第7章 初めてのお使い 3
「――署で話を聞くから、もう少し待ってろ」
手錠で自由を奪われ、さらに逃げられないように腰縄まで結わかれた。
連行されるのは僕だけのようだが、これには納得がいかない。
そもそも喧嘩していたのは、彼氏とその男。
だがそのどちらにも、手錠は掛けられていない。
最初に殴り掛かったのは彼氏だが、今なおぐったりしている姿は被害者でもある。まあ、わからなくもない。
だが、散々魔法で彼氏をいたぶった男。なぜこいつに手錠が掛けられず、相変わらずニヤニヤしながら事情説明をしているのか。
そして仲裁に入ろうとした僕だけに手錠。手も触れていないというのに……。
「ちょ、ちょっと待ってください。見てたならわかるでしょ。何で僕が連れて行かれるんですか」
「お前の話は後だ! 黙っていろ」
見ていたと言いながら、この仕打ち。一体何を見ていたというのか。
今は魔法を使っていたと思われる男の話を聞いているが、和気藹々としたムード。まさか、あの男はこのまま無罪放免になるのでは……。
理不尽な状況に目が潤む。
実際になにかしでかしたというのなら、異世界だろうと処罰を受けるのは仕方がない。だが、こんな明らかな冤罪で署に連行なんて、悔しくて我慢ならない。
カズラにアザミ、そしてケンゴの顔が浮かぶ。
このままじゃ僕は、前科者になってしまうかもしれない。冤罪だと言って、みんな信じてくれるだろうか。
カズラはきっと『パンチラとかいって鼻の下伸ばした報いよ』と、取り合ってくれないだろう。ケンゴも『災難だったな』程度か。
アザミだけは、きっと信じてくれるだろう。だが案外、『そんな人とは思いませんでした。軽蔑します』と手のひらを返されるかもしれない……。
しかし冤罪にしても、僕は一体何の罪だというのか。
暴力を振るったわけでもなく、ちょっと魔法を止めてもらおうと話しかけただけ。
むしろあのままだったら、きっとこっちがひどい目に遭わされていたというのに。
「ご協力ありがとうございました。お気をつけて」
警官風の男が、丁寧な言葉遣いで魔法を撃っていた男を見送る。
やはり無罪放免なのか。
そして今度は僕を署に連行するためだろう、腰ひもを握り直す――。
「お前ら! あいつを逃がすんじゃねえぞ!」
叫び声に呼応して、野次馬達からも湧き起こる、地鳴りのような喚声。
何が起きたのかわからず辺りを見回すが、手錠に腰縄の自分には何もできない。
ただ、成り行きを見守るのみ。
――暴動?
二十人ぐらいか。押し寄せてくる人々が二手に分かれて、それぞれに集団を作る。
一つは魔法を撃っていた男を取り囲むグループ。そしてもう一つは、僕と警官風の男を取り囲むグループ。
向こうの集団はすでに人垣になっていて、その中の様子は確認できない。
そしてこちらの集団では、扇動を始めた男が警官風の男に詰め寄る。
「話は全部聞かせてもらった。こいつの手錠を外して、そのまま回れ右して帰るんなら見逃してやる。どうするよ」
ドスの利いた声。さらに取り囲む、十人ぐらいの仲間。
その迫力に選択の余地はなかったようだ。大急ぎで僕の手錠を外して、一目散に逃げ出していく。
もう一つの集団の方も、片がついたようだ。
足を引きずりながら立ち去って行く、男の姿。相当痛い目に遭ったらしい。
もちろん同情する気など起きない、ざまあみろという奴だ。
そして僕はといえば、気づかないうちに涙が頬を伝っている。
やっと自由を取り戻した安心感からだろうか。自然にそうなっていた。
しかし、一体何が起きたというのか。ほんの十分間ぐらいの嵐のような出来事に、狐につままれた気分だ。
「本当にありがとうございました。うちの人を助けていただいて」
「い、いえいえ……、僕の方こそ、もうなんて言うか……」
丁寧なお礼の言葉は、あの妖艶な美人だ。
目の前で下げられる頭。すると、露わになる胸の谷間。動揺が隠せない。
返事をしながらも頭の中は、目の前の視界と、さっきの忘れられない光景だけ。
何をしゃべっているのか、自分でも意味不明。支離滅裂だ。
「俺からも礼を言わせてもらうよ。ダチ夫婦が世話になったな。こいつが俺を呼びに来たんで慌てて駆け付けたんだが、あんたのお陰でなんとか間に合って良かったぜ」
「あの男は、いつもこの辺りで魔法を使って悪さしてたんで、会長に懲らしめてもらったんです。これで、やっと心が晴れたわ」
「会長……さん」
「たまには、町内会長らしいところも見せないとな。ハハハ」
会長と言うから一瞬、暴力団的なものを想像してしまったが、なるほどそう言うことか。こうしてみんなに囲まれているところを見ると、相当慕われているのだろう。
そこまで信用される人物ならと、気になったことを質問してみる。
「僕に手錠をかけたあの男は、一体何なんですか?」
「ああ、あれか。治安官は元々魔力絶対主義の象徴みたいなもんだが、あいつは特にひどくてな。普段は権力を笠に着て威張りくさってる癖に、ちょっと囲んでやるとあの通りの、いけ好かない野郎さ」
また魔力絶対主義だ。この短期間に何度目だろう。
今まで直接の被害はなかったが、とうとうその洗礼を受けたということか。
魔力による差別を実際に受け、その言葉の意味を痛いほど思い知らされた。
「治安官……」
やはり、警察官のようなものか。
こちらではそう呼ぶらしい。
「制服見て気づかなかったかい? あいつらは、自分より魔力が上と見ればへこへこ。逆に魔力のない奴には耳を貸さないからな。さっきのは、あの男の言い分を聞いて、今回の騒ぎは全部あんたが引き起こしたことにされてたんじゃないかな」
「ひどすぎる。そんなの、あんまりじゃないですか」
「今さら何言ってるの? そんなの日常茶飯事じゃない。あんな奴が目を光らせてたっていうのに、うちの人のために勇気のある行動をしてくれたなんて、どれだけ感謝したらいいか……。後日改めて、お礼させていただくわ」
誰も口出ししなかったのは、そんな裏事情もあったのか。
勇気ある行動と称えられたが、単に何も知らなかっただけだ。それでも、結果的に丸く収まったから良しとするか。
それよりも、この美人だ。
繰り返し頭を下げる度に胸の谷間が視界に入り、目が釘付け。こぼれそうな胸元が作り出す谷間は、その隙間からお腹までが視界に収まるほど。
この目の保養だけで、お礼として充分過ぎてお釣りがくるぐらいだ。
元気を取り戻した彼氏も、にこやかに握手を求めたので応じる。ガッチリと握手を交わすと、ぐいっと顔を近づけてくる。
「――恩人だからって、調子に乗ってジロジロ見てっとぶち殺すぞ」
旦那の言葉に思わず身が縮んだ。
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