第5章 もう一人の異邦人 4

「――サーセン! 誰か、いねえっスかー」


 まだ明け方の五時だというのに、激しくドアを叩く音に起こされた。

 昨夜は、ヒーズルからこちらへ向けての界門が出現したはずだ。出迎えに行った者共々、第二期派遣部隊が到着したのだろうか。いや、それにしては早すぎる。

 どちらにしても、後は部下に任せるとしようか。私はまだまだ眠り足りないのだ。

 しかし、再び寝床へ身体を横たえかけた私に向けて、部下の靴音が近づいてくる。一緒にやってきたのは、スラリとした長身の男だ。

 この、いかにも女性にモテそうな、顔立ちの整った男が騒ぎの元凶か。


「一体何者なんです、この男は。わざわざ私のところへ連れてくるなんて、一体どういうことですか?」

「ちっす。自分は――」

「貴様には聞いていない。少し黙っていなさい」


 まだ眠気も覚めず、頭も回らない。

 そこへきて、この男の声は妙に甲高く、頭に響いてとてもイラつく。

 余計な金を使う必要はないとこの本部で寝泊りをしていたが、こんなことならゆっくり休める所を手配させるべきだった。


「ロニス様からの緊急伝令だそうです」

「第二期の派遣部隊の到着は、昼頃になると言ってなかったですかね?」

「いえ、それとは別に、モリカドの血脈魔法を使ってこちらへやってきたそうです」


 なるほど、モリカドの魔法はそんな使い方もできるのか。

 界門を経由せずとも、こちら側に情報を伝達できるとは便利なものだ。帰るときは界門を使うしかないのだろうが。

 しかし、この男は何ともフラフラした感じで、言葉遣いにも違和感がある。

 ロニス様は、この男に直々の伝令を託したというのか。隊長に引き続き、この男の人選にもこの上ない不安を感じる。


「そういうことなら、話を聞かせてもらいましょうか」

「チッス。自分『ユウ』っス。よろしくっス」


 やたらと語尾に『ス』を付けるのは一体なんなのか。流行なのか?

 両方の手はポケットに突っ込み、高身長の背中を丸めて上から見下ろすその姿勢は、とても不愉快な気分にさせる。そして、ポケットから抜いた右手を差し出し握手を求める行為も、立場をわきまえない馴れ馴れしさだ。

 敢えて隠すつもりもなかったが、不愉快な気分が表情に表れていたらしく、ユウと名乗った男にもそれは伝わったらしい。


「あれ? なんか、怒らせるようなことしたっスかね? 自分、こっちに居る時間の方が長いんで、ついついこっちの習慣が出ちゃうんスよね。っていうか……、あっちでの礼儀作法とか、もうあんまし覚えてないんで」


 この男の話を聞いていると、その言葉遣いにイライラが募る。だが、これがこっちの習慣というなら仕方がない。普段なら即刻追い出すところだが、こちらの世界を何も知らない私は、この男から学ばなければならない立場にある。

 取り敢えず握手に応じ、差し出された右手を渋々と握り返す。


「将軍、握手をするときはスマイルっスよ。あ、スマイルって言ってもわかんないっスね。笑顔でにこやかにっス」

「誰が将軍だ。私は筆頭補佐官だ」

「そうでしたっけ、まあこれからもよろしくお願いするっス。アジクさん」

「おい! アジク様に対してその言葉遣いはなんだ!」


 さすがに『アジクさん』は、そばに居た隊長も腹に据えかねたのだろう、間髪入れずに怒声が飛び出した。私もはらわたは煮えくり返っているのだが、ここで長々と説教を始められても肝心のロニス様からの伝言がいつまで経っても聞けないので、ここは隊長を制止することにした。


「まあよい。それよりも、さっそく伝言とやらを聞こうか」

「了解っス。派遣部隊は半数程度を送り込むことに成功した。しかしその後、王女にも界門を渡られた。同伴者は男一名。変わった身なりをしていたので、外界の人間かもしれない。

 そして、ここからが重要事項だ。王女は王族の血脈魔法を発動した。目の前での出来事なので間違いはない。だから、こちらに舞い戻られて成人式典が開かれては非常にまずい。捜索中の王子に加えて王女も必ず探し出し、絶対にこちらへ戻られないようにしろ。手段は厭わない。以上が伝言の全てっス」


 手紙を読み上げると、ユウは再び封筒にしまい入れ、私に手渡す。

 手紙を再度取り出し確認したが、筆跡も見慣れたロニス様の文字だし署名もある。この手紙は確かにロニス様からの伝言のようだ。

 界門が閉じた後にこの手紙を書いてユウに託したとなると、どんなに急いでもほんの二、三時間前だろう。それなのに、界門をくぐった派遣部隊よりも先に到着するとは……。人間性は疑わしいものの、さすが緊急伝令というところか。


 そして伝令の内容だが、王女が魔法を発動したという部分に首を捻る。

 本当に王女が魔法を使えるのなら、私の考えが間違っていたことになる。しかしそれならば、今度はこちらの世界へ逃げ込む理由がわからない。健康で魔力もあるなら家に帰った方が、よほど簡単で安全だというのに。


「どうにも信じ難い話ですねえ。王女が魔法を発動したなんて……」

「アジク様は、そのような話はあり得ないとお考えですか?」

「あるとすれば、王位に就きたくない王女のわがままで、家から逃げ出したといったところでしょうか……。しかしそうなると、ずっと公に顔を出さずに姿を隠していた理由がつかない」

「ロニス様の見間違いですか?」

「まあ、今は寝起きで考えもまとまりません。また明日にでも考えるとしましょう」


 隊長とこれ以上話していると、ロニス様への忠誠心が疑われる発言をしてしまいそうなので、打ち切ってごまかす。

 だが、私の考えが間違っているとは思えない。きっとあいつの見間違いに決まっている。


「ユウだったか、お前もご苦労だった。とりあえずゆっくり休んで、今後は派遣部隊に合流してくれ」

「マジっすか。伝言伝えたら任務完了のつもりだったんスけどね」

「明日からは、隊長である俺様が性根を叩き直してやるからな。覚悟しとけよ」

「お手柔らかにお願いするっス」


 役に立つのか立たないのか、つかみどころのない奴が加わったものだ。

 だが、人手は一人でも多いに越したことはない。こういう手合いはちょっとしたことで嫌気が差して逃げ出してしまうので、隊長にはほどほどにするよう言っておかなくては。

 もう外もうっすらと明るくなってきてしまったが、まだまだ寝足りないので寝床へと身体を潜り込ませる。


「あ、言い忘れたっスけど、自分の勤務時間は週休二日の九時から六時まで、休憩一時間でおなしゃす」

「あー、もう勝手にしろ!」


 寝るつもりでいたところに早口でまくしたてられ、ユウが何を言っていたのか理解が追い付かない。だが、もういい加減にしてほしい、私はすぐにでも寝たいのだ。




「――ありっス。それじゃお休みっス、将軍」


 だから私は将軍じゃない……。

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