第2章 王女の受難 2
ファッションショーも幕を閉じ、居間に三人で腰を下ろす。
アザミは結局、最初に着たフレアのロングスカートにトレーナーという、オーソドックスなスタイルに落ち着いたらしい。これでやっと、僕の視線の行き先も落ち着くというものだ。
「本題はまあ、これからなんだけどね――」
主任の口調が変わり、僕は自然と姿勢を正す。
いよいよ説教の時間だろうか。
「――昨日は出勤が控えてたんで帰るしかなかったけど、今日は時間もたっぷりあるからちゃんと話してもらうわよ」
頭ごなしに説教が始まらない点は、さすが主任だ。
これが課長や部長だったら、こちらが口を挟む隙も与えずに怒り狂っているだろう。
「まずは、……そうね。この半月、一体どこにいたの?」
いきなり答えられない質問が来た。
ここで改めて考える、主任に話してしまうか否かを。
非現実的過ぎる話を取り合ってもらえなければそれまでだが、主任なら真剣に話せば信じてもらえそうな気もする。それにアザミも、女性同士でなければ相談しにくいことも今後発生するだろうし、僕自身もこの世界で相談に乗ってくれる人がいれば心強い。
バーのマスターも信頼はしているが、彼はきっとこの世界の人間ではない。それならば人付き合いの苦手な僕にとって、こちらの世界の相談相手として、主任以上の適任者はいないのではないだろうか。
「答えられないなら仕方ないけど……」
「いえ、これからとんでもないことを話しますが、まずは聞いてもらえますか? そして、誰にも話さないと約束してください」
「わ、わかったわ……」
僕が会社では見せないような気迫を込めたせいか、主任は真剣に見つめ返す。この分なら冗談ではないとわかってもらえそうだ。
そしてアザミに目を向けると、大きく頷いて返す。僕が本当のことを話そうとしていると察したのだろう、こちらも同意を得られたとみて良さそうだ。
準備が整ったと判断した僕は順を追いながら、一笑に付されてもおかしくない、おとぎ話のような半月間の出来事を語り始める……。
「――以上です。信じてくださいって言うのも難しい話ですけどね」
アザミが向こうの世界では一国の王女だということだけは伏せたが、僕の体験は大方話したつもりだ。後は主任次第だが、当然の如く混乱している様子で、話が終わって以来目を瞑り、頭を抱えたまま動かない。
やがて大きく深呼吸をしたかと思うと、やはり納得が行かないという表情を浮かべる。
「山王子くんは、今の話をあたしに信じろと?」
「はい、そうです」
再度真剣な表情で、間髪入れずに短い肯定の言葉を返す。
その気迫に押されたのか主任は降参した。
「わかったわ。信じられない話だけど信じましょう。山王子くんがそんな冗談言うとも思えないし……。それで? この先どうするつもりなの?」
信じてほしいと願って話したわけだが、こんな荒唐無稽な話を信じてくれるという主任には本当に感謝の言葉しかない。もしも、僕が主任の立場だったら絶対に信じないだろう。
そして信じてもらえるならと、自分の今の気持ちも正直に伝える。
「いつになるかはわかりませんが、僕はまた向こうの世界へ行くつもりです」
「仕事は? 会社はどうするの?」
「当然、辞める覚悟です」
このあいだは、本当に異世界へ行けるかどうか半信半疑だったので、身辺整理などろくにせずに待ち合わせ場所から旅立った。だが今は、間違いなく異世界があることがわかって迷いもない。当然次に旅立つときには、この世界の未練は断ち切って行くつもりだ。
だがきっぱりと言い切ると、なぜか主任の表情が曇り始めた。
「全く、あなたって人は……。突然居なくなって、心配掛けて……、帰ってきたと思ったら、また手の届かない所に行くって言う……。本当に身勝手な人ね」
そういって主任は軽く笑いながら、一筋の涙をこぼした。
突然の涙に僕は戸惑う。
情けなさに同情したのか、それとも余りの手の負えなさで、ほとほと困り果ててしまったのか。
「すみません。僕の勝手なわがままで迷惑を掛けることになるのは重々承知してます。それで……、さらに迷惑な話だと思いますが、アザミを主任の所で預かってもらえないかと――」
「兄さま! 私がここにいたらご迷惑ですか?」
アザミは困惑の声を上げ、こちらもまた目に涙を溜めている。
僕としても苦渋の決断だが、この世界で生活するならやはり女性同士の方が都合が良いだろう。昨夜の脱衣場のようなことが今後も起こりかねないからだ。
「全然迷惑には思ってないよ。でも、やっぱりこの世界で暮らすには、女性同士の方がアザミのためにはいいかなって……」
「兄さまはこの世界では『僕が兄だ』って言ってくれたじゃないですか…………」
「いや、僕はアザミのためを思って――」
「ほーんと、山王子くんはこうと決めたら、周りが見えなくなっちゃうわよね」
そう言って主任はアザミを優しく抱きかかえてそっと頭を撫でると、心の底から呆れたような深いため息をついた。
こんな短時間で女性二人を泣かせてしまい、そして今なお二対一で悪人になったような構図に狼狽する。僕の言葉がこの状況を生み出したのは明らかだが、その理由がわからない。アザミの方は何となくわからないでもないが、主任の方はさっぱりだ。
「すいません。二人とも僕のせいで不愉快な思いをさせたなら謝ります……」
「山王子くん、あなた『わけがわからないけど、とりあえず』で謝ってるでしょ。ちょっとアザミちゃんと二人で買い物に行ってくるから、そのあいだに少し反省してなさい」
――そう言い残すと、主任はアザミを連れて家から出て行った。
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