第5章 もう一人の異邦人 5
「――ただいま第二期派遣部隊八名、到着致しました!」
第一期のときは、界門など渡る者は居ないと国王派も無警戒だったから、選抜した十名全員の通過に成功した。
第二期の今回は国王派も警備に力を入れると考え、人員を倍増して二十人で部隊を編成したのだが、半数未満しか通過は叶わなかったようだ。
次回はモリカドの魔法を使って、安全に人員を送り込む案も検討しなければならないだろう。今回は、外界で散り散りになった人員を集結させられるのかという不安から目を瞑ったが、あの魔法の手紙があればそれも難しくなさそうだ。
「ご苦労。今回の界門は、ここから相当な距離だったと聞くが大丈夫でしたかね?」
「界門通過後はモリカドの方々にご引率いただいたので問題はありませんでした!」
部隊を編成はしたが、軍隊を作ったつもりはない。
統率も取れているし悪いことではないのだが、なぜか報告の声も大きくなる。目の前で、しかも室内なのだから普通の声で充分だろうに。
第二期派遣部隊も到着したところで、当初の予定通り全体集会を始めるために隊長に合図を送り、号令を掛けさせる。
「全員集合! そして整列!」
第一期十名、第二期八名、さらに元々の反国王派、モリカドから引き抜いた者、諸々を加えて総勢二十五名。その全員を、この狭い本部に詰め込むとさすがに窮屈だ。
今後増員するようなら本部の移転も考えないといけないかもしれないが、今日のところはこのまま集会を始める。
「夕べ、第二期派遣部隊が界門を通過した後、王女も界門を経由してこちらに渡ったと報告を受けている」
室内がざわつく。
特に第二期の隊員達は信じられない様子で、お互いに顔を見合わせてはこちらの顔色を伺い、懲罰を恐れてか青い顔でその表情をこわばらせている。特に隊長はきつく目を閉じ、悔しそうな表情を浮かべたが、やがて目を開けると私に向けて謝罪を始めた。
「申し訳ございません、アジク様! もう少し慎重な行動を取るべきでした! 責任は隊長である私にあります!」
「諸君らは命懸けで、界門を突破するという任務を遂行してくれました。気にする必要はありません」
隊員たちのこわばっていた表情が緩む。
許されたことで安堵したのだろうが、私だって誰彼構わず怒りはしない。今回責められるべき人物は他にいるからだ。
手紙にも『派遣部隊を送り込んだ後に、王女に界門を渡られた』と書いてあった。ならば、どうみても王女を取り逃がしたのはロニス様本人に他ならない。それに界門にわざわざ足を運んだのも、王女が来るとわかっていての行動な気がするのだ。
責任の所在はともかく、王女がこちらへ来たとなれば作戦も変更しなければならない。
「作戦の変更を伝えます。
従来の王子に加えて、王女も捜索せねばなりません。なので、もしもどちらかを発見しても決して手出しせず、尾行して生活拠点を突き止めるように。そして、そのまま監視を続けて待機すること」
「お言葉ですが、見つけ次第それぞれ始末した方が早いのではないですか?」
「理由は二つ。一つは生活拠点に出入りする人物から、もう片方に繋がる可能性があるということ。
そしてもう一つ。この世界の『警察』という組織は、治安官のように犯罪行為を見逃してはくれないらしい。二人同時に葬れるのならばともかく、片方を始末した時点で誰かが捕まってしまうと、そこから我々を一網打尽にできるほどの力を持つようです。そうなれば、そこで我々の活動は終了となってしまいますからね。それだけは絶対に避けなければならないでしょう」
この世界を知る者に尋ねると、口を揃えて『警察』の優秀さを語る。
この世界での身分を証明できない我々にとっては、捕らえられた時点で活動の終了を意味すると言う。
王子、王女を取り逃がしてもまた次の機会を伺えば良い。しかし活動の終了は、同時に私の新たな計画の終了も意味する。今の私にとっては、ロニス様の命令よりも活動の継続こそが最優先課題なのだ。
「最後にもう一つ。王女より一足早く、こちらにその侍女が来ているはず。その女を辿ればきっと王女にたどり着く。そして、その女はモリカドの者だから、その線からも捜索を試みてくれますか。話は以上です」
私をこんな目に遭わせたあの女だけは許せない。
私にとっては、王女以上に見つけ出したい人物だ。そして、あの屈辱を何倍にもして返さなければ、腹の虫は収まらない。冷静に捜索の任務を伝えたつもりだったが、握りしめた拳が思わず打ち震えていることに気付く。そして、こめかみの引き攣り具合からしても、表情も相当に険しくしていたようだ。
「ちょっちょっちょっ。ちょっと待つっス」
「どうしました? 何か気になる点でもありましたかね?」
「みんなが手にしてるあれっスよ」
「刀がどうかしたでありますか?」
この男は刀を知らないのだろうか。
ヒーズルでは一般的な武器で、一メートルほどの長さの刃物だ。誰でも知っていておかしくないという共通認識は、最前列の隊員が不思議そうな表情で聞き返したことからもわかる。
「刀なら、腕力さえあれば振り回すぐらいはできるだろうと持たせたが、何か問題でも?」
「おおありっスよ。そんなもの持って街をうろついてたら、あっという間に警察に捕まるっスよ」
「そ、そうなのか……」
「もしも武器が必要なら、懐に忍ばせられる短刀程度にするべきっス」
「わ、わかった。対処しよう」
刀は、わざわざ第二期の隊員に持って来てもらったのだが、いきなり無用の長物と化してしまった。短刀は人数分など用意してあるはずもなく、数人が携行するにとどまる。追々、こちらの世界で仕入れるしかないだろう。
隊員が思い思いに捜索に出掛け、あれほど窮屈だった部屋も閑散とし始める。
そんな中、フラフラした足取りでこちらに近づいてくるのはユウだ。
「お前の身柄は第一期隊長に預けたはずですが、さっそくのさぼりです? 報告しておきますよ」
「そんな……誤解っス。王女の侍女のことなんスけど、それってカズラっスか?」
「お、お前、あの女を知ってるのかね?」
「そりゃまあ……。同じ名字を持つ者として、王女の侍女の話も当然耳に入ってくるっス」
役立たずと思っていた男の口から有力な情報がもたらされ、その意外性に驚く。
名前を言われてもそれがあの女を指しているかは判断しかねるが、侍女が複数いたとは聞いていないので、きっと間違いないだろう。
「で、居場所もわかるのかね?」
「いやいや、さすがにそこまでは知らねっス。ただ、捜索するのに足を引っ張られたくないんで、単独で行動させて欲しいっス」
「そういう話なら許可しよう。でも、全体での作戦には参加してもらいますからね」
「了解っス。感謝っス」
この男のことだから、上手いことを言ってさぼろうとしている可能性も否定できない。だが、隊員の中に入れたところで和を乱すだけだろう。それならば、普段は単独で行動させておいた方が、上手く事が運ぶかもしれない。
「ところで、同じ名字ということは親戚同士だろう。交流などはなかったのか?」
「いやいやとんでもない、全然同じじゃないっス。カズラの家と自分の家とじゃ、名字は同じでも一緒に語るのは失礼なほどに家柄が違うっス。片や王子や王女護衛の任を受けるほどの名門、こっちは伝令ぐらいにしか役に立たない下っ端っス。交流なんてとんでもないっス」
「そうか、モリカド同士でも色々あるんだな。まあいい、侍女の捜索は任せたぞ」
何やら、いつもの調子良さに陰りを見せたが、複雑な事情でも絡んでいるのだろうか。だが、侍女を知っていると言ったのは嘘ではなさそうだ。
「ところでユウ、もう一つ聞きたいんだが」
「なんスか?」
「ミサイルというのは、いくらぐらいするものなんだ?」
ユウは困惑した表情を浮かべ、苦笑いをしながら質問に答える。
「――将軍……、あれはどこにも売ってないっス」
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