第8章 嘘つきな魔法使い 6

「ちょっと、話を聞いてもらいたいんだけど……」


 僕はわざとらしく、大きな咳払いをしてみせた。

 真剣な話になりそうなのを察したのか、みんなが黙って注目する。

 和気藹々としていた、さっきまでの空気も一変。

 場の雰囲気が出来上がったところで、話を切り出し始める。


「さっきはナンパ男なんて言ってたけど、本当は違うんだ。カズラを攫おうと、集団で襲ってきた。そして、そのうちの一人が魔法を撃ったせいで、怪我までして――」

「ちょっと、あんた黙りなさい。なに余計な話してんのよ」


 激しい剣幕で、話に割って入るカズラ。

 約束を破ったことは申し訳なく思う。だが、やはりそんな穏やかな状況ではない。

 あんな乱暴な襲撃は、家出人を連れ戻す行動とは思えない。


「カズラ……さっきは、そんなに危ない目に遭ったなんて言ってなかったじゃない。火傷だって、お昼ご飯のスープをこぼしたって……」


 二人のやり取りを聞いたアザミは、打ち震えながら立ち上がる。

 そしてうっすらと涙を浮かべながら、自分に嘘をついたカズラを納得が行かない様子で睨みつけた。

 カズラは罪悪感からか、目を逸らして呟く。


「嘘をついたことは謝るわ。でも、心配掛けたくなかったのよ……」

「わかってます。でもやっぱり、もう無理はしないで、ね?」


 カズラはうつむきながら、静かにアザミに謝罪の言葉を伝える。

 そしてアザミも、心の底からの心配をカズラに伝えた。

 だがこの二人の信頼関係は、そんな言葉などなくても通じ合っているように思う。以心伝心という言葉がぴったりだ。

 ほんの数秒見つめ合うだけで、わだかまりが溶けて行くのが僕にもわかる。


 そしてカズラは、僕を蔑むような眼で睨みつけた。

 僕は震え上がり、思わず目を逸らす。

 口止めを反故にしたことを責めているのだろうが、目を背けていい事案ではないと僕なりに判断した。きっとカズラには、そんな思いなど伝わらないだろうが。

 ここまで話を始めて、いまさら引っ込みはつかない。今日の出来事を包み隠さず、みんなに打ち明けていく。


「今日の襲撃で、男は容赦なく魔法を撃って火傷まで負わせたっていうのに、さらに乱暴にカズラを連れ去ろうとした。家出を心配して連れ戻そうとしたとは、どうしても思えないんだよ」


 しばらくためらっていたが、これ以上隠すこともないと思ったのだろう。

 カズラも面白くない顔をしながら、状況報告に加わる。


「…………そうね。あいつは私の顔を見てじゃなく、服を受け取りにきた行動で王女って判断してたわ。お屋敷から来て、王女の顔を知らないわけないものね」


 そして、アザミもそれを受けて推理を始める。


「このあいだの騒動を調査して、服を買ったことを突き止めた。そして、寸法直しの品物を取りにくるところを、待ち伏せしたって感じかしら……」


 面白そうな話が始まったと、ケンゴも身を乗り出して会話に加わる。


「となると、かなり計画的な誘拐ってえことかい?」


 とうとう四人で今日の事件の分析が始まった。


「その後はどんな感じだったの?」

「それから、あの男は素早く引火魔法を撃ってきたわ。こいつを突き飛ばして私も避けたけど、燃えた服の火で腕に火傷して。……で、その後にあのエセ魔法でひるんだ隙に逃げてきたのよ」


 アザミの尋問にカズラが答えているが、さっそく気になる単語がちらほら。

 『こいつ』、『エセ魔法』、そして自分も真っ青な顔をして怯えていたことには触れずに『逃げてきた』。

 だが、そんな細かいことを指摘をしたところで、『小さい男』と罵られるのがおちだだろう。

 しかし、言われっぱなしも悔しい。誰にも聞こえないぐらいの小声の独り言で密かに反抗する。


「……青ざめた顔で、両耳塞いでたくせに……」

「そんなことまだ覚えてるなんて、ほんと小さい男ね」


 こんな小声が聞こえていたことに驚いて、身が縮む。

 そして答えが予想通りすぎたことで、二重に驚かされる。

 魔法は使えないと言っていたが、まさか何か別の能力者だったりするのでは? 思わず、そんな妙なことを考えてしまう。


「カズラの話で間違いはない?」


 カズラの返答後、アザミが念のために僕にも確認をしてきた。

 さっきの言葉と、今の冷や汗に対する、ささやかな仕返しを思いつく。


「『王女の私に何の用よ』って、自ら名乗ってましたね。そう言えば」

「ちょっとカズラ! どういうつもり?」

「で、でも、あいつはその前から、私のこと王女だって確信してたわよ……」


 カズラの反論も、声に力はない。

 アザミにきつく叱られて小さくなる姿を見て、仕返しの成功を内心で喜ぶ。

 ざまあみろと、ニヤニヤしながらカズラの方を見ると……。

 険しい顔つき。冷徹な視線。口元に浮かべる不気味な微笑み。

 背筋が凍る程の恐怖で、思わず全身が硬直する。

 そして、なんであんなことを口走ってしまったのだろうと、今さらながらに後悔。

 だがひょっとしたら僕は、本能的にこの感覚を味わおうとしたのでは? などと、違う意味の異世界の入り口に、足を踏み入れてしまった予感に身震いする。


 一通り、状況説明はしたつもりだが、何か大事なことを伝えていない気もする。

 アザミもまだ何か物足りないようだ。


「それで、カズラはその人に心当たりはなかったの?」

「防魔服で顔も見えないのに、心当たりって言われてもわかんないわよ」

「防魔服を着ていたの? その人」

「その人っていうか全員着てましたね、その服」


 そう言えば、あれほど特徴的な服装だったのに伝えていなかった。

 防魔服という言葉を聞いて、再び思考を巡らせ始めるアザミ。

 どうやらあの服は、よほど重要な意味を持つものだったらしい。今まで以上の真剣な顔つきに、ただならぬものを感じる。

 だが僕には、そもそもの疑問が浮かんだ。


「そういえばあの時も言っていたけど、防魔服って?」


 間の悪い質問に、相変わらずの苛立ちの表情を浮かべるカズラ。

 そしてその割には、丁寧な解説を始めてくれるのも相変わらずだ。


「もう、あんたは実際に見てたんだからわかりなさいよ。今日の男、全身黒ずくめだったでしょ、顔まで覆って。あれは、魔法攻撃から身を守る服なのよ」

「一体どんな仕組みで?」

「あれには、クロルツを含んだ繊維が織り込まれていて、そこに防御魔法を掛けておくことで魔法攻撃を遮断するの。あまりにも高価だから、普通の人は持てないわ」

「普通じゃない人っていうと?」

「支給品なら軍所属の士官か王宮の警備兵ね。でも、どっちも制服だからもっと格式の高い感じよ。あれは個人向けの防魔服。個人で持てる人物なんて、相当な資産家か由緒ある貴族ってとこね」

「防魔服なんてもんがあるんだな。初めて知ったぜ」


 魔法のある世界なら、それを防ぐものも存在する。

 絶対的な力というものは、やっぱり存在しないらしい。

 カズラの防魔服の解説が終わったところで、今度はアザミが口を開く。ずっと考え込んでいた推理がついに、結論に到達したようだ。




「――今回襲って来たのは、きっと王族の人間ね。身内の仕業よ」

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