第14章 それぞれの想い 2

 隠れ家から徒歩で約一時間、アザミの道案内でソーラス神社までやって来た。

 界門が出現した目印として建てるのが神社という話だったので、簡素な物を想像していたが、思った以上に立派だ。


 通りに面した大きな鳥居が迎える。

 ソーラス神社と最初に聞いたときは耳を疑った、この世界にも神社があるのかと。だがきっとそういう言葉なだけで、神を祀る施設ぐらいはあってもおかしくないと軽く考えていた。しかしこの鳥居はどうだ、紛れもなく日本の各地にあるそれじゃないか。白木なのは違和感を覚えるが、形状はそっくりだ。

 そして、鳥居をくぐると優に百段を超える急な石段が続き、登り切った所に再び白い鳥居があって、そこから先が境内になっている。


「この階段は……ちっとばっかし、しんどいな。はあ……」


 ケンゴも珍しく息を切らしている。僕もいつものように肩で息をしているが、アザミだけはピンピンしている。常々思うが、長らく屋敷に幽閉されていた王女に体力で劣るというのは、かなりやばいのではないだろうか。とりあえず、この大仕事が終わったら体力作りに勤しもうと決意した。


 境内に入ってみたものの、人影は見当たらない。

 あまりの閑散ぶりに、本当に界門が出現するのか不安になる。


「誰もいねえな。大丈夫か? これ」

「誰もいないけど、界門は現れるよね?」

「私に聞かれても……。でも、いっぱいある神社を常に見張ってるってこともないと思いますよ」


 アザミの返事も心もとない。

 だが正式に伝承を受けた国王ではなく、漏れ聞いた噂話程度の知識しかないアザミに、不安を払拭するような返答を求めるのは筋違いだ。


「まあ、どっちにしろ俺たちゃ可能性に掛けるしかねえんだしな。今日はこのまま神頼みと行こうぜ」

「賛成です」


 さっそく拝殿に向かおうとする僕を、ケンゴが慌てて引き留める。


「おいおい、参拝の礼儀も知らねえのかよ。まったく、今時の奴は……」


 とてもおっさん臭い呆れ方だ。

 そもそも、向こうの世界の礼儀がそのままこっちで通用するのかも怪しい。だが、ここは最年長者を立てておくべきだろう。手本をお願いして、僕もそれに従う。


「まずは手水だ。柄杓を右手で持って左手を洗う、次は持ち替えて逆だ。また右手に持ち替えたら左手で水を受けて、口をゆすぐ。そしたら左手を洗って、最後に柄を洗ってお終いだ」

「お参りの仕方を知ってるなんてケンゴさんすごいですね」

「これぐらい常識だ。もっともあっちでの話だけどな」


 アザミは驚いた様子でケンゴに感心している。

 この雰囲気だと、作法は向こうの世界もこっちの世界も同じなのだろう。妙な一致にまた驚かされる。

 それにしても、初詣で神社を参拝するときには確かに手を清めるが、ここまで手順が決まっているとは知らなかった。ケンゴに習って手順をこなす。アザミを見ると、流れるような自然な動きだ。王族ともなれば、こういった作法は身に着けているのかもしれない。


「あ、カズトさん……」


 びしょびしょになった手をハンカチで拭いていると、アザミが残念そうな声を上げる。その声に振り返ったケンゴが、血相を変えてダメだしをする。


「せっかく清めた手が台無しじゃねえか。やり直しだ、やり直し」


 せっかく清めた手を拭くのは、また穢れが付くのでダメらしい。

 手水からやり直させられ、今度は自然乾燥させた。


「こらこら、ど真ん中歩く奴があるか。そこは神様の通り道だ」

「うわああ、またダメ出しですか」

「なんかお前さん見てると、やっちゃいけない例をわざとやってるみてえだな。これじゃ神様にお願いに来たのか、怒らせに来たのかわかんねえぜ。作戦が失敗したらお前さんのせいだな、こりゃ」


 三歩歩いたところでもう次のダメ出しだ。

 この調子だと、いつになったらお参りが終わるのだろう。確かに礼儀作法を蔑ろにしてきた僕に非があるのだが、もう少し緩くてもいいんじゃないだろうか。


 そしてやっと拝殿前まで辿り着く。

 さっそくケンゴが見本を見せ始める。


「まずは鈴を鳴らす。そして次に賽銭だが……、この手持ちであと二日持たせなきゃならねえから、ここは勘弁してもらおう」

「えええ、それが何よりも礼儀作法に反してないですか?」

「じゃあ、お前だけあと二日飯抜きな」

「いえ、勘弁してもらいましょう」


 食事抜きと言われたら仕方がない。黙ってケンゴに従う。


「まず二回深くお辞儀、そして二回柏手を打って、また一回深くお辞儀して終わりだ」


 アザミはさっさと参拝を済ませ、僕とケンゴのやりとりを見て微笑む。

 僕は真剣にやっているつもりなのだが、どうにもコミカルに映るようだ。きっと、コントでも見ている気分なのだろう。笑われるのは年上として立場がないが、ここのところ塞ぎ込んだ表情ばかり見ていたので、アザミが笑顔になってくれるのであれば素直に嬉しい。


「次はおみくじ引きますか」

「初詣じゃねえんだよ」


 二人の掛け合いに、またアザミが口に手を当てクスクスと笑う。

 調子に乗り過ぎたかとも思うが、二日後にここで二人との別れが来るかと思うと、どうしても感情がこみ上げる。少しでも楽しい時間を過ごそうと、ついついおどけてしまう。


 無事作戦成功の祈願も済んだ。

 ここからは、明後日の本番のために真剣に神社内を見て回る。


「当日は、ここから入っちゃっていいんですよね」

「罰当たり、なーんて悠長なこと言ってる場合じゃねえだろうしな」


 拝殿に向かい、賽銭箱の奥の階段を確認する。

 当日を想定すると、やはり緊張のあまり身震いが起きる。できればもっと詳しく調査したいが、さすがに今日の時点で社殿の中まで偵察するわけにはいかないだろう。誰がいるかもわからないから、これより先は当日のぶっつけ本番だ。

 振り返って境内を見渡し、散歩をする振りで物陰に潜めそうな場所や、死角を確認する。そして頭の中に風景を焼き付けていると、背中を突っつかれて身体がびくつく。慌てて振り返ると、アザミが穏やかな笑顔で立っていた。


「いい景色見つけたんですけど、一緒に見ませんか?」


 手を引かれるままに付いていくと本殿の裏手は崖になっていて、高台から広がる街並は絶景だった。さらに傾きかけた夕日の赤が、この街並みをさらに風情ある色合いに染め上げている。そこにそよぐ風の心地良さも相まって、この世界に来て一番の眺望を堪能する。

 そして隣を見ると、アザミが微笑んだまま、涙を流して同じ景色を眺めている。

 涙の理由はわからないが、多分悪い理由ではないだろう。


「この国はこんなに美しかったんだって、そんな事をいまさらになって知りました」


 ずっと家に幽閉されていたから、見ることができる風景はいつもお決まりのものだったに違いない。涙の理由はきっとこの絶景に対する感動だろう。そして、それをくれたカズラへの感謝かもしれない。

 黙って二人で赤みが強まっていく景色を眺めていたが、遠くでケンゴが心配そうに呼ぶ声が聞こえてきたので、名残惜しいが脳裏に焼き付けて絶景とともに境内を後にする。


 石段を一歩一歩、ゆっくりと踏みしめながら下る。

 当日はこの石段を一人で下って帰るのだろうか。ついつい考え方が感傷的になってしまう。ケンゴは希望に満ち溢れた表情だが、アザミは何やら寂しそうだ。この世界を後にすると決めてから、その美しさに触れるとはなんという皮肉だろう。やはり向こうへ行くのは辞めます、などと言い出さなければいいのだが……。

 つい足を止め、アザミの後ろ姿を見つめる。すると視線を感じたのか、アザミは振り返り笑顔を浮かべる。




「――最後にとっても素敵な思い出ができました。ありがとうございます」

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