第3章 国王謁見 2
――魔法が撃てた。
果たして、そう言ってもいいものだろうか……。
煩悩で弾き飛ばした、アヤメの胸のボタン。
自分の身を守ろうという一心で、弾き飛ばしたカズラ。
どちらも意図したものじゃない。気付いた時には発動していたという方が正しい。
きっかけはともかく、それでその魔法を自分のものにできたのなら問題はない。
だが、どちらの魔法もあれっきり。当時の状況を真似てみても、未だに魔法は再現していない。
そして、今習っている重力弾の魔法。日本へ渡る時に、ロニスにたんまり打ち込まれたあの魔法だ。
王族の血を引くなら重力系は得意なはずと、アヤメが勧めてくれたが、これまたちっとも発動しない。
本当に自分に魔力はあるのだろうか? ついつい弱気になってしまう。
「ただのまぐれだったんじゃないのよ」
「…………」
返す言葉もない。
焦れば焦るほど、上手くいかないことはわかっている。だが、魔法を撃てる状況にあるはずなのに、こうも発動しないと歯がゆくて集中力が保てない。
「でもまあ、いつも頑張ってるみたいだから、今日は武術のお稽古はお休みにしましょう」
「え? でも、いいの?」
「今日は特別よ。それにこの間約束したでしょ、あたしを捕まえたら一つだけ言うこと聞いてあげるって。い、今聞いてあげるから、言ってごらんなさいよ」
心にしみる、カズラの気遣い。
魔法の習得が上手くいっていない僕を、気遣ってのことだろう。
「そういえば言ってたね……。なんでもいいの? 願い事は」
「な、なんでもってわけには……。できる限りのことはしてあげるけど……、へ、変なことは無しだからね!」
何を要求すると思われているのだろうか。
確かに優しくしてくれるカズラに最近甘えっぱなしだが、さすがにそこまで調子に乗ってはいないつもりだ。
とはいえ、何を願おうか……。そう考え始めて、すぐに思いつく。
「――カズラの作った肉じゃがが食べたい」
「え? そんなことでいいの?」
拍子抜けした表情のカズラ。
だがその表情はすぐに、嬉しそうな微笑みに変わった。
「時々無性に、カズラお手製の肉じゃがが食べたくなるんだよ」
「いいわ、その代わり買い出しに付き合ってちょうだい。支度してくるから、ちょっと待ってて」
そう言って家に入っていくカズラ。
さて、どれぐらい待たされるだろう。支度の時間はほどほどにしてもらいたいものだが……。
「買い出しって、肉じゃがの材料?」
「そうよ。あの家にある調味料だけじゃ足りないのよ」
「そうだっけ? 一通り揃ってたような気がしたけど」
「う、うるさいわね! 隠し味に必要なものとか……色々あるのよ」
確かにカズラの作る肉じゃがは、特別な感じがする。
どう特別かと言われると説明できないが、それがその隠し味のせいなのだろうか。
「じゃぁ、今日は手伝いつつ、味の秘密でも探らせて――」
「しっ! 止まって」
突然歩を止めるカズラ。表情も深刻だ。
店はまだまだ先。一体どうしたというのだろう。
カズラが見つめる先にあったもの。それは……。
――黒装束の男。
なんてことだ、ロニスに突き止められていたのか。
慌てて引き返そうとしたが、カズラは逃げる素振りを見せない。
「ここは一旦引こう。マスターやアヤメさんに応援を頼んだ方が――」
「いいえ、まだ家を突き止められたとは限らないでしょ。相手は一人みたいだし、ここで捕えて逆に相手の情報をしゃべらせた方がいいわ」
カズラの言う通り、たまたまこの場で鉢合わせしただけかもしれない。
向こうがまだ家を突き止める前だったら、逃げ帰ることでみすみす居場所を知らせる結果になってしまう。
それにカズラも、二対一なら勝負になると考えてのことだろう。
身構えたカズラは先手必勝とばかりに、すかさず黒装束に向かって駆け出す。
一対一ならカズラに分があるだろうと思ったが、甘かったらしい。相手もなかなかの手練れだ。
カズラの突きも、蹴りもしっかり受けられ、ダメージは与えられない。
むしろかわし方にゆとりさえ感じられる。これはひょっとしたら、カズラの方が押されているんじゃないだろうか。
「――黙って見てないで援護しなさい」
突然、指示を叫ぶカズラ。
援護と言われても、何をしたらいいのか。
戸惑っていると、さらにカズラが指示を出す。
「魔法で援護なさい! そのために毎日練習してるんでしょ」
「でも、そいつが着てるのは防魔服なんじゃ……」
「重力弾なら、防魔服相手にも物理的な衝撃を与えられるわ。でも、あたしにぶつけたら承知しないからね」
突然そんなことを言われてもだ。
カズラは時折攻撃を仕掛けているが、やはりダメージは与えられない。完全にかわされてしまっている。
だが黒装束の攻撃も、カズラには通っていない。
まさに互角の戦い。
僕が援護できれば、一気に形勢は有利になるに違いない。
教わった通りに、右手の手のひらを広げて突き出す。
左手は下から支えるように、右の手首を掴む。
魔法を発動させる位置に焦点を合わせ、後頭部で見る感じで、意志を送り出す。
息を吸うときに腹を凹ませ、吐くときに膨らませる。
息を止めてはいけない。ゆったりと長い周期で呼吸をしながら、集中力を高める。
――ダメだ。発動しない。
こんな大事なところで撃てなきゃ、意味がないじゃないか。
相手はあの憎き黒装束。カズラはあいつらに火傷を負わされたり、攫われたりした。
僕だって襲撃された時、なす術なく眠らされ、この上ない屈辱を味わった。
当時は何もできなかったが、今なら魔法が撃てるはず。
今だけでいいから力を貸してくれ。天に祈る気持ちだ。
ケンゴだって、今は無事なのかどうかもわからない。
家も壊され、誰よりも日本に帰りたがっていたのに、僕とアザミを逃がすためにヒーズルに残った。
あの黒装束には嫌というほど苦しめられた。
それが目の前にいる。なのに僕には何もできない。悔しくて悔しくてたまらない。
思わずこみ上げた衝動が、口を衝いて叫び声になる。
「――ちきしょー! ふざけんな!」
フッと身体が軽くなった気がした。
何かが抜け出たような、妙な感覚。
同時に手を突き出した先で、苦しそうなうめき声が上がる。
「ぐぅっっ……」
脇腹を押さえ、うずくまる黒装束。
やったのか? 魔法が発動したのか? それとも、単にカズラが仕留めたのか?
「――ちょ、ちょっと大丈夫? 父さん」
黒装束に駆け寄るカズラ。
さらに心配そうに、脇腹に手を添える。
何が起きたのか。一瞬呆然としたが、黒装束の頭巾が外されると全てを理解した。
「マスター。大丈夫ですか? なんでこんなことを……」
「どうにも切羽詰まらないと魔法が発動しないようでしたので、一芝居打たせていただきました。わたくしなら、大丈夫でございます」
「あんたの魔力、こんなに高まってんじゃないの。こんなの食らったら、ひとたまりもないわよ。父さん、本当に大丈夫?」
「すみません、マスター。でもお陰で、何かコツがわかった気がします」
よくよく近くで見てみれば、黒装束に見えたのもただの布切れ。
緊迫感を煽るためにこんなものまで用意していたなんて、一体どの時点から計画が練られていたというのか。
「――きっかけが掴めたのなら何より。それにしても、見事な重力弾でしたぞ」
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