第13章 魔法の盾
第13章 魔法の盾 1
「アザミちゃんは、相変わらず部屋から出てこねえのかい?」
「時々ドアをノックしても泣き声で、『ごめんなさい』しか返ってこないですし、ドアの前に置いたご飯にも手を付けてないですね……」
昨夜家に帰るなり、アザミは防犯ブザーを握りしめたまま寝室に入ると、中から鍵を掛け、それ以降この調子だ。部屋に閉じ籠り切りなのは、きっと自分を責めてのことだろう。しかしアザミには、ケンゴと買い物に出ていたのだから落ち度などない。むしろ、責められるべきはカズラを守り切れなかった僕の方だ。
この閉じ籠りが始まって、もう丸一日以上になる。
ずっと食事を口にしていないのは心配だが、食欲なんて微塵も湧かないのだろう。僕も食欲に関しては全くなく、さっき無理やり取った夕食が、忘れられないカズラの手料理以来だったぐらいだから、その気持ちも痛い程良くわかる。
「このまんまじゃ身体壊しちまうってのにな。でも、今日のところは様子見るか……」
「そうですね……」
「お前さんも、いつまでも引きずってんじゃねえぞ。悪いのは攫った奴らなんだからな」
「ええ…………」
今のこの状況を招いてしまった元凶は僕にある。
確かにケンゴの言う通り、一番悪いのは犯罪を犯した者だ。だけどもっと力があれば、もっと頭の回転が速ければ、もっと思慮深く行動していれば……。カズラは消息を絶たなかったし、アザミを塞ぎ込ませることもなかった。
そう考えると、せっかくのケンゴの気遣いの言葉にも空返事しか返せない。
澱んだ空気に結局、今はどうすることもできないとケンゴはすごすごと居間へ退散し、僕も寝室の前に張り込んだところでアザミのためになるわけでもないと、ケンゴに続いた。
居間のテーブルに二人で腰を下ろしたところで、ケンゴが頭を掻きながら気まずそうに口を開く。
「こんなときに、こんな話するのもどうかと思うんだが……。例の日まであと四日しかねえんだよ……」
「ああ、ソーラス神社ですね」
頭に焼き付くほど何度も見たというのに、ポケットに突っ込んであったメモを取り出して見る。この世界の文字はまだ読めないので、取り出したところで僕には何の意味もないのだが、カズラやアザミのことを考えると身が入らず、ついつい無意識に手慰みしてしまう。
「それで…………こう言っちゃ不謹慎なのは承知の上で言うんだが……」
言おうとしていることは察しがつく。
そしてそれが、この状況ではとても言いづらいこともだ。
普段だったら、こちらの方からも雰囲気を察して『遠慮なく言ってください』とでも言葉をかけ、少しでも話を切り出しやすくするために気配りしていただろう。だが、今の心境ではやはり難しい。顔を上げて、続きを聞く意志があることを、小さく頷くことで伝えるのみだ。
「守るべき王女は居なくなっちまった。どこかへ行ったっていうならまだしも、あの男の話じゃ忽然と消えたって言うじゃねえか。だったら探す手立てはないと思う。だから――」
「大丈夫ですよ。遠慮せずに、ケンゴさんは日本に帰った方がいいですよ」
「すまねえ」
ケンゴはわざわざ立ち上がって頭を下げた。
ケンゴにとっては十年来の悲願だ、何を遠慮する必要があるのか。ケンゴが帰るのは僕にとっても喜ばしい。少しでも気持ち良く帰してあげようと、今できる精一杯の気遣いの声をかける。
言葉も選び、送り出す意志も充分に持っている。だが、今の心理状態が気持ちの伝達を阻害する。
「これを逃したら、次のチャンスがあるかどうかもわからないんですから当然ですよ。気にしないでください」
棒読みとも言えるようなぶっきらぼうな言い回しは、逆に嫌味として捉えられかねない。だが誤解を招いたならそれも仕方がないと、弁解も補足もする気が起きないほどに、今の僕は無気力だ。
「そ、そうか。そう言ってくれると助かるぜ……」
きっと、僕とアザミを置いて行くのが心苦しいのだろう。
それに、カズラだって姿を消したのであって、遺体を見つけたわけじゃない。まだどこかで生きている可能性は充分ある。この中途半端な状況で、自分一人だけが戦線離脱するケンゴもきっと辛いに違いない。
そんなケンゴの気持ちも理解しているのに、その心の負担を取り除いてあげるだけの余裕が今の僕にはない。
「この家は、好きに使ってくれて構わねえからよ」
ケンゴの精一杯の罪滅ぼしといったところか。
少しでも雰囲気を明るくできればという必死さが伝わってくる。
だが逆にその気遣いが空回りして、余計に重苦しい空気になる。その雰囲気を作り出しているのは間違いなく僕なのだが、わかっていてもどうにもできない。
カズラを失い、アザミを塞ぎ込ませ、さらにケンゴにまで冷たい態度を取っている。そもそもの元凶も僕自身だ。
悪循環にどんどん居心地を悪くしていく。このままでは、この世界でも僕の居場所がなくなってしまう。何か悪循環を断ち切るきっかけでもあれば…………。いやいや、なんて他力本願な考えなんだ、自分の居場所を守りたいのなら自分自身で断ち切るべき事柄だろう。それができずに向こうの世界から逃げて来たようなものなのに、また繰り返すというのか……。
だが人間なんて急に変われるもんじゃない、今回だけでも何とかならないものか。そんな甘いことを考えながら、間を持たせるための折り紙でちょうど鶴を折り上げた時に、居間の入り口に人の気配を感じる。
振り向くとアザミが、元々大きくはない身体をさらに縮こませて佇んでいた。
「――ご心配……、お掛けしました」
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