第8章 軽薄な幼馴染
第8章 軽薄な幼馴染 1
「――ちっす。久しぶりっスね、カズラ様」
寒さにかじかむ両手に重い買い物袋を食い込ませながら、スーパーマーケットからやっと家の目前まで帰ってきたところで、突然名前を呼ばれて戸惑う。
買出しジャンケンに負けた上に、あたしを知る者に出会ってしまうなんて、どれほど運が悪いんだろう。いや、運が悪いなんて言ってる場合じゃない、これは重大な危機だ。
「あんた、ひょっとしてユウノスケなの?」
声の主に顔を向けると、懐かしい面影を感じた。
そして頭で考えるより早く、反射的に名前が口から飛び出す。
「憧れのカズラ様にお会いできて光栄っス。でも、その本名呼びはちょっと……。ユウでお願いするっス」
「相変わらず軽い男ね。で、なんでユウノスケがこっちにいるのよ。国王からの伝令かしら? それともひょっとして反国王派なの?」
表面上は平静を装いながらも、警戒は最大限に。
あたしがナデシコ王女――今ではアザミと呼ぶ方が自然な感じだけど――と共にお屋敷から飛び出したことは、モリカドの一族内には知れ渡ってる。そして、一族内の国王派も反国王派もこぞって、その王女と共に行動していたあたしの行方を追っている。いわば、お尋ね者。
そんなあたしが、一族の者に出会ってしまうなんてこの上ない危機。いえ、出会ったっていうのは正確じゃない。ユウノスケはどう見ても待ち伏せしてた。
「実は……、親父が寝返りやがったんで、否応なく息子の自分も今は反国王派に属してるっス」
「それで? まさか、懐かしい思い出話がしたくなって幼馴染を尋ねてきた……。ってわけじゃないんでしょ?」
これはかなりまずい。
きっと、表情も平静を保てずに引きつってるに違いない。
ユウノスケが国王派だったなら、ヒーズルに帰ろうとさえしなければ監視役を付けられるぐらいで、そこまで手荒な真似はしないはず。だけど、反国王派となれば容赦なく命を狙ってくる。
家も突き止められていることは、こんな場所で待ち伏せしていたのだから明らか。
すぐにでも知らせて、二人だけでも逃がさなくちゃ……。そう考えた時、ユウノスケの口から思いもよらない言葉が出る。
「身体は反国王派でも、魂はカズラ様一筋っス。愛しのカズラ様がこっち側にいるって知って、お役に立ちたい一心でここを突き止めたっス」
「ちょっとあんたね、昔っからのその『カズラ様』って言うの止めてくれない? 気色悪いのよ。それにね、そんな話信じられるわけないでしょ」
本当にこちら側の役に立ってくれるっていうなら万々歳だけど、そんな話を信じるわけにはいかない。ユウノスケは嘘をつくような人物じゃないと思ってはいても、今は王族の二人を守らなければならない立場。少しでも怪しい者は近づけられない。
「どうしたら信じてもらえるっスかね……。反国王派のアジトを教えるってのはどうっスか?」
「そんなもの聞いても、こっちから襲撃する予定もないし意味ないわ。反国王派の動向でも漏らしてもらう方がよっぽど助かるわよ」
「動向っスね。了解っス。いくらでも漏らすっス、漏らしまくるっス」
「なんか、あんたが言うと下品なのよ」
例えばの話をしたつもりだったけど、要求したように受け取られたらしい。
だけど、誤解とはいえ情報を漏らしてくれるというなら聞かないこともない。もちろん、鵜吞みにするつもりもないけれど。
「今出ている指示といえば……。従来のレオ王子に加えて、こっちの世界にやってきたナデシコ王女も探し出せってことっスね」
「ふーん、王女がこっちに来てるんだ。知らなかったわ」
「さすがにその嘘は無理があるっス。立場上、認められないのもわかるっスけど」
今回の界門に飛び込んだのは、アザミたちが最後だったって言ってた。
にもかかわらず、その情報が伝わってるっていうことは伝令が飛んだんだろう。となれば、伝えたのはこの男か。
「で、その情報を持って、あんたはこっちに伝令役として飛んできた、と」
「お、さすがカズラ様っスね。ご名答っス。
今回、ロニスの緊急伝令としてこっちに来たんスけど、ナデシコ王女を探し出して、絶対こっちには帰すなってすごい剣幕で……。なんでもロニス本人が、ナデシコ王女に王族の血脈魔法でぶっ飛ばされたらしいんスよ」
「なんですって?」
思わず、とんでもない声をあげてしまった。
自己弁護をするわけじゃないけど、アザミが魔法でロニスをぶっ飛ばしたなんて聞かされたんだから仕方ない。もしも本当に魔法が使えたなら、きっとアザミの方から話すはずだから何かの間違いだろう。でも念のため、後で本人たちから詳しい話を聞かなくては。
「何をそんなに驚いてるんスか?」
「い、いえ。あのおとなしい王女が……、伯父様をふっ飛ばしたっていうから、びっくりしただけよ」
「ああ、確かに。あのナデシコ王女が……、って自分もびっくりしたっス。
でも、今こっちで作戦の指揮をしてるアジクって奴は、王女が魔法を使えるはずがないって呟いてたっスけどね」
この世で一番聞きたくない名前が耳に届く。
外界に飛ばしてやったのに生き延びてるどころか、しぶとく反国王派の組織と合流して、しかも作戦の指揮まで執ってるなんて……。
あの男は、国王よりもロニスよりも許せない。
だけどさらにユウノスケの言葉を聞いて、あの時味わった忘れられない悪寒が身体中に鳥肌を立てる。
「――ああ、そういえばアジクが、カズラ様のこと必死で探してたっスよ。王女様なんか二の次ってぐらいの執着心だったっス」
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