第8章 軽薄な幼馴染 2

 あまり聞きたくない情報も混ざっていたけど、ここまでのユウノスケの話の数々に嘘はなさそう。

 彼が反国王派のために動いているっていうなら、隠れ家なんていう最重要の情報を突き止めてるのに、わざわざ逃亡される危険を冒してまであたしの前に姿を晒すはずがない。密かに粛々と準備を進めて、一気に襲撃すれば事は足りるはずだから。

 となれば、幼馴染として役に立ちたいと言った、ユウノスケの言葉を信じてあげても良いのかもしれない。だけどその前に、一つだけ疑問を明らかにしておきたい。


「それで、あんたはどうしてあたしを見つけられたのよ。しかも、こんなに早く」

「それは秘密っス。強いて言えば愛の力っスね」

「あんたとの付き合いもここまでね。さようなら」


 きっともう突き止められているとはいっても、そのまま家に向かうわけにはいかない。踵を返し、買い物をしてきたスーパーマーケットに向かって再度歩き出そうとすると、ユウノスケが慌てて呼び止める。


「あー、待って待って待って。ちゃんと話すから待って欲しいっス」

「なんなのよ、話すつもりがあるなら最初から言ってくれる? 荷物だって、いい加減重いんだから」


 慌ててユウノスケが荷物を持とうとするけど、突っぱねる。

 荷物を持たれてしまったら、返してもらうまで立ち去れなくなってしまう。


「以前こっちに来た時に、街中で偶然カズラ様の親父さんを見かけたっス。それでひょっとしてカズラ様に会えないかなって、家まで尾行させてもらったっス。

 結局その時は、カズラ様はこっちには居なかったみたいっスが、今回こっちに来てるって聞いたんで、家を張り込んでたらやっぱり現れたってわけっス。

 だから愛の力ってのも、まんざら嘘じゃねえっス」


 深く大きくため息をつく。

 なんてことだ、呆れてものも言えない。簡単に尾行を許したあの親父に……。そして、このあたし自身に。


「他に、聞きたいことはねえっスか?」

「こっち側にいる反国王派って、何人ぐらいいるのかしら?」

「この間全体集会があったっスけど、二十五人ぐらいいたっスね」


 父さんが推測していた人数と大体合致してる。

 今まではあまり気にも留めていなかったけど、こうして反国王派を自称する人物からも同様の人数を聞かされて、急激に現実的な不安感に包まれる。

 その人数でこの家を囲まれたらひとたまりもない。やはり、ここは大事を取って引越しを提言した方が良いのか。


「それで、今さらだけど……。本当にあんたの言葉、信じて良いんでしょうね」

「憧れのカズラ様に嘘はつかねえっス。命懸けても良いっス」

「あんたの命なんて、差し出されても嬉しくないわよ」


 信じるか信じないかなんて自分で決めるしかないのに、事もあろうにその対象に尋ねるなんて、あたしは一体何をやってるのか。思った以上に反国王派を脅威に感じて、弱気になってしまったのかもしれない。

 それでも、ユウノスケの真剣な眼差しと必死な答えに、少し救われた気がするのも確かかも。


「今日は顔見せも済んだんで失礼するっス。久しぶりに、カズラ様とゆっくり話ができて嬉しかったっス」

「そうね、確かにゆっくり話したのは久しぶりだったわね」

「何かあったら、連絡くれれば超特急で駆けつけるっス。カズラ様はスマホ持ってるっスか?」

「スマホ?」

「携帯電話って言えばわかるっスか?」


 そう言ってユウノスケは、両手の親指と人差し指で長方形を作って見せる。

 買い物袋を地面に静かに置いて、肩から掛けていたバッグの中から、先日買ってもらった携帯電話を取り出す。これがユウノスケの言うスマホなんだろうか。


「これのこと?」

「おー、それっス、それっス。電話番号の交換お願いするっス」

「なんで、あたしの電話番号教えなきゃいけないのよ。あんたの番号は聞いといてあげるから、必要なときはこっちから連絡するわ」


 この携帯電話を買ってもらった時に、『絶対に電話番号は他人に教えるな』と言い付けられてる。だからこっちの番号は絶対に教えないけど、向こうの番号はいざというときのために、知っておいても損はないはず。


「はぁ……。相変わらずひどいっスね。電話番号は教えるっスけど、肝心の掛け方はわかるんスか?」

「ちょっと、馬鹿にしないでよ。それぐらいできるわよ」


 電話の掛け方ぐらい習得済みだ。

 この世界の数字だってその時に覚えた。正直言うとまだ時々怪しいけど、画面上の並び順を覚えているから問題ない。

 習った通り電話の画面を呼び出し、ユウノスケが読み上げる通りに十一桁の番号を押して、最後に緑色の部分を押す。一拍置いた後、ユウノスケが見つめる彼の手のひらの中で、あたしの携帯電話とは違う音色が鳴り出す。


「どうよ、簡単じゃないの」

「カズラ様の電話番号いただきっス」

「え? どういうこと?」

「特殊な掛け方でないと、相手に自分の電話番号が伝わるんスよ」


 やられた。

 そんな仕組みとは知らなかった……。とは言っても、不用意に電話を掛けてしまったあたしの落ち度だ。電話番号は他人に教えないように言われてたのに、あっさりと知られてしまった。


「自分、水曜日と土曜日は休みっス。後、拘束時間も午後六時までなんで、それ以降なら……。急なお誘いだと予定入ってるかもしれねっスから、できれば前日までに連絡くれると助かるっス」

「はあ? 何の話よ。なんであたしが、あんたを誘わなくちゃなんないのよ」


 昔から変わらない、相変わらずの軽薄さ。

 こんな男に誘われて、ホイホイと応じる女性がいるんだろうか。


「え? この世界じゃ携帯の電話番号を教えるのは愛の告白で、そこに電話を掛けるのは受諾したって意味っスよ」

「ちょ、ちょっと、そんなの知らないわよ。外界の習慣なんて無効よ、無効!」


 今日は勝手の違う外界のせいで、ユウノスケに調子を狂わされっぱなしだ。

 電話番号を知られてしまった上に、知らなかった風習とはいっても、こんな男の告白を受けてしまうなんて。軽々と乗せられてしまった自分の愚かさが腹立たしい。そして、あまりの悔しさに目に涙が溜まっていく。


「ちょ、ちょっと、カズラ様すまねっス。嘘っス、嘘っス。愛の告白とか受諾とか作り話っス。軽い冗談のつもりだったんス、許して欲しいっス」


 そう言ってユウノスケはその場で地面に正座をして、慌てて土下座を始めた。

 軽々しくこんな行動ができるのも軽薄だと思うけど、今は誠意だと受け取る。

 だけどこのままじゃ、あたしがこの男の言葉で泣かされたみたいだ、それは癪だし後々残る汚点になってしまう。

 土下座を続けながら見上げるユウノスケに、精一杯の笑顔を作り、見下ろす態度で冷ややかに言い放ってみせる。




「――女の涙に騙されるなんて、あんたもまだまだね。修行が足りないわ」

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