第13章 闇の中へ再び 5
突如二人となった警護隊長。
風格は、明らかに後から登場したこの男の方が上だ。
それに確か、今日の隊長は顔馴染みだとマスターが言っていた。ということはこちらが本物の隊長か。だったらなぜ、こんな状況になっているのか。しかし、いくら考えたところでわかりはしない。まずは、味方が増えたことを歓迎するべきだ。
『ミッキー』と呼ばれたこの男。名の『ミツキ』が由来なのは一目瞭然。そのあだ名に不満を持っていたようだが、確かに自分だったらそんな呼ばれ方はされたくない。
そして名乗りを上げたそのミッキーに、マスターは冷やかしの言葉を掛ける。
「警護隊長というのはどうやら暇な仕事らしいな、今頃格好つけながら登場するとは。私と代わってくれないか」
「捜索隊長こそいい加減な仕事だな、王女様をこんなに危険な目に遭わせやがって。ところで、ご一緒の男性はどなたかな?」
「聞いて驚けよ。今度こそ、正真正銘のレオ王子だ」
「ほほう、久しぶりに仕事をしたってわけか。また、空振りに終わらないことを願うがな……」
さっきまでの雰囲気を一変させるほど、場違いで長閑な会話だ。
置かれている状況を忘れているはずはないと思うが、あまりにも自然な会話振りにこちらの方が不安になる。
しかし、何といっても我慢ならないのは偽隊長の方だろう。完全に面子を潰された形だ。
「貴様ら、いい加減――」
「全く、いい加減にしなさいよ! 緊張感ないわね」
「ハッハッハ、こりゃお嬢さんに一本取られたようだ」
カズラにまで声を遮られ、偽隊長は形なしだ。
さすがに怒りも頂点に達したようで、刀を持った手を振り上げ、号令を掛ける。
「ふん、三人加勢に入っても、まだこちらの方が優勢だ。お前らかかれ!」
「三人と思ってるなら好都合だ。お前たち、この捜索隊長に恩を売っておけ! 後で美味い酒を奢ってもらうぞ」
今度は真の隊長の号令に呼応して、隊長の背後から次々と、抜刀しながら増援が湧き出してくる。そして統率の取れた彼らは、僕たちの周りに輪になるように外向きの人垣をすばやく築き上げ、一瞬で立場は完全に逆転した。
正確に数えたわけではないが、十人ぐらいはいるだろう。さらに内側にはマスター、カズラ、そして隊長が身構え、どこを破られても対処できるよう備えている。
さっきまで余裕たっぷりだった敵の八人は、遠巻きに取り囲んではいるものの、人数的不利のせいか手出しを躊躇している。
「……あと十分ぐらいで出現しますよ……」
「……よし、じゃあこのまま押し入るか……」
「……お前たちは界門を渡りに来たわけだな、まかせとけ……」
こちらの密談が聞こえたわけではないだろうが、向こうは陣形を変えて対応してきた。
僕たちの背後にいた四人がゆっくりと円を描くように拝殿側へと回り込み、そのまま八人全員が集結する。そして階段下、階段上にそれぞれ四人ずつが横に並び、界門への突入を阻止する構えだ。
「ククク、これじゃどっちが界門警護隊かわからねえな……」
隊長は呟きながら苦笑した。
だが、時間もあまりない。隊長は刀を振り上げ、部下に再度号令を掛ける。
「容赦は要らない。蹴散らして界門までの道を作れ!」
その言葉を皮切りに、さっきまでの人垣は突撃隊へと役目を変え、次々と反国王派に挑みかかる。だがよく見ると、闇雲に斬りかかっているわけではない。わざと隙を作っては一人、また一人と誘い出すように拝殿入り口から人員を剥ぎ取り、手薄にしていく。
階段下の四人を入り口から遠ざけると、階段上の四人に対しては力業で突撃し、そのまま剣技で左右の廊下へと、相手を下がらせていく。
――入口への道ができた。
隊長を先頭にカズラ、僕、アザミと続き、しんがりをマスターが務める。
僕たち全員が拝殿内へと侵入すると、今度は国王派の兵たちは拝殿入り口を固め、反国王派の侵入を阻む陣形へとすばやくその形態を変える。あっという間に、さっきの反国王派と立場が逆転してしまった。
全員の息が合った国王派に比べて、反国王派は寄せ集め感が強い。さらに人数でも勝り、この場は完全に制圧したと言って良いだろう。
入り口を部下に固めさせると、隊長を先頭に奥の本殿へと向かう。
「さあ、この奥が界門だ。でも、いまさらだが王女様はどうするつもりなんだ」
「ご迷惑が掛かるようでしたら私は残ります。予定通り、兄さまとカズト様とで……」
「ここまで来たら後戻りは危険すぎる。一緒に行こう、アザミ」
「確かに、それしかねえだろうなあ。しかし、国王がなあ……」
本殿へと至る通路を急ぎながら、この後の作戦を立てる。
王女が界門を渡ることは国王から許されていないという話だったが、この状況では命優先だ。ここを引き返して無事で済むはずがない。
僕の中の常識で考えれば、事情を説明すれば理解してくれるはずだと思うのだが、この状況でもミッキーが難色を示すところを見ると、国王というのはそこまで話のわからない奴なのだろうか、アザミの実の父だというのに。
王族候補でありながら王族のことなど全然わからないとは、とてもはがゆい。だが今の僕には、良い手立てなど考え付くはずもない。
本殿へと到着し、時刻を確認すると零時十七分。
見た目には何も見えないが、その魔法陣のような模様の描かれた場所には界門が出現しているはずだ。
だが、このまま渡ってアザミは本当に大丈夫なのだろうか。救いを求めるようにマスターをじっと見る。
「ふむ。私に考えがございます。先に飛んで警護隊を追い払ってみましょう」
「本当にそんなことが父さんにできるの?」
「まあ、任せておけ」
相変わらずの信頼関係だ。
しかしこの切羽詰まった状況では、その案に乗っかるぐらいしか手はなさそうだ。
「マスターに任せます。それで、僕たちはどうしたらいいんですか?」
「警護隊を追い払うための時間が必要となります。ですので、みなさんはすぐに飛ばずにここでお待ちいただいて、界門が消滅する少し前になってからいらしてください。
それでは時間が惜しいので、私は先に参ります。王子、王女、ご武運を」
そう言い残して、マスターは界門へと飛び込んで行った。
人が界門に飲み込まれて行くところを初めて見たが、本当に忽然と姿を消すんだと、いまさらながらに感動すら覚える。
「さあ、俺も部下にまかせっきりじゃ示しがつきませんからね。警護隊長の役目を果たしてまいりますよ、王女様に王子候補様。ここへはぜってえ誰も通さねえからご安心を……。それじゃ、カズによろしくお伝えください」
警護隊長のミッキーはそう言い残すと、今なお反国王派と交戦中と思われる拝殿入り口へと合流に向かった。
時折遠くから喚声や金属音、打撃音らしきものは聞こえてくるが、辺りは概ね静寂と言える。さっきの様子から考えても、後ろは安心して任せられそうだ。
ポケットから携帯電話を取り出し、時刻を確認する。
「あまりにもギリギリは怖いから二分前になったら飛び込むか」
「わかったわ、じゃああと八分ぐらいね」
僕の携帯電話を横から覗き込んでいる、カズラ。
胸の前で手を合わせ何やら祈りを捧げている、アザミ。
気を落ち着けるために深く深呼吸をする、僕。
「いよいよですね。頑張って下さい、兄さま」
「ヒーズルの命運はあんたに託したわよ……。なーんて、大それたことするわけじゃないんだし、肩の力抜きなさい。そして、失敗したら承知しないからね」
心を覆い尽くすほどのプレッシャーをかける、二人の言葉。
せっかく、深呼吸で気を静めたというのに……。
おかげで、予定の時刻になろうとしているのに、根本的な不安が湧き起こる。
(こんな怪しい空間に飛び込んで、本当に大丈夫なんだろうか……)
躊躇する僕に、二人が心強く声を掛ける。
「そろそろ時間なんじゃないの?」
「さあ、兄さま。参りましょう」
よほど不安そうな表情になっていたのだろうか。
左側にはアザミが。
右側にはカズラが。
寄り添うように両側に立ち、上目遣いで見上げながら、それぞれに握られる両手。
僕は二人に静かに頷くと、ゆっくりと三人揃って界門の出現位置へと歩を進める。
「――ようこそ、ヒーズル王国へ。そして、おかえりなさい」
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