第8章 嘘つきな魔法使い 7

「――ちょっとちょっと、意外な人物像ね。どうしてそんな話になるのか説明してほしいわ」


 アザミの大胆な推理に驚き、説明を求めるカズラ。

 だがその表情に、動揺は感じられない。むしろ、推理された犯人像も想定内だったように思える。

 しかし僕には、どうして身内の王族が犯人という結論に至ったのか、さっぱりわからない。説明を求めるカズラの意見に僕も同調して、アザミの解説に耳を傾ける。


「カズラ、あなた今自分で言ったわよね。防魔服を個人で持てる人なんて限られてるって」

「確かに言ったけど、王族以外にも所有者はいるでしょ」


 大胆な推理の提示にその抜け穴の指摘、二人はなかなかの名探偵コンビだ。

 僕は目の前で繰り広げられる推理ドラマを、固唾を呑んで見守る。


「もちろん根拠は他にもあるわ。今回の事件は状況から見てほぼ誘拐よね、ひょっとしたら殺人も厭わないぐらいの」

「だよな、お前さん炭にならなくて良かったな」

「感謝しなさいよね」

「い、いや。狙われたのは僕じゃないですよね」


「王女が死んでも困らない人。いえ、むしろ死んでしまって得する人って考えたらどうかしら」


 冗談に話が逸れかけるが、マイペースで無自覚に話を引き戻すアザミ。

 推理ドラマはますます盛り上がっていく。

 ケンゴも僕も王族の内部事情はさっぱりなので、せっかくのアザミのヒントも役には立たない。答えられるとしたら、カズラだけだろう。


「カズラ、あなたはわかるわよね」


 指名されたカズラに目を向ける。

 確かにアザミの言う通り、犯人の目星はついていそうな表情だ。

 しかし、アザミの推理は不十分とでも言いたげに反駁してみせる。


「あなたの考えは大体わかったわ。でも、ただの誘拐っていう可能性はないのかしら。王女を人質にしたら、一生遊んで暮らせる身代金だって要求できるでしょ?」


 最後まで別な可能性を提示する姿は、見事な探偵助手っぷり。

 このカズラの推論は一見真っ当に見えたが、それをあっさりと論破するアザミ。


「それは考えられないわ。防魔服を何着も用意するぐらいなら、そのお金で一生遊んで暮らせるもの。金銭目的の誘拐は考えられない。王女そのものに用があったとしか思えないのよ」


 自信たっぷりに答えるアザミに、完敗したという素振りを見せるカズラ。

 いよいよ、答え合わせの時を迎える。


「そうね、きっと犯人は――」

「ソウガ=ロニスよ!」

「え、あ……そうね。伯父様ね」


 推理した犯人の名前を他人に言われるのは許せないのか、カズラの言葉を遮るように、アザミがひと際大きな声で主張した。気迫に押されてカズラも尻込みする。

 伯父といえば国王の兄弟ということか。

 なんで身内の中でも、そんな近しい人物がと耳を疑う。しかし、カズラにもアザミにも、断定できるだけの根拠があるようだ。


「今の王女の王位継承権は第二位。そしてすぐ下の第三位は、国王のお兄様の娘。王女がいなくなれば、それが二位に繰り上がる。そういうことね」


 カズラが根拠を口にして、アザミはそれに頷く。

 王位の継承権争いというのは、やはり骨肉の争いを伴うものなのか。

 だが待てよ、今回はカズラを誘拐しようとしたのだ、だったらおかしいことがあるじゃないか。


「ちょっと待ってください。王位継承権のためだっていうなら誘拐なんかより、命を狙うはずじゃないんですか?」


 今回の着眼点は我ながら悪くないんじゃないだろうか。

 ついさっきもこんな確信をした気がするが、アザミ探偵事務所の一員のつもりでやや鼻を高くしながら、推理の穴を指摘する。


「…………」

「…………」

「…………」


 三人共が僕に冷ややかな視線を送る。

 何かおかしなことを言っただろうか。


「お前さんは、もうちょっと物事を深く考えた方がいいぞ」

「犯人の立場で考えなさい。あんたは白昼堂々、あんな街中で殺人事件でも起こすつもり?」

「王女を消すにしても、人目に付く場所でそんなことをしたら、その場で捕まって背後関係を調べられてしまいます。そこで伯父様の名前が出たら、王位継承どころじゃなくなっちゃいますね」

「……なるほど……」

「多分、犯人はひとまず誘拐して、その後で人気のない場所でって考えたんでしょう。それならたとえ誘拐に失敗しても、王宮に連れて帰ろうとしたって言い訳もできますから」


 アザミの丁寧な解説で全てを理解した。

 しかしアザミは頭が切れる、さすが参謀役といまさらながらに感心する。

 犯人の心理まで読むなんて、実は陰の黒幕なんじゃないかと思えるほどだ。

 やはり僕は口を挟まないようにしよう……。そう固く心に決めた。


「王女様は一位じゃねえのか。するってえとこの先、一位の奴も狙われることになりそうだな……」

「それはないです。だって……」


 ケンゴが波乱の予感を口にするが、すぐさまアザミがあっさりと否定した。

 だが、その理由については言いづらそうに口ごもる。

 やや間が空いたが言い掛けた責任を果たし、その理由を言い残すと、アザミはそのまま居間を出て行った。




「――王位継承権一位は空位ですもの」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る