第14章 それぞれの想い

第14章 それぞれの想い 1

「――はあ、生き返るな……」


 この世界にも銭湯があって助かる。

 ここは、ケンゴが自宅の風呂の狭さにたまりかねたり、沸かすのが面倒になったときに利用しているらしい。

 廃倉庫に身を潜めているお陰で雨風は凌げているが、野宿と変わらない生活だ。アザミは『私なら我慢できますから』と言ってはいたが、埃まみれの中で寝泊まりを続けるのはきっと耐え難いだろう。それに、濡れタオルで全身を拭く王女なんていうシチュエーションは、たとえドアで隔てられていたとしても精神衛生上、こちらとしても耐え難い。

 それに僕自身も、こちらの世界へ来てからというもの、身体を伸ばしてのんびりと風呂に浸かっていなかったので、ロニス一味に発見される危険性を差し引いても、その誘惑に抗うことはできなかった。


「宿でも取れりゃ良かったんだが、あいにく所持金も心細いもんで、すまねえな」

「いえ、あんな急襲受けちゃ、貴重品なんて持って出る余裕なかったでしょ」

「まあ、とっくに馬車代金で蓄えなんてほとんど底ついちまってたがな」


 ケンゴには本当に申し訳なく思う。

 厄介事に巻き込まれた上に蓄えもほとんどなくなり、今なお手持ちのわずかな金も当てにされている。僕達三人は――今は二人になってしまったが――、疫病神と言っても過言ではない。


「本当にすいませんでした。いまさらですけど」

「何言ってやがんだよ。お陰で帰る目途もついた、逆に感謝してもし切れねえぐらいだよ――」


 確かにそうかもしれない。

 そう言ってもらうことで、少しばかり心の荷が軽くなる。


「――それにな、俺の蓄えが減って一番困るのはお前さんだぜ。俺にはもうすぐ用のなくなる金だが、これから必要になるのはお前さんなんだからな」


 言われてみれば確かにそうだ。

 今後の生活のことを考えると一気に頭が痛くなる。だが、弱気なことばかり考えていたら一緒に帰りたくなってしまいそうで、湯船に頭まで潜り気持ちを切り替える。


「おい、カズト。もう上がるぞ」


 そうだった。

 もたもたと長風呂をしていては、アザミの方が先に上がってしまう。

 女湯の中は安全だと思うが、外で一人待たせておいては危険この上ない。慌てて湯舟から上がり、脱衣場へと向かう。久しぶりにリラックスできたことに感謝しつつ、名残惜しみながら銭湯を後にした。




 完全にアジトと化した廃倉庫に帰ってくると、我が家のような安堵さえ感じるようになった。住めば都という奴か。

 せっかくの風呂もこの埃っぽさが台無しにしてしまうが、王女の洗い髪の艶っぽさでまだ充分お釣りがくる。だがいつまでも浮かれてはいられない、作戦会議だ。


「まずは時刻と場所の再確認だ。カズト、例のメモあるかい?」

「ちょっと待ってくださいね」


 マスターからもらったメモを探すためにあちこちのポケットを探ってみたが、出てくるのは糸くずばかりでどこにも見当たらない。本当にいつも肝心なときに、どこかへ行ってしまうメモだ。

 手間取る様子を見かねて、ケンゴが話を続ける。


「まあいいや、もうしっかり頭の中に入ってる。ソーラス神社、五月十五日の午前二時から二時十五分だ」

「ええ、僕も忘れやしません。間違いないです」


 幾度となく見返したメモは、映像としても脳裏に焼き付いている。

 そう言えば文字も習っておかないとなと、読めないメモの映像を思い返しながらふと思う。


「泣いても笑ってもあと三日だ。どうせなら笑う結末にしようぜ」

「はい」

「はい」


 三人の息もだいぶ合うようになったと実感する。


「明日はさっそく下見に行くぞ。ギリギリだと見張りの警戒も厳しいかもしれねえからな」

「了解です」

「で、界門てやつは社殿の一番奥に出現するって話だったな、アザミちゃんよ」

「はい、元々界門が出現した目印として建てられるのが神社なので、一番奥に守られるようになっています」


 界門とやらは無差別に出現するわけではなく、点在する特定の地点に出現するものらしい。界門の出現を確認した場所に神社を建てる風習を千年以上続けた結果、今では界門が出現するときは三百ほどある神社のどこか、と言えるまでに絞り込めるようになったという話だ。

 だが、今でも未確認の場所に界門が現れる場合もあり、その都度神社の数は増えているとアザミは言う。確かに僕がこっちの世界にやって来た時はただの公園で、建物なんてなかった。

 そしてこの話を聞いて思い出したが、待ち合わせ場所になった向こうの世界の公園は確か、元神社だった。やはり、関連を疑わないわけにはいかない。


「……のか。おい」

「はい? 呼びましたか?」

「何ボーっとしてんだよ。お前さんの役割聞いてたか?」

「すいません、考え事していて……」

「頼むぜ、俺の帰宅がかかってんだからよ」


 もちろんケンゴのためにも頑張ろうとは思うが、何よりも王女の命だ。気を抜いてボーっとしていたわけではないが、素直に謝罪しておく。


「ごめんなさい。で、僕は何をすれば……」

「お前さんは先遣隊だ。一人で、だけどな」

「先遣隊……」

「要するに、一足先に様子を見てくる係だ。危険な役回りだけど頼むぜ」


 確かに僕はこの世界に残る身なので、追われるような事態になっても逃げ切れば済む。いざとなれば囮となって見張りを引き付けて、二人が界門に飛び込む隙を作る必要もあるかもしれない。確かに責任重大だ。


「わかりました。頑張ります」

「後は、明日の下見で細かいことは決めていくとしようぜ」


 アザミも大きく頷く。

 そして心配そうな表情で僕の顔を見つめた。


「大丈夫、絶対二人を向こうに送るから」


 アザミの心配を取り除こうと、自信はないが虚勢を張ってみせるとケンゴが水を差す。




「――二人ってのが、お前さんと王女様なんて落ちは勘弁だからな」

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