第13章 魔法の盾 2
――アザミは、申し訳なさそうに小さくなっている。
カズラの消息を知る方法が見つからない今、当面の気がかりは塞ぎ込んでいたアザミだ。部屋に閉じ籠りっ切りでどうすることもできずにいたが、彼女の方から姿を現してくれて、一つの懸念が解決へ向かいそうな予感に、空気の重苦しさが一変する。
佇んだままのアザミの背後に回り込み、背中を押して着席するように促す。
そして台所でお茶を淹れ、そっとアザミの目の前に差し出し、既に向かい側に座っているケンゴの隣に着席する。
さっきまでの無気力ぶりが嘘のようでケンゴにも申し訳なく思うが、今の僕には重大な局面だ。このまま二人の女性を悲しい目に遭わせたままでは、自分自身も永遠に立ち直れない。悪循環を断ち切るチャンスに、つい必死になる。
「気分は落ち着いた?」
「はい、ご迷惑お掛けしました」
「気にするこたあねえよ」
どうやら冷静さも取り戻して、まだ落ち込んではいるものの立ち直り掛けているようだ。
とりあえず様子見を兼ねて、当たり障りのないところから会話を始める。いきなり刺激を与えてしまって、寝室へと逆戻りされては大変だ。
「実はさっきチョージさんの所へ行ってきたんだ」
その言葉を聞いて、アザミは一瞬身体をびくりとさせる。
まだ本題どころか、前置きにもなっていない。この時点でこの反応では先行きが不安だが、これでは何も進展しない。言葉を選びながら慎重に話を進める。
「チョージさんは仕事柄、役人にも顔が効くらしくて、あれだけの騒動だったのに上手いことごまかしてくれたみたいだよ」
「そうでしたか……」
「それでヘイスケっていう、あの逃げようとしてた男の話を聞いてきたんだ」
「…………」
アザミは黙っていたが、話に興味はあるようで顔を上げて僕を見つめた。表情にも嫌な素振りは感じなかったので、そのまま話を続ける。
「まず今回の誘拐犯の親玉はアジクっていう名前だ。ヘイスケは普段チョージさんの所で働きながら、アジクに時々呼び出されてはその手下としても働いていた。服屋での襲撃の時も黒装束集団の中に居て、その時に僕とカズラの顔を知ったらしい……」
ここまで話をして言葉に詰まる。
この先は僕にとっての試練だ、とても話しづらいが話さないわけにはいかない。
覚悟を決めてゆっくりと話を再開する。
「……そしてこのあいだ、実験を手伝ってもらうためのお願いをしに、チョージさんの事務所を訪ねた時に……僕を見掛けて、そのまま後を付けてここを突き止めたらしいんだ――」
最初にヘイスケから聞いた時も、後頭部を鈍器で殴られたぐらいの衝撃を受けた。ここが襲われた時、なぜ場所がわかったのか疑問に思っていたが、そういうカラクリだった。良心の呵責に押し潰されそうになりながら、続きの謝罪の言葉を絞り出す。
「――だから僕が迂闊な行動を取らなければ、ここも知られることはなかったし、カズラも攫われずに済んだ。今回のことは僕の責任だ」
立ち上がり、テーブルに頭が当たるほど深く勢いよく頭を下げ、きつく目を閉じる。謝っても取り返しがつくようなミスではないが、今の僕には頭を下げるぐらいしかできない。
「カズトさんが悪いわけじゃないですから……」
きっとそう言ってくれるだろうとは思っていた。
直接アザミに謝罪をして、寛容な言葉を掛けてもらい、ひとまずホッとする。
だが、その言葉で許されたとも救われたとも思ってはいない。反省や謝罪の言葉ならいくらでも述べる用意はある。誠意を見せろと言われれば何でもするつもりだ。だがそれも今は目を瞑って、話を進めることを最優先にする。
「ありがとう、とりあえず話を続けるよ。カズラを攫ってからの話だ……」
アザミは話が核心に近づくと、さらに身を固くし、テーブルの上で組んだ両手に力が入ったのがわかった。耳を塞ぎたくなるような話かもしれないと警戒しているのだろう。アザミは目を閉じ少し唾を飲み込んで一呼吸置くと、再び目を開き小さく頷いた。
「ヘイスケの話によると、親玉のアジクにもさらに上がいるみたいで、王女に面識があるその人に本人の確認をしてもらう手はずだったらしい」
「まあ、そいつが国王の兄貴ってこったろうな」
「そしてアジクは王女に魔力がないことは見抜いていて、反抗できないのをいいことに、その人物に引き合わせる前に、えっと……その、手籠めにしようとしていたらしい」
アザミがきつく目を閉じて顔を背ける。
刺激的な物言いをしてしまったことを後悔した。さすがに『手籠め』は言葉が過ぎたか。だがヘイスケはもっとひどい言葉を使っていたので、これでも和らげたつもりだったのだが。
「ヘイスケを見張りに立たせて、それ以外の男たちで身体を押さえつけると、王女は自ら名乗りを上げて『お前たちを許さない』って叫んだ。すると部屋の中心からすごい風が吹き荒れて、ヘイスケはドアごとに外に弾き出されたらしい。
部屋の中に戻ってみると誰一人居なくなっていて、怖くなって逃げ出した。後は僕たちも知っている通り……。っていう話だ」
「そうですか……。でも、よくあの男がそんなに詳しく話しましたね」
「チョージが前に見逃してやった悪事をネタに、ちょっと強請ったらあっさりと吐いたらしいぜ。忠誠心なんて、欠片も持ち合わせちゃいなそうだったもんな」
横で聞いていたケンゴが補足する。
これで、チョージのところで聞いてきた話は一通り終わりだ。
アザミは相変わらず元気はないが、これだけの話にも冷静さを欠いていないところを見ると、だいぶ自分は取り戻せているようだ。この分なら、僕の中の最大の謎について質問しても大丈夫だろう。
最大の謎。
部屋をあれだけめちゃくちゃにしたのは、ヘイスケの話によれば室内に吹き荒れた猛烈な風だと言う。そしてドアを吹き飛ばすほどのその風が吹き荒れると共に、アジク、そしてその部下たちが姿を消したという。これは魔法ではないのか?
王女には魔力がないと言っていたのは嘘だったのだろうか、それとも……。
「ちょっと、アザミさんに聞きたいことがあるんだ――」
話の核心に入ろうとした時、玄関の方から薪割りのような乾いた軽い破裂音が聞こえ、その言葉を遮る。
視線の先には木材の破片がカラカラと音を立てて転がり、不穏な気配を醸す。警戒しながら注視すると、今度は玄関のドアが破裂するように吹き飛び、一拍置いて黒装束の男がぬっと現れた。
「こんな夜分に失礼するよ」
大柄の男は体格ががっちりとしているのが、だぶついた黒装束の上からでもわかる。紳士的な礼儀正しい挨拶だと思ったが、そもそもドアを壊して入ってきて礼儀正しいもない。
「また、何の用だ。王女なら昨日あんたたちが連れて行っただろ!」
黒装束がここに来る目的なんて、一つしか考えられない。
実は思っている以上に巨大な組織で、アジクが王女を攫ったとも知らずに別動隊が訪ねてきたのだろうか。間抜けな話だ。
「――何を言っているのかね。王女ならそこにいるじゃないか」
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