第8章 嘘つきな魔法使い 4

「私が直々に教えてあげるんだから、ちゃんと聞きなさいよ。同じことを二度は言わないわ」


 第一声からスパルタ式の予感。

 だが、カズラが講師を名乗り出た時点で、それは予想済み。むしろ、懇切丁寧に優しくされた方が不気味に思う。


「まず魔力についてだけど、それは天性のものよ。ヒーズル国民の約八割は魔力を生まれながらに持っていて、その保有量には個人差があるの。

 そしてそれは、十二歳までに顕現しなければ、それ以降に発現することはないとされているわ」


 右手を挙げて、さっそく質問をする。


「魔力っていうのは、目で見えるんですか?」

「見えるわけないでしょ。あんたは筋力とか見えるの? 握りこぶしに力を込めたら、ユラユラと陽炎でも立ち昇るっていうの? あんたは見たことある?」


 軽くため息をつき、そして睨みつけるカズラ。

 幼稚な質問だと呆れられたらしい。かなり本気の質問だったのだが……。

 そしてさらに畳みかけてくる、このダメ押しの言葉の数々。口調もきつく、思わず委縮してしまう。

 そろそろ、何かに目覚めそうだ……。


「変な質問は放っておいて……。次に、魔法とは切っても切れないもの。って聞いたことあるかしら?」


 『クローヌ』は初めて聞く言葉だが、似たような言葉なら聞いたことがある。

 魔法に関する言葉でもあるし、何か関係があるかもしれない。

 自信はないが、講師の顔色を伺いながら恐る恐る発言してみる。


なら……」

「へえ、あんたにしちゃ上出来だわ。あらゆる物質にはクローヌが含まれている。ちなみにクロルツは、クローヌが高密度で固体になっている物の名称。

 このクローヌに対して、自分の持っている魔力で影響を与える行為。これが魔法の定義よ。そしてクローヌは、魔法により三種類の働きをする。変化と変質と伝播ね」


 なんだか、本格的な授業になってきた。

 『定義』などと聞くと、つい学校の授業を思い出して身構えてしまう。

 それでも、解説はまだ始まったばかり。落ちこぼれるにはまだ早い。

 だが、文系の僕にはどうにも苦手な流れだ。これ以上科学的になると自信がない。


「簡単に言ってしまうと変化はクローヌの状態を変えること、変質はクローヌを別の物に変えることよ」

「全然簡単じゃないんですが……」

「ちゃんと説明してあげるから、黙って聞きなさい」


 話を遮るなとばかりに、ギロリと睨まれた。

 『変化』に『変質』。一体何が違うというのか。

 理系にありがちな、微妙に違う言葉の数々。こういう用語の使い分けは、昔から苦手だ。いつも、どっちがどっちだかわからなくなる。

 そんなトラウマが、つい蘇ってしまった結果の独り言。だがカズラは、それすらも聞き逃さなかった。

 黙ってひたすら聞くのは苦手だ。だが、この調子じゃちょっとした発言すら、機嫌を損ねそうで冷や冷やする。


「まずは変化ね。温度の上昇や下降、移動といったものがあるわ」

「ほう、なるほどな」

「わかるんですか?」

「いや、なんとなくだけどな。例えば、紙に含まれるクローヌの温度を、すげえ高温にしてやれば、そのうち燃え出すとかそういうこったろ?」

「そうよ、引火魔法は一番初歩的なものね」


 どうせ知ったかぶりで、『なるほど』なんて相槌を打っているのだと思った。

 なのにしっかりと理解していて、ケンゴには裏切られた気分だ。

 いつも『俺、馬鹿だからわかんねえよ』と言いながら、テストでは良い点を取っていた、同級生の松本の顔が頭に浮かぶ。


「同じように、温度を下げれば凍結もできるわ。そして移動は、クローヌを一点に集めたり、特定の方向に動きを与える変化よ」

「ほう」


 ケンゴはさらに理解を深めた感じだが、僕はさらに混乱を深めた。

 しかしカズラの口調は、ますます滑らかになっていく。どうやら魔法講座は、まだまだ終わりそうもない。


「変質はもっと単純な話。さっきも言った通り、別な物に変えること。変質によって水を作ったりできるわ。理論上は鉄なんかも作れるけど、質量の大きい物を作り出すには、それだけ大量のクローヌが必要になるから現実的じゃないわね」

「へえ、そいつはすげえな……」

「なるほど、魔力が強いと貴族になれるっていうのは、きっと変質で金や宝石を作り出せるからですね」


 さっきはケンゴに出し抜かれたが、今は感心してばかり。

 この辺りで、つけられた差を埋めるためにも、少しは名誉回復しておきたい。

 咄嗟に思いついた推論だが、悪くない着眼点だろう。


「…………」

「…………」


 妙な沈黙。

 カズラの表情をうかがうと、呆れ顔。

 ケンゴの方を見ても、やっぱり呆れ顔。

 さらに、冷ややかな目を向けながら、カズラからのきついお言葉。


「あんたバカなの? そんなに簡単に金や宝石が作れるなら、希少価値なんてなくなるでしょ」


 冷酷に指摘されて、冷ややかな視線の理由がハッキリした。

 言われてみればその通り。思慮の乏しさを思い知るべきか。


「さっきあたしが言ったこと聞いてたの? まず、金や宝石を変質で作るなんて現実的じゃないのよ。変質を起こすには、それに見合った量のクローヌが必要って言ったでしょ。それに宝石のような構造の複雑なものは、形象を意志に乗せにくいの。

 そしてもし仮に作れたとしても、変質で作った物は徐々に崩壊してクローヌに戻っていくから、そんな苦労をして作り上げる意味がないのよ」

「へえ、どれぐらいで崩壊しちまうんだい?」

「作るときに与えた魔力量によっても変わってくるけど、三分てとこね」


 後出しで新事実が追加される。

 それを先に言って欲しかった。そうすれば、あんな見当外れなことを言わずに済んだのに……。と、つい筋違いな考えが頭をよぎる。


 ここまで話し、おもむろに立ち上がるカズラ。

 さらに右手を突き出して、左手を右の手首に添えて見せた。




「――さあ、ここからは実技よ」

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