザミはカズラになだめられて、少し落ち着いたらしい。
でもあたしはアザミの言葉を聞いて、逆に嫌な汗が吹き出してきた。
「それで? あいつは、帰ってこないの?」
「これから血液鑑定に入るって言われて、あたしは帰されちゃったのよぉ。結果はすぐに出ないから、今日は帰ってこないだろうしぃ。でも、王子だったらそのまま国王候補なんだから、王宮に留まることになるでしょうねぇ」
「そうでしたか……。せっかくカズラが、腕によりをかけて肉じゃが作って待ってたのに……」
「べ、別にこんなもの、いつでも作れるんだから……。大袈裟すぎるわよ」
――カラーン、カラーン。
話が盛り上がってる最中だっていうのに、玄関から聞こえる鐘の音。
どうやら来客らしい。
帰って来たばっかりで応対に出るのを面倒がっていたら、カズラが気を利かせて立ち上がった。
「アヤメさんはお疲れでしょうから、あたしが出るわ」
ちょっと引っ掛かる口振り。
なんだか年寄扱いされているような、とげのある言い方。
王子のことをからかい過ぎたから、あんまり良く思われてないみたい。
そういえば来客は誰なんだろう、予定は入れてないはずなのに……。と、玄関の様子が気になったと同時に、ただ事ではない物騒な声が耳に届いた。
「……な、何すんのよ! 放しなさいよ……」
玄関から聞こえてくるのは、カズラの声。
アザミはこの場に待機させて、慌てて玄関へと駆けつける。
そこには白い防魔服を着た数名に、組み敷かれたカズラの姿があった。
この制服はさっきも見たばかりだから間違いない、国王直属の衛兵たちだ。
「一体何の騒ぎ!? カズラちゃんを放しなさい」
「これは正式な拘束だ。ここにこうして、連行状もある」
目の前に広げて見せられる連行状。
そしてしっかりと、国王のサインもある。
その書面に気を取られている隙に、家の中へと次々押し寄せる衛兵。
「アザミ! 逃げて!」
カズラが必死な叫び声をあげる。
だが、慌てて居間の方を振り返ると、既に拘束されたアザミの姿。
一瞬の出来事に、なす術もない。
そして、国王直々の書面まで携えているのだから、逆らいようもなかった。
(――どうすれば良かったんだろう……)
一人、家に取り残されて自問する。
王女は身の危険を感じて家出をし、こうして身を隠していると、カズトからは聞いていた。
だから、連れ去られたのは非常にまずいことぐらい、簡単に想像がつく。
とはいえ、相手は国王直属の正規の衛兵たち。
魔法で蹴散らそうにも、あたしは攻撃魔法は得意じゃない。
それに相手は防魔服に身を包んでいたのだから、王族クラスの桁違いの魔力でもぶつけない限り歯が立たない。
突然の出来事に、どうすることも出来なかった。
みんなには悪いけど、仕方なかったとしか言いようがない。
(――ごめんね、みんな……)
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