第13章 闇の中へ再び 4

「――最後の言葉がそれかよ……」


 もっと気の利いた言葉はなかったのか……。と、思わず浮かぶ苦笑い。

 だが、思い返してみれば一番主任らしい言葉だったかもしれないと、今頃になって熱いものが込み上げる。


 目的地である本殿へと、脇目も振らずに先頭をひた走るマスター。

 さすがは……と言いたいところだが、こちらの世界では懇切丁寧な大きい矢印が順路を示しているので、初めて来た僕でさえも間違いようがない。

 リュックの肩に当たる部分を時折ずらして、食い込む痛みを和らげながら、マスターの背中を追う。走りながら、ポケットから取り出す携帯電話。確認した時刻はもう少しで深夜零時、後二十分ほどで界門が出現するはずだ。


「カズラ、同数は蹴散らしていくぞ」

「わかったわ。足引っ張ったら承知しないわよ」

「ふふん、言うようになったな。だが未来永劫、お前の背中を見るつもりはないぞ」


 かっこいい親子の会話だが、微笑ましく聞いている余裕は微塵もなし。

 ヒーズルでも散々走らされて、体力づくりを誓ったはずなのに、サボった報いか。

 しばらく走り、神社の境内へと出たが人影はない。だが、正面に見える拝殿入り口には、二人の神職風の男が社を守るように立っていた。

 そして、こちらに気付いた彼らはすかさず抜刀し、行く手を阻む。


「父さん、同数は蹴散らすんだったわよね……父さん?」

「ハァ、ハァ……ちょ……ちょっと……フヒィ、ちょっと待て……」


 呆れて天を見上げ、ため息をつくカズラ。マスターは息を整えるのに必死だ。

 すると、拝殿の奥から二人の男が刀を構えながら顔を出し、最初の二人に加勢した。


「もう、モタモタしてるからよ。どうすんのよ、一気に形勢不利になったわよ」

「い、いや……あのまま飛び込んでいたら……、こうなっていたから……止めたのだ。フゥ……かくなる上は、引くしかあるまい」

「嘘ばっかり……。でも、四人なら二人がかりできっと何とかできるわよ」

「いや、四人ではないようだ……」


 背後から聞こえた物音に振り返ると、鳥居の陰から人影が姿を現す。

 左後方、右後方、それぞれ二人ずつ。計八人に囲まれたこの戦況は、まさに絶体絶命。

 マスターは前、カズラは背後に対象を絞り、さっきの駐車場で入手した刀を構えて対峙。僕とアザミは二人の背中の間で、せめて邪魔にならないようにと自分の身を守ることに専念する。

 しかしここを突破できたとしても、まだ建物内にも人がいるかもしれない。果たして二十分で本殿まで到達できるだろうか。いや、その前に逃げることを考えるべきか。


「確認するが、貴殿らは正当な警護者か?」

「いかにも。国王直属の警護隊だが、何の用か」


 マスターの問いかけに返答したのは、拝殿奥から登場した人物。

 国王派の警護隊ということは、この人たちは味方か。

 それならば今は武器を向けられているが、事情さえわかってもらえれば、界門を渡ることは叶いそうだ。僕はリュックを背負いなおす。

 しかしそのわりには、場の雰囲気が張り詰めたままだ。マスターやカズラの表情をうかがってみるが、険しさはちっとも緩んでいない。


「……父さん、まさかあっさり騙されたりしないわよね……」

「……私を見くびるなよ……」


 小声で交わされるモリカド親子の会話。

 どうやら僕は、あっさりと騙されたらしい。


 そこへ参道横の暗がりから、さらに三人ほどが姿を現す。

 光が当たっていないのでシルエットしか見えないが、みんな充分すぎる体格。特に一歩前に立つ人物は、背の高さも見上げるほど。側面は手薄だと思っていたが、そこも塞がれた。逃げることも叶わない。

 もはや絶体絶命を通り越して、処刑場の佇まいだ。

 マスターはさらに加わった人員をひと睨みして牽制すると、最初に返答した人物に向かって呼びかける。


「隊長を呼んでもらいたい。大事な話がある」

「私が隊長だが」

「ほう、そうか……。なあ、今度はどの店にするかね? 私としてはいい加減、新しい店を開拓しても良い頃だと思っているんだがね、ミッキー」


 マスターは突然、訳のわからない話を始め、握る刀にさらに力を込める。

 訳がわからずにいるのは隊長を名乗った男も同様らしく、胡散臭いものでも見る顔つきだ。そして吐き捨てる、ぞんざいな言葉。


「一体何の話だ。戯言の相手をしている暇はない。言い残す言葉はそれだけか?」


 マスターの言葉など意に介さず、向こうも刀を握り締め直す。

 さらに高まる緊張感は、いつ襲い掛かってきてもおかしくないほど。武術など嗜んでいない僕ですら感じ取れる、張り詰めた空気。

 マスターとカズラはそれぞれに一歩後ずさりし、二人の背中が僕とアザミに押し付けられる。


「……カズラ、わかっているな。命の懸けどころだぞ……」

「……あんたたちは、あたしたちの背中から離れちゃダメよ。敵と間違えて、切り捨てかねないからね……」


 そんな言葉を聞かされて、恐怖心で心臓が口から飛び出しそうだ。

 日本刀のような武器を構えた屈強そうな十一人の人々に囲まれ、死を覚悟しないわけにはいかない。こちら側で戦えるのは、たったの二名。一人につき四人の相手など、時代劇じゃあるまいし、できるはずがない。


 ――クックック。


 突如聞こえてくる忍び笑い。

 その出所は、さっき見上げた側面の背の高い人物だ。


「その呼び方はやめろって言ってんだろ、カズ。それにな、今の店のどこが不満なんだ。俺は今の店がお気に入りなんだよ」


 一体この男は何なのか。

 いつ斬り合いが始まってもおかしくない場面に、割って入った男。

 この言葉はマスターに対する返答なのは間違いない。味方なのか?


「何をグダグダと話している。それに、貴様は何者だ!」


 隊長を自称した男は苛立った様子で、大声で威圧的に叫んだ。

 それを受けて、男はさらに一歩前進して木陰から抜けると、煌々と照った満月の月明かりを浴びる。

 そして、自称隊長の威圧感など軽く吹き飛ばすように一喝した。




「――貴様こそ何者だ。私は国王直属の界門警護隊隊長、モリカド ミツキだ」

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