第4章 王子の決断 4

 カッコいいセリフだが、やっぱりダメだろう。

 もちろんアザミは大事だ、何があっても守ろうと思っている。だからといって、ヒーズルの全国民に迷惑を掛けていいはずがない。


「私のためにって、そんな……。ダメですよ、そんなこと」

「二人揃って、なんか勘違いしてるんじゃない?」

「勘違い?」

「そりゃもちろん、あんたが将来国王になって、ヒーズルを平和で豊かな素晴らしい国にしてくれるっていうなら万々歳だけど、そんな期待しちゃいないわよ。あんたに期待してるのは、アザミを救ってもらうことだけ」


 思わずアザミと顔を見合わせる。

 やはりアザミも僕と同じく、カズラの言葉の意味が良くわからないようだ。


「カズラは、僕が将来国王になってヒーズルをダメにしてもいいって言うの?」

「いいわけないでしょ、そんなことしたら絶対許さないわよ。あたしが言ってるのは王子を名乗ったからって、国の命運まで背負う必要はないって意味」

「そんな都合のいい話が――」

「簡単じゃない。王位を継承しなければいいのよ」


 そりゃあ確かにそれならば、ヒーズル王国を背負わずにアザミは救えるかもしれないが、どうみてもその場凌ぎにしかならない。


「でもそれじゃ、ロニスの娘が王位に就くことになるだろ? 国王になりたくないって言っておきながら勝手かもしれないけど、あんなにひどい目に遭わされたロニスたちに権力を渡すのは、納得いかないな」

「誰が、あいつらの思い通りにさせるって言ったのよ」

「なるほどね、カズラのお得意の手ね――」


 アザミは箸を置くと、クスクスと笑い出す。

 カズラと付き合いの長いアザミにはピンとくるのかもしれないが、僕にはさっぱりだ。


「――王子になったからといって、実際に王位を継ぐのはまだまだ先の話。その間に何かいい手を打つつもりなんでしょ、カズラ」

「さすがアザミね、あたしのことわかってるじゃない」


 なんだ、良い作戦があるのなら、もったいぶらずに教えてくれればいいのに……。

 アザミの危険も取り除けて、ロニスたちに権力も渡さず、さらに僕が国王の継承を辞退してもいい。そんな妙案があるのであれば、時間稼ぎのために僕が王子を名乗る価値は充分にある。


「だから、あんたは王子として名乗り出てくれる?」


 カズラは嬉しそうな表情で僕を見つめる。

 きっと同意の言葉を待っているのだろうが、やはりそんなに簡単に答えられる問題ではない。


「それはまだちょっと考えさせてよ」

「なによ、相変わらずの意気地なしね」

「慎重派って言ってくれよ。とりあえず王子を名乗って、時間を引き延ばすところまではわかったよ。それで、王位を継承するまでに打つっていう良い手は?」


 もちろん、喜ばせてあげたいのは山々だが、答え方次第で一番影響を受けるのは僕だ。納得いく作戦でなければ、引き受けるわけにはいかない。

 そして、その肝心な作戦の内容をまだ聞いていない。

 

「さあ……。それを考えるために、時間を稼ぐんじゃない」


 潔すぎる即答に思わず、感銘すら受ける。

 アザミが再びクスクスと笑い出したところを見ると、『カズラのお得意の手』というのはここまでを指しているのだろう。要するにただの時間稼ぎということか。

 これじゃ間違っても、王子と名乗り出る決心はつけられそうもない。

 しかし、アザミは名案でも浮かんだのか、おずおずと話し始める。責任放棄のカズラとは大違いだ。


「伯父様たちに権力を渡さない方法なら……」

「なになに? なんか良い考え、浮かんだ? アザミ」

「私たちが襲撃された証拠を突き付けて、ロニス伯父様の今回の画策を明らかにしてしまえば、きっと継承権争いからは脱落するんじゃないかな」


 確かにそれならば、ロニスを懲らしめることもできて一石二鳥かもしれない。

 それに、この方法は僕にとっても、大きなメリットがありそうだ。

 かぶり付こうと思っていた豚肉をひとまず茶碗に置いて、アザミの案に意見を加える。


「その方法なら時間を稼がなくていいから、僕が王子だなんて名乗りを上げるまでもないかな。証拠を見つけ次第、すぐにでも告発してしまえばいいんだからさ」

「それが……」

「はあ……やっぱりあんたは『おたんこなす』、いえ『あんぽんたん』ね――」


 またこのパターンか……。

 僕の発言に対して口ごもるアザミ、罵声のカズラ、幾度となく見慣れた状況だ。


「――で、誰が告発するの? ロニスの悪事を」

「そりゃあ、実際に襲撃を受けた僕かアザミが……あっ」


 僕が訴えたところで、現状はどこの馬の骨ともわからない人物。

 そうなるとアザミが表に出ることになるが、病気を理由に公の場から姿を隠している、という事実を忘れていた。


「病気はまあ、治ったとか適当にごまかせるかもしれないけど……。アザミが王女として元気な姿で表に出れば、問題になるのはその先よね」


 だからさっき、カズラにいつもの調子で罵倒されたというわけか。

 アザミが元気だとわかれば成人式典も逃れられないだろう。

 だが、ここで改めて頭に浮かべる、界門を渡る直前のことを。あの魔法を撃ったのがアザミだったとしたら、そもそも成人式典に怯える必要もない。


「アザミは本当に、魔法は撃てないんだよね?」

「はあ? 今さら何言ってんの? でなきゃこんなことになってないでしょ」


 大声でカズラが喚きたてるが無理もない、あの現場には居なかったのだから。

 だが、その声は無視してアザミの目を見つめて再確認する。


「私には魔力はありませんよ。魔法が撃てるとしたら、きっと兄さまの方です」


 アザミの真っすぐな目を見て、その言葉を信じることにする。

 やはり、僕が王子として名乗りを上げないことには、アザミの危険は取り除けないようだ。だがそれで、みんなが幸せな結末を迎えられるというなら、勇気を振り絞るしかないかもしれない。


「僕が王子として名乗りを上げて、ロニスの悪行を告発すれば、全ては解決するのかな? アザミもコソコソせずに、堂々と日の目を見られるようになるのかな?」


『そうよ、だからあんただけが頼りなの。お願い』

『王子を名乗って私を自由にしてください、兄さま』


 ……そんな肯定的な言葉が返ってくると思っての英断だったのに、より一層の湿っぽい空気に包まれた。現実はそんなに甘くはないようだ。


「そこまでは無理だと思います……。表に出れば王族としての職務がありますし、魔力を詐称している事実は変わりませんから」

「でも国王は、あんたが跡継ぎとして現れてくれれば、アザミの王位継承権は素直に辞退するだろうし、変な考えは起こさなくなると思うわ」


 結局、魔力絶対主義に囚われているあいだは、アザミに本当の自由など訪れないということか。

 ロニスを懲らしめつつ、アザミも助けられる名案だと思ったが、諸手を上げて喜べるほどの結末は迎えられないようだ。


「それじゃ僕は満足できないな……」

「私は満足ですよ。魔力がないってわかった時点で、これぐらいのことは覚悟していましたから……。それよりこうして、私のためにみんなが手助けしてくれているだけで、とっても嬉しいです」


 そう言いながら微笑むアザミの健気さに、こちらの方が悲しい気持ちになる。


「でも、こんなにあっさりと悪くない案が出るんだから、時間さえ稼げればもっといい方法が浮かぶわよ、きっと。だから、あんたは王子として名乗りを上げるのよ、いいわね」

「アザミが、生まれ故郷のヒーズルで堂々と胸を張って暮らせるような案でないと、僕は納得いかないよ」

「そんなの幻想よ――」


 カズラはひと際険しい表情を浮かべたが、すぐに目を背け、やるせなさそうなため息交じりに呟いた。




「――魔力絶対主義そのものを、ぶち壊しでもしない限りはね……」

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