第2章 王女の受難 3
――いくら考えてもさっぱり分からない。
かれこれ一時間は経っただろうか。
他にやることもないので主任の言いつけ通り、あんな状況になった理由を反省を込めて考えている。
アザミの方は、この世界で唯一面識のある僕を頼っていたというのに、家を追い出すような言葉で、先行きを不安にさせてしまったに違いない。
じゃあ主任の方は……。やっぱり明確な答えは浮かばない。有力なのは、僕の好き勝手な行動に困り果てたというところだろうか……。
『ひょっとして僕に気があったり?』なんていう考えも頭をよぎったが、さすがにそれは自意識過剰か。カズラほどではないにしろ、主任もまた僕に対してはいつも呆れた素振りばかり。そんな頼りなさげに見える男に、恋愛感情を抱くとは到底思えない。好意的に見積もっても、放っておけない弟といったところだろう。
僕なりの結論を出したところに、タイミング良くチャイムが鳴る。どうやら、買い物を済ませて二人が帰ってきたらしい。
「おかえりなさい……」
「どう? 少しは反省できたのかしら?」
そう言いながら主任は荷物を床に下ろし、コートを着たまま居間に腰を落ち着ける。
アザミは寝室に荷物を置いてからだったので、少し遅れて居間に入ってきた。そして主任の顔を覗き込み、彼女が首を横に振るのを確認すると、安心した表情でやはりコートを着たまま、その隣に腰を下ろした。
きっと買い物中に意気投合したのだろう、出掛ける前にはなかった二人の連帯感に激しく戸惑う。推測するに、今のやり取りは『もう終わっちゃいましたか?』『いいえ、まだよ』『ああ、良かった』だ。
二人を前にしていささか緊張するが、全然反省していなかったと思われても心外なので、まずは頭を下げて謝罪する。
「二人の気持ちを考えずに、ひどい言葉で傷つけてしまってごめんなさい」
「あら、少しは反省したみたいね。で? 二人の気持ちって?」
第一関門は突破できたようだが、それだけで許されるほど甘くはない。さっそく次の試練が待ち受けていた。
本人を目の前にして、その気持ちを言い当てるなんてとても答えづらい。だが、ここで正しく答えなければ許してはもらえまい。僕はさっき結論に至ったばかりの考えを、自信無げに答える。
しかし深いため息と共に、主任から無残な言葉が返された。
「ダメね、全然分かってないわ……」
「兄さまは鈍感ですから無理ですよ」
さらに追い打ちを掛けるように、アザミからも辛辣な言葉が告げられる。
ここまで打ちのめされたら反省を促すどころか、充分に懲罰に値すると思う。もちろん立場的に、こちらからそんなことは言えないのだが。
「意地悪しないで教えてくださいよ――」
「仕方ないわね、行きましょう。アザミちゃん」
「はい」
主任はすっくと立ちあがると、買ってきた荷物を持って玄関へと向かう。アザミも寝室から買ってもらった物を持ってくると、そのまま主任の後に続いた。不穏な空気に僕は戸惑い、慌てて二人を引き留める。
「ちょ、ちょっと。一体どこへ行くって言うんだ。待ってくれよ、アザミ」
「もう、ここに来ることはないと思います。お世話になりました、山王子さん」
アザミがよそよそしい口調で頭を下げる。
いつものアザミだったら取るとは思えない行動、きっとこれは主任の入れ知恵に違いない。だが、一歩一歩玄関へと向かう後ろ姿は本気なようにも見える。たちの悪い冗談だろうと思いながらも、ひょっとして本気なのか? と不安が膨らむ。
「あなたが、アザミちゃんはあたしの家で預かってくれって言ったのよ?」
「い、いや、確かに言ったけども――」
そう言って主任が玄関のドアを押し開き、外側からアザミも早く出るように促す。
アザミは一瞬ためらう素振りを見せたが、決意は固いようで、そのまま振り返ることなく玄関から外へ出る。
やはり冗談ではないのか? 慌てて弁解を試みるが、主任の言葉がそれを掻き消す。
「それじゃアザミちゃんはあたしが責任持って面倒見るから、あなたは異世界でもどこでも好きな所に行くといいわ。さようなら」
「ちょ、ちょっと待って――」
玄関のドアは無情に、冷たく重い金属音を立てて閉じられた。
――どうしてこうなった。
玄関にへたり込み、深くうなだれる。
確かにアザミを主任の家で預かってくれと言ったのは僕だが、あまりにもあっさり訪れた、突然すぎる別れに茫然自失となる。
最後まで『まさか』と思っているうちに、こんな結末を迎えるなんて……。
「――なーんてね」
主任の声と共に、突然ドアが勢い良く開く。
まだ茫然としているところに虚を突かれ、顔を上げたまま思考が止まる。
「この表情ならちょっとは反省したみたいよ、アザミちゃん」
「兄さま、ごめんなさい」
「あなたが謝る必要はないわ。悪いのはぜーんぶこの人なんだから」
やはり、僕を反省させるための芝居だったのか。
そうじゃないかとは思っていたが、演技が迫真だったのと、まさかアザミがという意外性で完全に引っ掛かった。
種明かしがされて、安堵感に胸をなでおろすと同時に改めて力が抜ける。
「アザミ、本当にごめん」
へたり込んだままさらに頭を下げて謝ったので、土下座しているような体勢になる。その姿のせいかアザミは慌てて駆け寄り、やりすぎたことを逆に謝罪し始めた。
しかし、主任はどうやら全く違う感情らしい。
「謝罪はアザミちゃんにだけなの?」
完全に忘れていた、主任も泣かせたことを。そして、その理由も正しく答えられていなかったことを。さらにアザミにだけ謝罪したことで、主任の腹立ちは相当なものに違いない。
怖くて顔を上げられないが、表情など見るまでもない。四年の仕事上の付き合いで幾度となく経験しているから判る、この声の震わせ具合なら間違いなくこの後の展開は想像できる。
「主任、申し訳――」
「山王子くん。ピザのメニュー持ってらっしゃい」
今さらかもしれないが、謝罪だけはしておこうと口を開いたところで、主任が言葉を遮る。取って付けたような謝罪は認めないという、主任の意思表示だろう。
それにしても、なんでピザ? と思ったが、これは間違いなく本気だということに気付く。
「――今日は、たーっぷりとお説教させてもらわないと気が済まないわ」
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