第13章 魔法の盾 5

 優しい香りに包まれて目が覚めた。

 目が覚めた瞬間に忘れてしまったが、とてもいい夢を見ていた気がする。そして柔らかい感触に気づき、なんだろうと軽く握ってみる。


「ひゃっ……」


 甲高い声と共に、突き飛ばされるような衝撃を受けた。

 慌てて衝撃を受けた方を見ると、執拗に胸の辺りをかばうアザミの姿がある。もしや今の感触は……。


「最低だな、男として最低だわ。お前さんは」


 罪悪感に囚われるよりも早く、ケンゴにからかわれる。


「いや、不可抗力ですって。今のは……」

「俺に言い訳する前に、あっちに謝った方がいいと思うぜ」


 ケンゴが親指で示す方を見ると、真っ赤な顔で膨れるアザミが、恥ずかしそうにこちらを睨みつけていた。目も真っ赤に腫らしているが、それは昨夜散々泣きはらしたせいだろう、いやそうであってほしい。


「ごめん、わざとじゃないんだ……。許してください」


 この状況では何を言っても、苦し紛れの言い訳でしかない。

 かくなる上は潔く謝るに限る。そして、誠意を込めて全身全霊で土下座だ。


「わかりました、わかりましたから頭を上げてください。わざとじゃないなら……、仕方のないことですし……」


 やはり、誠意を見せれば理解を示してくれる。

 これがカズラだったら、一日中謝っても許されたかどうかわからないところだが。


「ちょこっと土下座したぐらいで許しちゃだめだぜ。こいつだったら、また事故を装ってやりかねねえ」

「ちょっと洒落にならないですよ。せっかく許してもらったっていうのに」


 アザミの方を見ると、疑いの目を向けられている気がする。

 まったく、こんなときに悪い冗談だ。こんなときだからこそ、雰囲気を明るくしようとしているのかもしれないが……。


「まあ、とりあえず朝飯にしようぜ。こんなもんしかないがな」


 ケンゴは抱えていた紙袋から、見慣れた食べ物を取り出す。


「焼きトウモロコシじゃないですか。縁日でもやってたんですか?」

「こんな所で祭りなんてやってねえよ。コンビニみたいな店があって、店先でいつも焼いて売ってんだよ」

「ちょっ、ケンゴさん。しー」


 コンビニなんて言葉がこっちにあるはずがない。

 こっちの世界はどの店も専業店ばかりで、スーパーマーケットすらないからだ。

 そしてアザミを見ると、二人のやり取りに疑念を持ったのは明白で、不審そうな目で何やら考えている。

 やがて、何かに思い当たったようで、核心を突くような質問を投げ掛けてきた。


「お二人はひょっとして、外界から来たんじゃないですか?」


 バレた。

 ケンゴがコンビニなんて言うから。

 だが僕だって、これまでに充分怪しい行動はしてきた。それに、防犯ブザーに懐中電灯、ペットボトルにライター、向こうからの持ち込み品の数々を、ケンゴの発明という言い訳でごまかし続けたのも無理がありすぎる。


「外界ってなんだ?」


 こっちの人間に生まれたなら必ずと言っていいほど、『外界』は小さい頃からおとぎ話として言い聞かされるらしい。その『外界』を知らないこと自体が、外界人だと名乗っているようなものだとは、ケンゴは知る由もないだろう。

 もうここまできたら隠しても仕方がない。全部大っぴらにするつもりで、堂々とケンゴの疑問に答えた。


「こっちの言葉で異世界ってことみたいですよ」

「なるほどな。まあいい、ちょっと食いながら聞いてくれ」


 黙々と食べているのはケンゴだ。

 何を話そうとしているのか気になって、トウモロコシを握ったままケンゴに注目しているというのに、聞こえてくるのは咀嚼音そしゃくおんばかりだ。


「とりあえず、何の話をしようとしてるかぐらい言ってから、食べてくださいよ」

「おお、すまねえ。あまりに腹が減ってたもんでな」


 心無い謝罪にイラっとする。

 一人だけひたすらに食べていたので、ケンゴだけ一足早く食べ終えた。僕なんて、まだいくらも食べていないというのに。

 でもまあ、これで本題に入ってもらえそうだ。


「アザミちゃんは、ソーラス神社ってどこにあるか知ってるかい?」

「え、それって……」


 動揺する僕にケンゴはウィンクで返す。

 既に今のやり取りでほとんどバレたようなものだし、今さらアザミに異世界から来たことを隠しても仕方ない。それならばとケンゴに任せ、黙って成り行きを見守る。


「実はな、俺たちはソーラス神社ってとこに行かなきゃなんねえんだ」

「いや、僕は付き添うだけですよ」

「冷てえなあ。だがよ、俺たちゃそれがどこにあるかわかんねえ。だから知ってたら教えてほしいんだよ」


 この世界のことはこの世界の住人に聞くのが一番だ。今なら、目の前にいるアザミに聞くのが一番手っ取り早い。

 アザミは、場所を思い出すにしては長すぎる時間を掛けてしばらく考え込み、恐る恐る口を開く。


「ひょっとして、ソーラス神社でが開く予定なんですか?」

「界門?」

「この世界と外界を繋ぐ門のようなものです。もっとも、目には見えないらしいですけど」


 この十日近く、ケンゴと夜な夜な議論していた事柄に、あっさりと終止符が打たれてしまった。まさか、こんな近くに答えがあったとは……。


「この世界の人たちは異世界へ……、ああ外界って言うべきか。行ったり来たりするのは当たり前のことなの?」

「いいえ。悪いことをすると外界に飛ばされるっていうおとぎ話はありますけど、実在するものだとは普通の人は知りません。

 王族でさえも王位を継承された者にだけ、国王から直々に知らされる事実らしくて、私も正式に聞いたわけじゃありません。でも国王に一番近い場所にいれば、多少は漏れ聞こえてくるんで……」


 確かにこの国の最高権力者の娘なら、知っていても不思議はない。

 こんなことなら、真っ先に相談すれば良かったというのか。いやいや、それは結果論だろう。

 ケンゴも同じ思いのようで、お互いに顔を見合わせて苦笑した。


「それでここからが本題なんだが、その界門とやらを使って俺は向こうへ帰る。アザミちゃんも一緒に来ねえか?」

「え…………それって、あの……」


 やはり話が突然すぎて、アザミは困っている様子で落ち着きをなくす。

 でも僕も、今はそれが一番の策だと思う。

 これまで再三命を付け狙われている上に、無事逃げ延びたところで、魔力がなければ肩身の狭い思いは永遠に続く。それならば、元々魔法なんてないあっちの世界の方が、アザミには向いているのではないか。

 でもやはりアザミは困惑が隠せない様子で、中々答えを出せずにいる。無理もない、突然生まれた世界を捨てろと言っているようなものだ――。


「それって……プロポーズですか?」

「違うよ!」

「違うよ!」


 思わず二人の突っ込む声が揃った。

 忘れていた、アザミは天然だった。


「違うんですね、ちょっとびっくりしちゃいました」

「驚いたのはこっちだよ。それでどうするよ、こっちにいても命を狙われてて自由なんてないぜ?」

「うーん、そうですね……カズトさんも一緒に行かれるんですか?」


 なぜ僕の行動なんか気に掛けるのかと思うが、迷いはないのできっぱりと答える。


「僕は残るよ。望んでこの世界へやってきたんだしね」

「そう、ですか。だったら私も……」

「いや、アザミさんは命が懸かってるんだから、ひとまず向こうへ避難した方が良いって。落ち着いたら、またこっちに来ることだってできるだろうし」

「うーん……でも……」


 何やら煮え切らない様子だ。

 何を迷うことがあるのか、命あっての物種だというのに。

 明確にこちらに残らなければならない理由があるようには見えないし、命以上に優先されるものもないだろう。決断ができないタイプは、こちらから決定事項だと告げてやれば思い切れることが多い。アザミの迷いを絶つためにも、はっきりと行動を定めてやる。


「いいかい? 君はこの国の王女として生まれたかもしれないけど、この国のために命を投げ出す必要はないんだ。国民の幸せのために犠牲になるっていうならまだしも、今狙われているのは、国王やその兄の権力争いのためじゃないか。カズラに守ってもらった命、大事にしなきゃいけないよ。

 だから、ケンゴと一緒に向こうの世界へ行くんだ。いいね」

「はい、わかりました……」


 じっと目を見つめて諭すように説得したのが良かったのか、理解を示してくれたようだ。

 だが、こんなにじっくりと長時間、女性の目を見つめて話したのは生れて初めてな気がする。普段だったら目が合っただけでドキドキして耐え切れず、つい自分から目を背けてしまうというのに。

 そしてケンゴがニヤニヤしながら冷やかす。




「――まったく……、プロポーズかと思ったぜ」

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