第8章 軽薄な幼馴染 3
「――やっぱり、付いて行った方が良かったかな」
「お帰り、遅かったわねカズラ」
玄関のドアを開けると、心配そうな表情で二人が出迎える。
王子が荷物を受け取るために片手を差し出したから、素直に一つ買い物袋を手渡す。続いてアザミも買い物袋に手を伸ばしたけど、「こっちは軽いから大丈夫」と丁重に断った。
そして、買ってきた食材を冷蔵庫にしまい込みながら、帰りが遅くなってしまった理由を正直に話す。やっぱり、大事な話はとっとと話してしまうに限る。
「さっき、そこでユウノスケにバッタリ会ったわ」
「え? ユウちゃん? 懐かしいなー。私も会いたかったなー」
「それは、ヒーズルの人? 出くわして大丈夫なの?」
あまりにも対照的な二人の反応。
不安に思う王子の方が、どうみても正しい。危機感に乏しいアザミの言葉は、幼馴染という油断からだろう。
だけど、さっきのユウノスケとのやり取りを思い返すと、あたしもアザミのことは言えない。幼馴染という甘さが、どこかにあった気がする。感情に影響を受け過ぎてるあたしは護衛失格だ。もっと冷静に、客観的な判断を下していかなくちゃ……。
「ユウちゃんもモリカドの人で、三人は幼馴染なんですよ。ねー、カズラ」
「モリカドっていうことは国王派? それとも反国王派?」
「ユウちゃんは、そういうんじゃなくて――」
アザミが幼馴染を特別視したい気持ちは良くわかる、だけど今は状況が状況だ。
王子の質問に正直に事実を答える。
「反国王派って言ってたわ」
「え、嘘……」
「こうしちゃいられないじゃないか。一刻も早く、逃げること考えないと」
王子は『考えないと』って言いながら、すぐにでも逃走準備に取り掛かりそうなほど慌てふためいてる。『反国王派の幼馴染にバッタリと出会った』としか話していないんだから、その反応も当然かもしれない。
あたしは、会話のやり取りでユウノスケの言葉を信じてもいいって判断した。
でもそれは、ユウノスケに対する先入観のせいかもしれないと、アザミの様子を見ていて自信がなくなってきたのも事実。ここは、ユウノスケを知らない王子に詳細を話して、判断を仰いでみよう。
この慌てっぷりで、正常な判断が下せるのか不安だけど……。
「でもね、あいつはこっち側の役に立ちたいって言ったわ。その言葉は嘘には聞こえなくて……。あたしは信じてもいいって思ったのよ」
「カズラが信じるからには根拠があるんだよね。その時の様子を、詳しく教えてもらえるかな?」
反国王派に隠れ家がばれてうろたえるだけの人物かと思ったけど、王子は予想外に冷静みたいだ。
あたしはさっきのユウノスケとの会話のやり取りを、一字一句とまではいかないけど丁寧に、雰囲気まで含めて伝え始めた……。
「なるほどね。そして、道の真ん中で漏らしまくった、と」
「あんたも、言い方が下品なのよ」
「ごめん。でも……ここを突き止めているなら、わざわざ姿を見せた上に、『反国王派』って明かすのは不自然だよね。普通なら、仲間を集めて奇襲かけそうなもんだし……」
「あたしも、信じる気になった一番の理由はそこよ」
どうやら話に同調してくれそうな気配で、ちょっとホッとする。
『この話の流れで信じるなんてどうかしてる』なんて言われたら、自信をなくしそうだった。
アザミはここまで静観してたけど、幼馴染を懐かしんでた気持ちは切り替わったみたいで、いつもの冴えを見せ始める。
「わざわざ素性を明かした理由としては、こちらを信用させておいて、さらなる情報を探ろうとしている可能性があるかもしれないね」
「逃げられる可能性が高いってのに、わざわざそんな危険を冒してまで、隠れ家の場所以上に欲しい情報なんてあるかな?」
アザミ、王子、どっちの言い分もわかるし、あたしもそれは考えた。
そして、あたし一人では考えもしなかった推論が、アザミの口からもたらされる。
「多分ユウちゃんが掴んでる情報って、カズラと私がヒーズルで知り合った男の人とこっちの世界へ逃げてきて、今はその人に匿ってもらってるって感じよね」
「でしょうね」
「そして、隠れ家以上に欲しい情報って言ったら、やっぱり王子のことだと思う。だから焦らせれば王子と接触するかもしれないって、わざと反国王派として姿を見せたとかじゃない? 本当はここにいるのにね、兄さま」
そう言ってアザミは、王子の腕に飛びつくようにしがみついた。
だけど王子はあたしの目を気にしたのか、「まだそうと決まったわけじゃ……」と煮え切らない言葉を呟きながら、どうみても嬉しそうなくせにその手を振りほどく。
この二人はどう見ても、世の中の兄妹以上に仲睦まじい。これで、本当は縁も所縁もない他人だったらどうなるんだろう。恋人同士になるのか、それともあっさりと疎遠になるのか……。
「そこまではあたしは考えてなかったわ。だったらどうする? やっぱり大事を取って逃げた方がいいかしら?」
「アザミが言うように王子の情報を探っているのなら、僕が王子候補だとばれるまでは手出しはしてこないだろうし、もうしばらく様子を見ようか。二人だって、幼馴染を疑いたくはないだろ? 本当にこっちに味方してくれてるのかもしれないんだし」
「私も可能性として最悪の展開を考えてみたけど、ユウちゃんがそんなことするとは思えないよ」
やっぱり、二人に全部話して良かった。
あたし一人じゃいくら考えても、こんなに納得できる素晴らしい結論には到達できなかったと思う。
「でもまあ、可能性はまだ消えたわけじゃないし、今まで以上に警戒は必要だな」
「そうね、あたしもユウノスケには油断しないように気を付けるわ。ところでアザミ、伯父様を魔法でふっ飛ばしたって言うのは本当なの?」
「ああ、それね……」
アザミと王子が顔を見合わせて、難しい顔を始める。
あたしは現場に居なかったから言い切ることはできないけど、現状に即して考えれば推測は立てられる。
「あの時の魔法は、やっぱり兄さまが撃ったんだと思うわ」
「あの時はアザミをかばおうと僕も必死で目も閉じていたから、そう言われてもピンとこないんだけどね」
やっぱり、そう考えるのが妥当だろう。
もちろん、こっちの世界に来てしまっては、それを実証する手段もないけれど。
「――また、ヒーズルに帰った時の宿題が増えたわね」
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