第4章 王子の決断 3

 広くはないテーブルに、所狭しと出来上がった料理が並べられていく。今夜のメニューは肉じゃがに豚の生姜焼き、そしてポテトサラダ。好物のオンパレードに胸が高鳴る。

 そしてカズラもやっと着席したので、両手を合わせていよいよ食事開始だ。


「いただきます――」

「ちょっとあんたに確認しておきたいことがあるんだけど」


 美味しそうな料理たちが、早く食べてもらいたそうに目の前に並んでいるというのに、カズラの真剣な表情に伸ばした箸が思わず止まる。

 さらにカズラは、人差し指を僕に突き付けてキッパリと言う。


「あんた、もし自分が王子だったとしたら、どうするつもりなの?」


 やっとありつけたと思った久しぶりのカズラの手料理が、箸をつける直前になっての突然のおあずけ。最高潮の気分からの予想外の展開に困惑する。

 何らかの返答をしてやりたいところだが、自分が王子候補だと言われたのもわずか数時間前の話で実感もない。言葉を絞り出そうにも考えは空回りを続け、空気ばかりが重くなる。


「せっかくのお料理が冷めちゃうよ。とりあえずいただきましょ」

「そうね。お腹も空いてるし、食べながら話しましょう」


 アザミの機転の利いた言葉に救われる。

 単に空腹に耐えられなかっただけかもしれないが……。


「いただきます」


 間が空いたので、改めて食事の挨拶をしてから待望のカズラの手料理へとありつく。

 しかし、生姜焼きに箸を伸ばしてはカズラの視線が気になり、肉じゃがを頬張ってはまた視線が気になる。ひとまず先延ばしになったものの、用意しておかなければならないカズラへの回答を考えながらでは、せっかくの料理なのに味わうどころではない。

 恐る恐るカズラを見ると、やはり視線を向けていたようで、すぐさま目が合う。


「別に怒ってるわけじゃないわよ。どうするつもりなのかって聞いてるだけ」

「どうするっていうと?」

「あー、もうじれったいわね。名乗り出るつもりがあるのかってことよ」


 王子だと名乗り出れば王位継承権の最上位、次期国王は既定路線になる。

 王子という実感さえないのに先のことを考えると、ますます返答ができなくなってしまう。まずは振り出しに戻そう。


「僕が王子だっていう確実な証拠でもあるなら現実的に考えもするけど、言葉で『あなたは王子候補です』なんて言われても……。やっぱり、まだ信じられないよ」

「んー……。じゃあ、あんたのお尻に三つ並んだほくろがあるとか?」

「そんな所、自分じゃ見えないって」


 アザミが突然箸を置くと、腕まくりをして僕のベルトに手を掛ける。

 まさか確かめようというのか、食事中だというのに。


「失礼しますね、兄さま」

「待って、待って。今食事中だし、後で自分で見てみるから――」

「ジッとしてください、本当の兄さまかどうかの瀬戸際なんですから。それに、自分じゃ見えないんですよね?」


 アザミは真剣そのものだ。

 手を振りほどこうとするが思った以上に力強い、アザミにこれほどの腕力があっただろうか。何やら、王子の確認作業以上の必死さを感じる。

 懸命の抵抗を続けていると、カズラが声を上げて笑いだす。


「ちょっとアザミ、例え話よ。王子のお尻にほくろがあるかなんて、あたし知らないわよ」

「……に、兄さま。本当に申し訳ありません」


 アザミは顔を真っ赤にして小さくなると、今度は必死に謝罪を始めた。

 その姿を見てカズラもやっと笑いが収まったようで、再び真顔で話し始める。


「でも、あんたは一ヶ月半後に向こうに行くつもりなんでしょ? だったら、王子だと証明されたときのことも考えておくべきじゃない。それにあんな父さんだけど、あそこまで自信満々に語られたらやっぱり信じてあげたいもの」


 確かに正論だが、僕には王子としての記憶は全くない。

 もちろん国を治めるための教育も受けていないし、その才覚もない。そしてこの間ヒーズル王国の土は踏んだが、それはたったの二週間ほど。見た地域もほとんどシータウのみで国に対する愛着もない。

 もし仮に僕が国王の長男だったとしても、こんな自分が国王になったところで、国民のためになるはずがないだろう。


「向こうの世界へは行くつもりだけど、王子なんておこがましくて。王子になれば将来は国王、そんなことになったらそれこそ国民に失礼だよ」

「ふーん。あたしも普段だったら、『あんたの人生だから好きにしなさい』っていうところなんだけど、今回ばかりはそうはいかないわ。あんたには、絶対に王子としてヒーズルに帰ってもらう」

「でも……兄さまがなりたくないっていうのに、無理強いしたら悪いよ……」


 何が何でも僕を王子にしたい理由が、カズラにはあるようだ。

 本人も言っていたように、人の生き方に干渉するタイプではなさそうなのに、なぜなのか。その疑問はすぐに解消された。


「いいえ、そうはいかないわ。こいつが本当に王子なら、名乗りを上げればすべては丸く収まるのよ。アザミ、あんただって命を狙わることもなくなるわ」


 なるほど、王位継承権第一位が現れればアザミは最上位ではなくなるから、今回の騒動は全て終息する。国王や、国王の兄に命を狙われることもなくなるだろう。

 カズラが何としても僕を王子に据えたい理由はそういうことだったか。


「私のために、兄さまを犠牲にするようなことできないよ。それに、魔法のないこの世界の方が私には居心地良さそうだし、こっちで静かに暮らしていれば――」

「さっきも聞いたでしょ、ここ最近反国王派の動きが活発になってるって。もちろん王子は既に狙われてるけど、王女もこっちにいるって知られたら、結局ここでもあなたは狙われるのよ」


 聞き流しかけたが、今カズラはさらりととんでもない言葉を口走った。

 『王子は既に狙われている』のだ。自覚が全然ないので、『王子』という単語を聞いても自分の話に置き換えられずにいたが、僕はとっくに反国王派から命を狙われる立場にいたのか。


「僕だってアザミの危険は取り除いてあげたい。だからといって、ついこの間までヒーズルという国すら知らなかった人物が王子を名乗れば、多くの国民に迷惑を掛ける。そんな簡単には決断できないよ」


 とりあえず返答は先延ばしにして、肉じゃがに箸を伸ばす。

 やはり少し考える時間が欲しい。だが、いくら時間をもらったところで、やっぱり王子を名乗る決断ができるとは思えない……。




「――今、目の前にいるアザミを救うため。それだけでいいじゃないのよ、王子を名乗り出る理由なんて」

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