第5章 もう一人の異邦人 3
「――アジク様! 一体、いつこちらに……」
重いドアを勢い良く開け放つと、見知った顔が驚きの顔で出迎える。
その驚嘆の声に反応して、和気藹々と談笑していた者、ソファーに寝ころんでいた者、遊戯に興じていた者等々も、一斉にその場で直立不動の体勢のまま硬直する。予定にない私の来訪に、虚を突かれたみんなの表情には一様に気まずさが伺える。
「ふん、外界の拠点がどんな所かと思えば、なかなか過ごしやすそうな場所ですねえ」
「ハッ! 全ては、モリカドの方々のご支援によるものであります!」
第一期派遣部隊の隊長が、大きな声を張り上げて返答する。
確かに、反国王派に寝返ったモリカドの後援者からの資金提供のお陰で、この居住空間を含めた外界での活動が行えている。
しかし、今の私への返答としては全くの見当違いだ。私の発言は、部屋に入った瞬間の気の抜けた様子に呆れた嫌味だったと言うのに、ちっとも空気が読めていない。
こんなことなら、派遣部隊も私が編成するべきだった。このような者を隊長に任命するなど、ロニス様の人を見る目にも呆れるばかりだ。
「何か、緊急のご用でもございましたか?」
隊長が茶を差し出しながら、私の顔色を伺う。
ヒーズルに居るときであれば、下っ端の問い掛けにいちいち受け答えなどするべくもないが、ここでは当面この者たちに頼らねばならない以上、あまり無下にもできない。
「いや、どうやらモリカドの血脈魔法に巻き込まれたらしくてね」
「それはお気の毒でした。それにしても、良くここへ辿り着けましたね」
国王派が今なお必死に行っている外界での王子捜索に目を付け、こちらも幾人かの人員を送り込んでいるが、まさか自分自身までこちらに来る事態に陥るとは……。
しかしもしものためにと、外界についての説明を聞いておいて助かった。そして緊急用のこちらの文字で書かれた手紙と、この世界の紙幣を常時携行していたことも幸いした。
「前もって聞いていた通りに、大きい店の店員に手紙と紙幣を見せたら、『タクシー』という物を呼びつけてくれて、ここまで運んでくれました。あの手紙は本当にすごいですねえ」
「あの手紙にはここの住所と、『このお金で行ける一番簡単な行き方を教えてください。私は文字が読めません』って書いてあるらしいですよ」
こんな不可解な外界の地で迷ってしまったというのに、ここへと導いてくれた一枚の手紙。活動拠点に辿り着くなんて無理かもしれないと、諦めかけていたというのに……。この世界には魔法などないはずなのに、あの手紙には一体どんな仕掛けが施されているのだろうかと、胸を躍らせた。
しかしその高揚感も、隊長の呆気ない種明かしに一気にしぼむ。
真実を聞いたのは間違いだったようだ。隊長の、今度は利かせ過ぎた気に、間の悪さを感じる。
「しかし、なぜ大きな店の店員なんです?」
「この世界では、大きい店の店員が一番親切にしてくれるというのがその理由とか。信用や評判がとても気になるらしく、悪い噂が立つことを最も恐れるらしいです。そして親切にして良い印象を持ってもらえば、また足を運んでくれるという考えみたいですよ」
「なるほど、ヒーズルの店主どもにも聞かせてやりたい話ですねえ。あいつらは買う気がないとみると、『冷やかしなら帰れ』とすぐに店から追い出すので」
「確かに。私は迷い始めると買う気はあるのになかなか決断ができなくて……。気付けば一時間や二時間があっという間に過ぎていて、よく『そこに突っ立っていられると他の客の迷惑だ』って怒鳴られますよ。ハッハッハ」
なぜこいつを隊長に任命したのだ。
そんな優柔不断さでは、隊長など務まるはずがないだろう。ヒーズルに帰ったら、即刻解任せねばなるまい。
「そういえば、この世界で気を付けるべきことがあるなら、教えておいてくれないか。事前説明である程度は聞いているけれども、他にもあるようなら頭に入れておきたいのでね」
「そうですね……『警察官』ですかね。治安官のような服装で街の治安を守る職業だそうです」
「結構な職業じゃないですか。何を気を付けることがあるんです?」
「この世界では、身分が証明できない者には自由が与えられないらしいです。ですから、我々が警察官に怪しまれて身分の証明を求められたら一巻の終わり、牢に入れられることになります――」
言われてみれば当然だが、我々はよそ者だ。
警察官とやらに守られる存在ではなく、排除される側か。
この世界は、よそ者が大手を振って歩けるような開かれた場所ではないというなら、なるべく人目につかないよう心がけるべきだろう。
「――しかも彼らは治安官と違って優秀らしく、一人を捕まえるとその仲間まで一網打尽にするとか。ですのでこの世界に慣れるまでは、外出時はモリカドの人間と行動を共にした方が良さそうです」
「なるほど、胸に刻んでおくとしましょう」
窓際に立って外を眺めてみる。
小さい頃聞かされたおとぎ話とは似ても似つかない外界の風景。ヒーズル国民のほとんどは知らない。いや、外界が本当に存在することすら信じていないだろう。
だが少し上の方に目を向けると、少し濁って見えるものの空は青く、そこには雲が浮かんでいた。よくよく考えれば、街を歩く人々も服装は違えど、我々と姿形も大きな違いはない。
「我々との違いは技術力の差か……」
未だにこの世界には畏怖の念が先に立つが、その目新しさには興味も尽きない。
ヒーズルでは考えられない建物の高さや頑強さ。高さは物見やぐらに、頑強さは城壁へとその技術を活かせそうだ。
そして、私をここまで運んでくれた乗り物。馬車よりはるかに早く、振動もない。しかも、操っていたのは私よりもずっと年上の、老人と呼んでもおかしくないほどの人物だった。
それに夜も明るく、外の寒さをものともしない室内の快適さ。この世界に長く身を置いたら、帰る気が失せてしまいかねない。
そして、部屋の隅から聞こえてくる賑やかな音に気づく。
「おい、これは一体なにかね?」
そこでは大きい金属製の分厚い板に、風景や人物がまるで閉じ込められているかのように映り、その音まで流れていた。本当にこの世界には魔法はないのかと、疑わずにいられない。
「これはテレビと言うらしいです。仕組みは我々にもわかりませんが、この世界の情報を得るにはもってこいの代物です。今はちょうど、この国の歴史について伝えているみたいですね」
また新たな、この世界の技術を目の当たりにして、思わず目が奪われる。
そして、その迫力ある音と共に映し出される光景に、ついつい目が釘付けになる。
圧倒的な技術力を見せ付けられる毎に心酔し、その度に私の野心に点った火がメラメラと火力を上げていく。
「キシシシシ…………」
「アジク様、いかがなされましたか?」
――部下の声など耳にも入らず、私は『テレビ』という箱に魅入られていた。
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