第13章 魔法の盾 4

「――嘘をついていてごめんなさい…………」


 充分過ぎる程の距離を走り、逃げ込んだ空き倉庫で息を整えていると、アザミが申し訳なさそうに謝罪した。僕はまだ息が上がったままで、まともに返事ができる状況ではないので、質問はケンゴに任せる。しかし、この世界ではどれだけ走ればいいというのか……。


「確認するが、アザミちゃんが王女様ってことで、今度こそ間違いねえんだな?」

「はい、私が王女のナデシコです」

「まずは素朴な疑問だが、なんでカズラちゃんが王女ってことになってたんだ?」

「カズラの提案で『敵を欺くにはまず味方から』って……」


 この世界でもこんなことを言うのかとある種の感動を覚えるが、やはりそこまでの信用は得られていなかったのかと一抹の寂しさも感じる。だが、実際にこの作戦のお陰で王女がこうして守られたのだから、僕の感情など二の次だろう。

 やっと息も整ってきたので、僕も質問に参加する。


「それで……どこまでが本当で、どこからが作り話なのかな?」

「全部本当の話です。カズラが話していたことは、私がカズラに告白した話をそのまましていただけですから。……ああ、でもこの国を変えたいっていうのは、カズラの願望だったと思います」

「じゃあ、王女のアザミさんは魔力がなくて、国王はそれを隠蔽し続けて、いたたまれなくなって家を飛び出したって言うのは本当なんだね?」

「ええ、『王女なんて身分は捨てて自由に生きよう』って連れ出してくれたのはカズラでしたけどね……」


 カズラらしい言葉だと思った。きっと彼女が王女だったら、自分一人で決断して家出をしていたに違いない。

 こうして考えると昨日の出来事は、やはりカズラの魔法だったということで合点がいく。最大の疑問はひとまず解決だが、もっと詳しい情報が欲しい。


「カズラは魔法が使えたんだよね? それで昨日のアレも、カズラの魔法ってことで間違いないよね?」

「カズラは代々王族に仕えるモリカド家の娘で、血統魔法も受け継いでいました。昨日のはたぶん、そのモリカド家に伝わる血統魔法じゃないかと思います。

 でも私は彼女の家のことまではわからないし、カズラ自身も家のしきたりで、魔法のことは詳しくは話せないって言ってました。ただ、『家に代々伝わる血統魔法は、王族を守るための魔法』とだけ……。

 そして、私が血統魔法を使うときは、きっとお別れのときとも言ってたんで……、覚悟の上だったんじゃないかと思います」


 モリカドという名前に聞き覚えを感じたが、深く考えている余裕もない。

 矢継ぎ早に新たに沸いた疑問をアザミにぶつける。


「何もそんな危険な魔法を使わなくても、普通の魔法だって使えたんじゃないの?」

「モリカド家は血統魔法に力を入れる分、汎用魔法は苦手らしいんです。至近距離でないと威力が出せないんじゃ、とても対人になんて使えないってぼやいてました」

「だから初めて出会った時のチンピラも、魔法で追い払えなかったってえわけかい」

「ええ、それでカズラの方から向かって行ったから、きっと奥の手の血統魔法を使う気なんだって……。でも、そうしたらお別れになっちゃうんだって思ったら、あんなに危険な状態だったのに、止めるのに必死になっちゃってました……」


 そんな裏事情があったにもかかわらず、魔法が撃てるならやってしまえば良いのにと、ゲークスに襲われた時に安易に思った自分を悔いた。と同時に無性に謝りたくなったが、その対象は既に居ないと思うと行き場のない虚しさに包まれる。

 そして、ふと浮かんだ考えが口からこぼれる。


「ひょっとしてカズラはこの結末をずっと前から……、きっと家出した時から考えてたんじゃないかな……」

「え? どういうことですか?」

「王女はもう、成人式典まで生きていてはいけない存在。だからカズラは、自分が王女に成りすましたまま身代わりになって姿を消せば、本当の王女はアザミとして、自由に生きていけるって考えたんじゃないかって……」


 アザミは僕の指摘に、ハッとした表情のまま目を泳がせている。

 そしてカズラの過去の行動を振り返っているのか、少しずつ表情を曇らせていく。

 そう、僕も口にした時はほんの思い付き程度だったのだが、思い返していくと思い当たる節が所々に見受けられる。


 国王の身勝手の代償に疎まれる存在となってしまった王女を、このままでは将来はないと屋敷から連れ出したカズラ。そして自ら王女として振る舞い、その身を狙うアジクにもそう思い込ませた。そして悪党もろとも姿を消し、魔法を使える王女は消息不明となった。わざわざ最後に王女の宣言までして、ヘイスケという目撃者に一部始終を広めさせるつもりだったのではないか。

 もちろん誘拐されることまで計算していたわけではないだろうが、王女として自らの身を危険にさらし、然るべきタイミングで自分の魔法で行方をくらますというのは筋書きだったと思う。


「なるほどな。だから服屋も絶対自分が行くって、あれだけ強情を張ったのかもしれねえな」

「カズラ……カズラ…………あなたって人は…………」


 アザミは両手で顔を押さえて俯く。床には涙が次々と滴って落ちる。

 きっと僕と同じように過去のカズラを辿り、この結末ありきの行動だったと確信したのだろう。今となっては答え合わせは叶わないが、だからこそカズラの一挙手一投足を思い出しては、胸を打ち震わせる。


 一心不乱にカズラのために涙を流すアザミ。

 共感から思わず抱きしめたい衝動に駆られる。

 しかし、ケンゴの目が気になり、振り返ると当然のように目が合う。だがケンゴはすぐに背を向け、自分の腕を枕に横になった。見て見ぬ振りをしてくれるということだろう。


「アザミ…………」


 つい呼び捨てで、そっと頭を撫でる。

 アザミは一瞬驚いたように身をすくめたが、僕の顔を見つめると再びその目に涙を溢れさせ、抱きついてきた。

 こんな経験は過去にないのだが、当たり前のように自然にそっと抱き返した。こんな体勢なのにやましい気持ちは微塵も湧き起らず、ただただカズラのことを思った。

 きっとアザミも同じ気持ちだろう。そしてそのまま、いつしか眠りに就いていた……。

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