第13章 魔法の盾 3

「――え?」


 思わずケンゴと顔を見合わせる。

 続いてアザミを見ると後ろめたいのか、顔を背け俯いている。


「髪の色を染め変えたぐらいでは、アジクは騙せても私は騙されんぞ」


 その言葉を聞いて疑問も解けた。やはりアザミが王女で、カズラが侍女か。

 そして昨日のあれは、やはり魔法だったということだ。長いこと姿を公に晒していない王女の顔をアジクは知らずに、髪の色でカズラを王女と思い込んだわけか。


「ロニス伯父様……」

「だ、誰だ。し、知らんぞそんな奴は」


 アザミはロニス伯父様とハッキリ言った。

 そして、このわざとかと思えるほどの動揺振り。

 主犯と思しき国王の兄が目の前に現れたのかと思うと、沸々と怒りが湧き上がる。


「私は王女だけに用があるのだ。邪魔をするならお前達も巻き添えを食うことになるが、良いのか?」

「私はどうなっても――」


 ガタリと椅子の音をさせながら、アザミが立ち上がる。

 だが、その言葉は最後までは言わせない。

 カズラを目の前で攫われて、今またアザミまで目の前で連れて行かれたら一生の後悔だ。いや、そのまま自ら一生を終わらせるだろう。


「おっと、そうは行きませんよ」

「気が合うな、カズト。俺にもかっこつけさせてくれよ」


 すかさず、ケンゴと僕は立ち上がったアザミの前に立ち塞がり、彼女の屈服の言葉もろともロニスから遮る。


「邪魔するって言うなら仕方ないな、やれ」


 ロニスは左手を上げて前方に振り、戦闘開始の合図を部下に示す。

 後方に待機していた部下は待ってましたとばかりに、すかさずロニスの前に立つと、右手を突き出す。

 こちらもロニスの合図は見逃さず、ケンゴは大急ぎでしゃがみ込み、六人掛けの大きなテーブルの足を掴むとそのまま前方に倒して防護壁代わりにする。僕とアザミも、身体を小さくしてテーブルの陰に隠れる。


「そんな物が何の役に立つというのだ。やれやれ、これだから貧民街の連中は……。構わず魔法の力を見せつけてやれ」


 自分が魔法を唱えているわけでもないのに、ロニスは自信たっぷりに部下に指示を出す。そして腕組みをして、高みの見物を決め込んでいるようだ。


「どうした、遠慮はいらん。早くやれ」


 部下がなかなか魔法を撃たないことしびれを切らしたのか、ロニスは苛立ちの声が徐々に怒鳴り声に変わっていく。

 だが部下は、魔法を撃っていないのではない。頭巾で表情は見えないが、きっと今頃冷や汗をかきながら、必死に魔法を試みているだろう。そう、このテーブルには先日の実験で効果を実証したアルミホイルを張り付けてある。


「どうした、魔法の盾の前になすすべなしかい? 国王の兄さんよう」


 ケンゴが挑発するとロニスは頭に血が上ったのか、前にいた部下を後ろから掴み、後方へ投げ飛ばすと、別な部下に前に出るように指示を出す。


 今度は向こうが魔法の構えを出す前に、先制攻撃を仕掛ける。

 背後の床に並べてあったミネラルウォーターの入ったペットボトルを掴み、アメリカンフットボールを投げる要領で飲み口を先端にして思いっきり投げつけた。

 敵は戦闘経験も豊富なのか、瞬時にペットボトルに向かって右手を差し出す。きっと跳ね返すなり迎撃できると思ったのだろうが、そのまま失速することなくペットボトルが顔面を直撃する。

 これはかなり効果があったようで、体勢を立て直されないうちに続けざまにペットボトルを投げつける。身体ごと避ければ済む話だと思うが、長年の習慣なのか咄嗟に右手を突き出しては、ペットボトルの格好の的になっている。

 彼には、このペットボトルにはクローヌが含まれていないので魔法の影響を受けない、などとわかるはずもないだろう。困惑のうちに兵士は、ロニスの静止も聞かずに堪らず退却して行った。


「くそ、こっちは人数がいるんだ。全員で一斉に取り押さえろ!」


 とうとうロニスは、魔法を捨てて物理攻撃に切り替えた。こうなるとこちらの魔法対策は打つ手なしだが、それなりの準備はしておいた。

 タイミングを見計らってケンゴがロープを引く。

 すると轟音を響かせながら、棚の上に積み上げられていたガラクタたちが、居間に押し入ろうとしたロニス一味の頭上に滝のように降り注ぐ。ロープの先端は棚のつっかえ棒につながっていて、それを引き抜いたのだった。古典的な仕掛けだが効果は充分だ。

 たまらずもがくロニスに向けて、とどめに催涙スプレーを吹き付ける。


「魔法だ! 防衛魔法を展開しろ! ゲホッ、ゲホッ……」

「やれやれ、これだから魔法が全てだと思ってるお偉いさんは……」


 どうやら目が開けられないほどの涙と咳は、魔法攻撃だと思い込んでいるようだ。ここぞとばかりに先ほどの罵声を引用して取って返す。

 カズラをひどい目に遭わせた首謀者への怒りはこんなことでは収まらないが、ここに長居をして形勢を逆転されてもたまらない。ここは隙のできた今がチャンスと、急いでリュックを背負い、三人で裏口から逃げる。


「待て、ゴホッ……絶対追い詰めてやるからな、ゲホッ、ゲホッ……」


 見事なまでの負け犬の遠吠えだ。

 いや、こっちが逃走しているということは、負け犬はこちらになるのだろうか。

 どうせならと負け犬の遠吠えを仕返してやる。




「――魔力にも勝る力があるんだよ。それはな、科学力だ」

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