第13章 闇の中へ再び 3
――ガシャーン!
突っ込んできた光の正体が自動車だとわかった直後には、鼓膜を突き破るかと思う程の衝撃音と、横転するのではと思うほどの激しい横揺れに、一瞬身体が宙に浮いた。
車が激突した衝撃で気が遠くなりかけたものの、なんとか踏みとどまる。この非常事態、相手より先に冷静さを取り戻せばきっと活路が開ける。
向かってきた車は、この車の右側の中央部に頭から突っ込んでいる。
そして、ひび割れた窓ガラス越しに良く見れば、体当たりを食らわせたのはどうやら主任の車。どうしてここへという疑問は残るが、今は後回しだ。せっかく主任が作ってくれたチャンスを、絶対無駄にするわけにはいかない。
まずは、急いで現況確認に入る。
助手席の男は真っ先に外へ飛び出して行き、ユウノスケはハンドルにもたれたまま動かない。そして、僕のすぐ前の座席の二人の男たちはまだ意識がハッキリしていないようだ。
次の行動に移ろうとすると、左の側頭部に痛みが走った。
どこかに頭を打ち付けたらしいとそちらを見ると、反国王派の男が気を失って転がっている。鼻が曲がり、血を流しているところをみると、どうやら僕の頭はこの男の顔面にクリーンヒットしたらしい。
足元にはその男が手にしていた刀が転がっていたので、縛られた後ろ手で慎重に拾い上げる。刃は鋭く研がれているために、縛られているロープを軽くあてがうだけであっさりと切れた。だが、ついでに腕まで切ってしまったらしく、ヒリヒリと痛い。
それでも、両手が自由になればこっちのものだ。
さっそく、右隣のマスターのロープも切って落としてやると、僕の目の前を横切って、気を失っていた男の首根っこを引っ掴み、自ら降りる勢いを利用して車外へと引き摺り下ろす。どうせ僕には使いこなせないと刀を渡してやると、早速猿ぐつわを切り剥がし、あらわになった口元に笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。今度は私が、手柄でお返しさせてもらいますぞ」
そう言うなりマスターは、意識が戻りかけていた前方の座席の男へと掴み掛かりながら、再び車に乗り込む。相手は二人だが、奥側の男は前の男が邪魔で何もできずにいる。狭い車内で上手に立ち回る姿は、やはり護衛のプロフェッショナルといったところか。
実質の一対一はマスターが圧倒的に、いや一方的に相手を捻じ伏せている。刀で威嚇しながらの蹴り、顔面に拳を捻じ込んだと思ったら、再び座席の奥へ押し込むような腹への蹴り。さらに、今度は顔面を鷲掴みにし、後ろの男の顔面へとその後頭部を叩きつける。
相手は二人だというのに、マスターが完全に制圧している。だが、僕もただ見学していたわけではない。後部に投げ込まれていた、取り上げられたリュックを手繰り寄せ、中からスタンガンを取り出す。後はスイッチを入れて、押し当てるだけの簡単な作業だが。
「助かりました、王子。手加減をしながら相手を戦闘不能にするというのは、結構面倒なものですから」
スタンガンと一緒に取り出しておいたロープを手渡すと、マスターは手際良く三人を縛り上げ、あっさりと拘束する。
「まだ二人いたはず、私はそちらを見てまいります。王子はじっとしていてください」
そう言い残して、マスターは颯爽と駆け出して行く。
ユウノスケは相変わらず動いていないので、このまま放置でいいだろう。こちらの車の危険は去った。これでやっと、気になっていた主任の車に目を向けられる。
さっそく窓に張り付いてみたものの、主任の車が視界を塞いでいるのと、窓ガラスのヒビとで全然様子がわからない。やはり車外へ出て、直接確認するよりほかなさそうだ。
車を降りて、車体に沿って後部へと回る。
最後尾の縁から顔を半分だけ出して、状況を伺う。
――ヒュッ。
何かが頭をかすめ、風圧で髪の毛がなびく。
反射的に身の危険を感じ、大きく身体ごと車体に身を隠す。
「まだいたか、おとなしくしろ!」
高圧的な叫び声に、反射的に両手を挙げて降参のポーズを取る。
そして恐る恐る声の方を見ると、そこには土下座の体勢を取るマスターの姿。良かった、敵ではなかった……。ほっと胸をなでおろすと、腰が抜けてその場にへたり込んだ。
「申し訳ございません、王子。ですが、車の中に留まるよう申したはずですぞ」
「うん、悪かった。僕が悪かった。首を切り落とされなくて、本当に良かった」
「ハッハッハ、ご心配なく。峰打ちでござる」
峰打ちでもあの勢いで振り下ろされたのでは、当たっていたら命にかかわっていたに違いない。改めて冷静に考えて、再び背筋に寒気が走った。
それにしても『ござる』とは……。マスターは時代劇ファンだったのか?
「こっちは二人やっつけたわ。これで全員かしら?」
「うむ、後は運転手だけだな」
カズラを先頭にして車の前方へ進み、そのまま前面を横切って運転席へと向かう。窓越しに、ユウノスケがハンドルに身体を預けている姿が目に入った。
カズラはそれを見て静かに目を閉じた。その握り締められた右手が打ち震える様は、怒りが極限まで高まっている表れに違いない。やがてカズラは目を見開くと、変形して歪んだ運転席のドアをこじ開け、ユウノスケの襟首を掴んで強引に顔を自分の方へ向けさせる。
――パアン……。
渾身の平手打ちは、ピストルの発射音のように乾いた音を夜の駐車場へ響かせる。
ユウノスケもその衝撃で目覚めたのか、驚いたような表情で目を見開き、カズラをじっと見つめる。
「あんたはこんなことする人じゃないって信じてたのに、よくも裏切ってくれたわね。もう顔も見たくないから、二度とあたしの前に姿を現さないでちょうだい。わかったわね」
涙ぐみながら訴えかけるカズラを、ユウノスケは何も言わず黙って見つめる。
襲撃の時や電話の時とは全然違う寡黙な雰囲気だが、事故の直後にいきなりの平手打ちでは、何が起こっているのかさえわかっていないのだろう。
「――あなたたち、そんなことしてる場合じゃないでしょう」
左手から聞こえる主任の声に振り向くと、額を押さえたハンカチに赤いものが滲んでいるのが見えた。心配のあまり駆け寄ろうとすると、窓から身を乗り出して左手を大きく振り、神社の本殿へ向かうよう促している。
「あたしのことなんかより、早く行きなさい。あなたもよ、アザミちゃん」
「でも、主任さん……」
怪我をしている主任に、ずっと付き添っていたのだろう。
車内に残っていたアザミも名残惜しそうだが、申し訳なさそうにペコリと頭を下げながら、主任の車を後にする。
アザミ、カズラ、マスター、僕の四人は最後に主任に感謝を込めて一礼し、出現時刻の迫る神社本殿へと駆け出す。背後から、主任の最後になるかもしれない声が耳に届く。
「――社会人は遅刻厳禁よ!」
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