第8章 嘘つきな魔法使い 5

 実技という言葉に驚き、慌てて問いかける。


「えっと……。魔法撃てるんですか?」

「……は? な、何言ってるのよ。構えて見せるだけでも、充分実技でしょうが」


 確かに、机上での講義と比較すればそうなるか。

 だが、あまりにも自然なこの構えは、すぐにでも魔法が飛んできそうだ。

 突き出した右腕。添えた左手。半身に構えて、軽く落とした腰。

 さらに右脚を前にして、肩幅より広く開いた脚が艶めかしい。

 カズラ先生の実技の授業は、この体勢から始まった。


「で、魔法の打ち方だけど、これが基本的な構え方ね。でも本当は、構えはそれほど重要じゃないの。魔法は変化や変質を起こしたい場所に、意志を集中させることで発動するわ」

「それだけ?」

「それだけよ、まあ意志を魔力に乗せるにはコツが必要みたいだけどね。

 魔法を発動させようと空間上の一点に意志を集中させると、身体の表面から魔力が放出されて、クローヌを伝播して魔力が集まる。

 集まった魔力が臨界点を超えると、その一点にあるクローヌが意志によって、変化や変質を起こすっていう仕組みよ」


 『空間上の一点』、『臨界点』。またしても理系っぽい言葉。

 だが要するに、念じれば魔力が集まっていき、充分に貯まれば魔法が発動するという理屈だろう。

 今までにも魔法は目撃した。

 しかし、煙草に火が点いても、服が燃え上がっても、どことなく手品で騙されているような気分だった。

 だがこうして、理論立てて説明を受けると、やはりこの世界には魔法があるんだと実感する。


「でもね、右手を突き出すのにも意味はあるんですよ?」


 横からひょっこりと顔を出すアザミ。

 カズラの基本講座が一段落したと思ったら、今度はアザミ先生の出番か。

 頼りなさげに右手を突き出し、不足を補うように解説を始めた。


「片手を突き出すのは、その一点に意志を集中させる意味合いと、その面積が一番効率がいいからなんです」

「効率がいい面積?」

「意志を集中させる一点のことを作用点て言うんですけど、魔力はその作用点に向かって最短距離で進みます。だけど、魔力は到達するまでにどんどん弱められてしまうんです、離れるほど音が弱まるみたいに。

 構えないときは、魔力は身体の表面からてんでんばらばらに、弱い力しか放出できません。でも構えると、魔力はまず伝わりやすい体内を通って、突き出した手のひらに集まるから、まとまった強い力で放出できるんです。

 そうすることで遠くまで魔法を撃ったり、強い魔法を撃てるようになるんですよ。

 でも例えばこんな風に指差す構えにすると、今度は魔力の出口が狭まってしまって放出できる量が減っちゃいます。なので、さっきの手のひらを突き出す構えが一番効率がいいってされてるんです」


 うーん……。

 アザミの解説はさすがに専門的過ぎて、理解が追いつかない。

 それでも何とか好意を受け止めようと、頭の中で考えをまとめてみる。

 そんな中、突然叫び声をあげるケンゴ。

 真剣に集中していたので、心臓が止まりそうになるほど驚く。


「なんてこったああ! じゃあ、今までやってきたあの構えは、非効率だったってことかあ」

「魔力出せないのに非効率もないでしょ」


 背筋が寒くなるほど人を脅かしておいて、そんな内容か。

 突っ込みを入れるのも馬鹿馬鹿しくなる。

 だが、適当にあしらおうとする僕とは対照的に、アザミは真剣な表情で答える。


「効率の良い面積っていうのは、持っている魔力量によっても変わってくるんですよ。魔力が少ない人ならさっきの指差す構えでも最適だったり、魔力量が豊富なら片手でも余して両手の方が適正だったりします。

 だから、ケンゴさんの構えを見せつけられた相手は、こいつは両手を広げた面積が適正なんて、とんでもない魔力量に違いないって思うかもしれませんよ」

「おー、なるほど。このあいだも、それが効いたのかもしれねえな」


 ケンゴは満足そうだ。

 だが正直言って、ゲークスにそんな知恵があったようには見えない。

 それにしても、こんな冗談としか思えない言葉にまで真剣に答えるなんて、アザミはどれだけ優しいのか。しかし、天然なだけでは……、という考えも頭をかすめる。


「それから、もう一つ大事な知識よ」


 隣からひと際大きく、声が割り込む。

 アザミを中心に盛り上がっているのが不満だったのか、再び自分に注目させるようにカズラが口を挟む。


「さっきは基本だったけど、今度は応用よ。魔法は変化と変質を組み合わせて使うことで、威力が比べ物にならないほど跳ね上がるわ。

 例えば、まず空中のクローヌを可燃性の気体に変質させて作用点に集める。そして変化で高温にしてあげれば大爆発だって起こせるのよ。他にも、毒素を持った気体を敵の周りに漂わせたり――」

「カズラ、それなら防御魔法も教えてあげないと――」

「いえ、汎用魔法ばかりじゃなくて血統魔法も――」


 収拾がつかなくなった。

 もはや僕たちに魔法を教えたいのか、それとも知識をひけらかしたいのか……。

 そもそも二人だって、魔法が使えないだろうに。

 カズラはもちろんのこと、アザミだって魔法が使えるのならゲークスや、屋敷の追手に放てば良かったはず。

 知識はあっても損はない。だが基礎知識ならともかく、使えもしない魔法の応用方法まで聞いても、僕にとっては無用の長物だ。


 なし崩し的に、魔法講座は終了の様子。

 アザミと口論の真っ最中のカズラを見ながら、ふと思う。

 『心配を掛けたくないから、今日のことは黙ってなさい。いいわね』襲撃の帰り道に、いつもの口調で口止めをされた。あれだけのことがあったのにだ。

 気持ちはわからなくもない。でも、相手は集団だったし、怪我まで負った。

 やはり、黙っていて良い事案ではないだろう。




 ――僕は決断した。

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