第3章 ゲートキーパーの贖罪 3
「――私が、山王子様を『異世界へご案内します』と申し上げたのは、そもそもヒーズル王国第一王子候補者だったからなのでございます」
『ここは店ではなかった』、『マスターとカズラは親子だった』に続いての衝撃、第三弾目だ。そして、心なしか口調まで急にかしこまったのではないだろうか。
ここへ来てからのわずかな時間に、これほどまでに驚かされるなんて。一体どれだけの驚愕が、この先も待ち受けているのか……。想像すると身震いが起きる。
「僕が、異世界に憧れてたからじゃなかったんですか?」
「山王子様の性格なら、『あなたは実は王子なんです。私と一緒にヒーズル王国へ来てください』なんて誘い方を致しては逃げられるのは必然。ですので、その憧れを利用させて頂きました。細かいご説明は渡った後でも良いかと思いまして」
完全に性格が見抜かれている……。
まず、そんな胡散臭い誘われ方だったら絶対に信じていない。
それに加えて、向けられた期待には応えるよりも先に逃げ出す手段を考えるこの性格だ。王子なんて言われたところで、そんな大層な身分を受け入れられるはずがない。もちろん、王子であるはずもないのだが。
「僕の性格はお見通し……、なんですね」
「もちろんでございます。半年間とはいえ、ここでお酒の力を借りながら、山王子様の本音を随分と聞かせていただきましたからね。
それに、今だから正直に話させていただきますが、常日頃から職務のないときは、気付かれないように護衛もさせていただいておりました――」
言葉が出ない……。
すると何か? 僕はずっと監視されていたというわけか。それも初めから……。
ちっとも気付かなかった……。
「――ですので、ご不在になった山王子様のお住まいにも注意を払っており、お戻りになられたことも察知した次第でございます」
「なーに言ってんのよ。あたしがこっちに来てからは家の監視は押し付けてた癖に。こいつがこっちに来たのを気付いたのだって、あたしの手柄じゃないのよ」
「王子を『こいつ』呼ばわりとは失礼だぞ、カズラ」
「まだ候補者でしょ。正式にその地位に就いたらいくらでも呼んであげるわよ、『レオ王子』ってね」
マスターが僕を異世界へと誘った理由も判明した。
カズラが家を訪ねてきた疑問も解決した。
でも、この世界の人間である僕が王子のはずがないだろう。そう自分に言い聞かせながらも、勝手に進められていく話についつい流されてしまう。
みんながみんなで王子だと言おうが、事実は多数決で決まるものではない。違うものは違うはず……。しかし、自分の生い立ちのせいもあって、自信がなくなってきたのも確かだ。
「とにかく……、山王子様に本日お出でいただいたのは、ヒーズルへ同行できなかったお詫びと、渡った後にするつもりだったご説明を致したかったからでございます。少々長話になりますがお付き合いください」
マスターは手際良く、僕とアザミの前に搾りたてのジュースをコースターとともに置くと、今度は自分の手元のグラスに半分ほど水を注ぐ。それを一気に飲み干すと、今度は二度、三度と咳払いが始まる。
どうやら、この様子では本当に長くなりそうだ。
今後の展開に不安を感じながら、マスターの話に耳を傾ける。
「まず最初にするべきは、待ち合わせ場所へ行けなかったお詫びなのですが、少々事情が込み入っておりまして……。遠回りにはなりますが、まずは私たちモリカド一族の歴史からお話し致しましょう。
我ら一族には、今の王族であるソウガ家が国を治めるよりも以前、つまり千年以上前から、代々受け継がれているものが二つございます。
一つ目は界門の出現場所の予測技術。私たちの先祖は、予測した界門を使って二つの世界の交流を仲立ちしておりました。だから二つの世界は似通っているのです――」
大きな疑問がスッキリした。
なぜ二つの世界が似通っているのか、それはかつて文化交流をしていたから。何という単純かつ明快な理由なのか。
「――しかし、初代国王がヒーズルを建国してからその様相は一変致します。
まず、我々一族を要職に就けて界門の管理を始めました。国王の許可がなければ界門を渡ることはできなくなり、それ以降二つの世界はそれぞれ別々の発展を遂げていくことになるのでございます」
確かに使われている文字が違っていたり、科学技術が大きく遅れていたりと、相違点も多々見受けられた。
ヒーズル建国が千年ほど前と言っていたから、日本では平安時代ぐらいか。そこから別な進化を遂げたのが今のヒーズルと言われれば、色々な点で納得もいく。
「今居るこの世界では、魔法が使えないから科学っていう学問が、ヒーズルでは魔法が発展して、遂には魔力絶対主義なんて思想が生まれたってことよね」
「ふむ、それは少し違うな、カズラ」
「どう違うって言うのよ」
「魔力絶対主義は自然に生まれたわけではない。むしろ、魔力絶対主義を作り出すために交流を絶ったのだ」
「え、どういう意味ですか?」
カズラに続きアザミまでもが、不思議な顔でマスターに説明を求める。自分たちの世界の歴史だというのに、ここまで興味を引くということは、公にされていない歴史の裏側なのだろうか。
マスターは咳払いを一つして、やや得意気に話し始める。
「その強大な魔力で国王の座に就いた初代は、自分たちに有利な、魔力を基準とした階級制度によって国民を統率しようと考えたのでございます。
大昔から魔力を持たずに生まれた者は、こちらの世界に渡って差別から逃れておりました。しかし、それを許せば下層の者はみんなこちらに移り住んでしまい、階級制度が成り立たなくなってしまいます。そんな国民の流出を防ぐために、界門は徹底的に管理されることになった次第でございます」
「王国が建国されて以来、界門が出現した場所には神社が建てられる風習ができたっていうのは、逃亡阻止の警備のためだったわけね」
「界門や外界についても意図的におとぎ話に誘導したり、情報の隠蔽を長い長い年月続けた結果、今では一般の人々の間では『そんなものは作り話』というのが定説となっております。
この事実を知る者は、歴代の国王とモリカド一族の一部のみなので、口外はご無用でお願い致しますね」
「そんな話、全然知りませんでした……」
アザミはそんな言葉を呟きながら、唖然としているようだ。
『嘘も繰り返しつけばそのうち本当になる』そんな言葉を良く耳にするが、長い歴史には往々にして隠された真実というものが存在する。いや、真実を知る者が少数派になってしまった時点で、もう真実ではなくなっているのかもしれない。こうしてみると世論というのはどれだけ不確かなものか……。
「話が大きく逸れてしまいましたね。元に戻しましょう。
モリカド一族に受け継がれているもう一つというのは血脈魔法。これは己自身を界門と化して、身体に触れている程度の範囲の物を、外界へと送ることが可能でございます。敵兵に追い詰められたときや、暴漢に襲撃されたときなど、この魔法によってしばしば国王の危機をお救いしてまいりました。
しかし、この魔法には欠点があるのです。
界門のようには安定していないので、飛ばされた者は散り散りに、そして各々がこちらの世界のどこに出現するかは予測がつきません――」
ここまで話すとマスターは目頭を押さえ、沈痛な面持ちになる。
そして深く息を吸い込み、遠い目をしながら思い出話を語り始めた。
「――そのせいで十七年前に、とても不幸な事態を招いてしまったのでございます……」
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