第3章 国王謁見 3
「――あの……本当に大丈夫なんです? しくじったら死刑とかないですよね?」
「ご心配なく、現状はちゃんとお伝えしてあります。魔力もまだ回復途上、魔法の発動も不安定。それでもなお、謁見を許されたのですから、大丈夫でございます」
「何度も教えた通り、一番大事なのは平常心よぉ。気を落ち着けてねぇ」
あれから一ヵ月。
特訓の甲斐あって、重力弾はほぼ撃てるようになった。
だが、血統魔法の方はさっぱりだ。三回に一回発動すればいいところ。本当にこんな状態で大丈夫だろうか……。
貴賓席の手前で正座を続けて、そろそろ三十分。
立派な絨毯の上とはいえ、その下は固い石造り。案内された場所は闘技場という雰囲気の、なにやら血生臭い匂いが漂ってきそうな施設だ。
王都マテシュタの中心に位置する王宮。その近隣にある闘技場。
この辺りはどこも洋風な造りで、別な国に迷い込んだのではないかと錯覚する。
そして、そろそろ正座に限界を感じたところで、慌しくなる貴賓席の周辺。
呼応するようにマスターに頭を掴まれ、ひれ伏すように促される。
いよいよ国王のお出ましか。
「まずはカズト、久しいな。この度は、王子を見つけ出してくれたとのことだが?」
「はっ! 過去幾度か、ご期待を裏切ることになりましたが、今回こそはと自負しております!」
「それで、隣の者が我が息子というわけだな。面を上げて、まずは顔を見せてくれ」
ついに父親との対面か。緊張感も極限状態だ。
だが、念願の父親に会えるという気持ちはほとんどなく、もっぱら粗相をしてはどんな目に遭うのかという不安感ばかり。
恐る恐る顔を上げ、国王の方へと視線を移す。
「ああ、レオ。今度こそ間違いないわ、やっと帰ってきてくれたのですね」
「おい、落ち着け。気持ちはわかるが、まだ早いぞ」
「だって……。ひと目見てわかるでしょう。間違いなくレオよ」
一目散に駆け寄ろうとする婦人は多分王妃、つまり僕の母だろう。
そして、慌てて腕を掴み制止する国王、この人物が僕の父。
この二人が僕の本当の両親……。
しかし実際に顔を合わせても、都合よく記憶が呼び覚まされたりはしない。
「確かにカズトが過去に連れてきた者たちとは、雰囲気が違って感じられるな。幼い頃の面影も見受けられる。だが、まずは魔力を見せてもらおうか」
「はい。わかりました」
「それでは、こちらへ」
衛兵に案内されるままに進むと、そこはフィールド。
遠慮なく魔力を放出しろということか。
正直、僕にはもったいないほど広すぎる舞台だ。
「――的を持て!」
衛兵の掛け声で、藁人形が中央に設置される。
貴賓席に目を向けると、国王、王妃がじっとこちらを見つめている。王妃に至っては目の前で手を合わせ、祈るような仕草。
振り向かなければ良かった。さらに重圧が重くのしかかる。
「始め!」
衛兵の号令に我に返る。
今は、気を散らしている場合ではなかった。
アヤメに耳にタコができるほど言われた通り、気を静めて落ち着かなければ……。
といっても、この状況でどこまで精神統一ができることやら。
右手を突き出し、手首に添える左手。
足は肩幅よりやや広く開き、的に対してやや斜に構える。
次にさんざんやらされた呼吸法通りに、大きく吸って腹を凹まし、ゆっくりと吐きながら腹を膨らませていく。
軽く空を見上げ、気持ちを落ち着ける。
(さあ、行くか!)
的に意識を集中。アヤメに言われた通り、後頭部で注視する感じ。
そしてゆったりとした呼吸を繰り返し、大きく吸い切った三度目。
突き出した右手に力を込め、一層集中を高める。
(行け!)
――ボスッ。
鈍い音を立てて、結構な重量のありそうな藁人形が揺れる。
チラリと衛兵を見たが、何の反応も示さない。
貴賓席を振り返ってみたが、やはり動きはない。
この程度では不十分か。
再度集中して、重力弾を藁人形へと撃ち込む。
――ボスッ。ボスッ。
二度、三度と撃ち込んでいく。
その都度、藁人形は揺れはするものの、マスターに打ち込んだほどの手ごたえは感じられない。
やはり緊張が、精神の集中を妨げているのだろうか。
軽く目を閉じ、今日送り出してくれた時のアザミとカズラを思い浮かべる。
『兄さま。兄さまなら大丈夫ですから、練習通りに頑張ってくださいね』
『みっちり練習して、随分とさまになったわよ、あんた。王子として認められるのは、計画の最初の一歩なんだから、しっかりやりなさいよね。肉じゃが作って待っててあげるわ』
こんなところで躓いていては、いつまで経ってもアザミの危険は取り払えない。
国王に姿を見せるわけにはいかないと、アヤメの家に置いてきた二人のためにも頑張らないと。
そしてこのまま終わってしまっては、マスターにも恥をかかせることになる。
再度息を整え、的に集中して、重力弾を撃ち込む。
――ボスッ。ボスッ。
(まだだ、もっとできるはず)
――ドスッ。ドスッ。
「おぉ……」
何発撃ち込んだのだろう。
これでもかと重力弾を撃ち込んだ甲斐あって、なんとか倒すことに成功した藁人形。仰向けで天を見上げている。
やり遂げた充実感を持って貴賓席に視線を送る。
だがそこに映ったのは、顎に手を当て、不満そうな国王の顔。
「失望したぞ。その程度か!」
やや大声で叫んだ国王の声が、フィールドに立つ僕の耳にこだまする。
認められなかった……。
王族の魔力は桁外れだという話だから、こんな威力では納得してもらえるはずがないのかもしれない。
ダメだったのかと肩を落としたところに、救いの声がかかる。
「血統魔法を見せてみよ。おい兵士よ、その者の傍に立て」
「この辺りでよろしいでしょうか、陛下」
「よし、その男を血統魔法で弾き飛ばして見せたなら、正式な血液鑑定を許可しようではないか」
衛兵との距離は、ほんの一メートル程度。目の前と言っていい。
この男を吹き飛ばしさえすれば、国王に認めてもらえる。
しかし、血統魔法の発動はあまり自信がない。
いや、その弱気がダメなんだ。自分はできると信じて、精神を集中させていく。
(ダメだ。発動しない……)
発動した時のことを思い浮かべる。
ロニスを吹き飛ばした時、カズラを吹き飛ばした時、そして練習で成功させた時。
時間がかかると、焦りが生まれる。
『そこまで』と中止の声がかかるのではないかと、不安で気が散る。
目を固く瞑り、再度精神を集中させていく……。
「――そこまで!」
「ま、待ってください。もう少し……」
打ち切られてはたまらない。貴賓席を振り返り、国王に懇願する。
アヤメも、国王に何やら訴えかけているようだ。
上手く口添えしてくれればいいのだがと、祈りの心境で見つめたが、その思いはあっさりと打ち砕かれた。
そして、その言葉はあまりに非道だった。
「この度の無礼な振る舞い、断じて許すわけにはいかぬ。王子を騙るなど、あってはならないことだ」
「ちょ、ちょっとお待ちください。国王陛下」
「カズト、偽物を連れてきたお前もお前だ。おい、カズトを牢屋へ放り込んでおけ」
「かしこまりました!」
衛兵に両脇をかためられ、連れ去られるマスター。
一気に場の空気が、不穏なものへと変わる。
なんという仕打ち。
だが僕が魔法を上手く撃てさえすれば、こんな結末にはならなかったはず。
僕のせいで捕まってしまったマスターに、申し訳が立たない。
「この者はいかがなさいますか? 国王陛下」
隣に立っていた衛兵が、国王にお伺いを立てる。
マスターが捕まった以上、僕も同じ目に遭うのは間違いないだろう。
一刻も早くアザミの危険を取り除こうなんて焦らずに、もっと魔法を上達させてから申し出るべきだった。
だが、後悔も後の祭り。こうなってしまっては、罰を受けるしかないか……。
「――その者は、ヒーズル王国第一王子を騙った罪で、この場で打ち首とする」
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