第12章 シータウ大捜索 4
――防犯ブザーの音が止んだ。
カズラの命の灯が消えてしまったように感じて、足が止まる。
ケンゴ、アザミ、そして僕と、三人ともが到達すべき目標を失い、途方に暮れる。チョージも息を切らしながらやっと合流を果たすが、揃って駆け出した時の威勢の良さが完全に潰えているのを感じ取ったのか、困惑の表情を浮かべていた。
だが、かなり音源の近くまでは来たはずだ。ここまで来て諦められるはずがない、この後はどうしようかと考える前に身体が動く。
目の前の家のドアを激しくノックする。
いや殴りつけていると言った方が近いかもしれない、たまらず家主が怒鳴り声を上げながらドアを開く。
「ドアを壊すつもりかよ! 一体何の用だ」
「この辺りで黒装束の男達を見ませんでしたか?」
「見てねえよ。用はそれだけかよ」
睨みつけながら投げやりな返事、そして勢いよくドアを閉める――。
が、ノブを外側から掴んで阻止し、さらに尋ねる。
「さっき変な音がしたと思うんですが、どっちから聞こえてきましたか?」
「知らねえよ。そんなの気付かなかったよ。いい加減帰れよ」
にべもなく追い払われる。
だがすぐに、隣の家のドアに移って同じ質問を繰り返す。情報がなければ更に隣に移るだけだ。
もし仮に誘拐犯のアジトに当たったとしても、『王女様ならここにいますよ』なんて言うはずもないし、バレるような応対はしないだろう。でも何もしないという選択だけはどうしてもできなかった、何かすることで気を紛らわせているだけなのかもしれない。
次は後ろの家を……と思ったら、先にアザミが僕と同じようにドアをノックしていた――もちろん穏やかにだが――。きっと彼女もじっとしていられないのだろう。少し向こうを見れば、ケンゴもやっぱり民家を訪問していた。
情報が得られない場合、いつまで続ければいいのだろうか。それはきっと諦めがつくまでだろう。だが、どれだけ訪問を続けたら諦めがつくというのか……。今はそんなことを考えるより目の前のドアをノックだ、これで七軒目だろうか――。
――ヒュルルルル。
風だろうか、物寂しく懐かしいような音が周囲に流れる。
音につられてふと空を見上げるが、中途半端な満月になり切れない月が浮かんでいるだけだ。ため息を漏らし、気を取り直して目の前のドアをノックする――。
今度はゴゴゴと地鳴りが迫って来るような振動と、とても低い音を腹の辺りに感じる。続いてメキメキと大木が倒れるような轟音に、ガラスの割れる音も入り混じり、暴動でも起きたのかと錯覚させられるような、ただならぬ気配に包まれた。
近い。すぐに走り出す。
角を左に曲がると、明らかに異変があったと感じさせる建物が目についた。
窓という窓は全て開け放たれ、窓ガラスは粉々に道に撒き散らされている。その割には部屋の中は真っ暗なようで、何より不自然なのは玄関の外にドアが転がっていることだ。
注意深く観察しながら恐る恐る近寄ると、ドアのない玄関から一人の男が這い出し、奇声を発しつつ家の方を見ながらこちらに、一心不乱に走ってくる。前を見ていない男は、目の前に僕たちがいることすら気付いていない。
この勢いで体当たりを食らってはひとたまりもない。男の進行方向から身体を逸らしつつ、足を引っかけて転ばせる。
こいつは絶対に逃がしちゃいけない、そう直感する。何しろ頭巾は被っていないものの、忘れたくても忘れられない黒装束を着込んでいるのだから。
――間違いなくこいつは何かを知っている。
「ヘイスケ君じゃないですか、何をやってるんです? こんな所で」
「あ、お、親方。いえ……ああ、別に…………」
「詳しく話を聞かせてもらいましょうか」
意外な所から声が上がる。
どうやら、このヘイスケという男はチョージの部下らしい。そう思ってよくよく見てみると、この男の顔には見覚えがある。何しろこの世界に降り立った時に、最初に僕を見つけた人物なのだから。
チョージの目を盗んで逃げ出そうとするが、あっさりと腕を掴まれ、振りほどくこともできずにいる。チョージが目配せをしてきたので、ヘイスケのことは任せて僕は現場へと急いだ。
「さっきの音はなんですか? 何か知っていますよね?」
「いやあ、ここを歩いてたらすごい音がしたもんで……、何事かと覗いてみただけですよ」
外では尋問が続いているようだが、こっちはそれどころではない。
室内は真っ暗だが月明かりに照らされ、めちゃくちゃになっているのはわかる。そして懐中電灯を持って来ていたことを思い出し、スイッチを入れる。この世界でこんな物を使っては怪しまれそうだが、そんな状況ではない。
「こいつはひでえな……」
ケンゴが思わず独り言を漏らすほど、室内はひどい荒れようだった。
懐中電灯に照らし出されるのは破壊された家具ばかり。後は食器の破片や飛び散ったガラスぐらいだ。さっきの音やこの有様からみて、何かが爆発でもしたのかと考えたが焦げ跡一つない。そして人の姿もなければ血痕すら見当たらない。
こんなに怪しいというのに、ここはカズラの誘拐とは無関係だというのか――。
背後でアザミのすすり泣く声が聞こえる。
ひとまず懐中電灯のスイッチを切り、アザミの側に歩み寄る。
「大丈夫?」
声を掛けるとアザミは僕を見上げ、手に握りしめていた物を差し出して見せる。
――防犯ブザー。
やはりここにカズラは居たのだ。
ここで一体何が起きたのかは、考えたところでわかりはしない。少なくとも今ここにカズラはいない。そう思ったら急に力が抜けて、アザミの前にへたり込む。
この後どうしたらいいものか……。考えも浮かばずアザミを見ると、彼女は涙を溢れさせ僕にしがみついてきた。
どうしていいか迷ったが、引き剥がすわけにもいかず、かといって空いた手のやり場にも困り、頭を撫でてやるぐらいしかできなかった。
ざわつく外に目を向けると野次馬が数人集まっている。
あれだけの音が鳴れば、近所の住人や通行人も気になって様子を見にくるのも当然だろう。アザミも野次馬からの視線を感じたのか、窓の外から死角になるように身体の向きを変えて涙を拭う。
それでもなお、固く防犯ブザーを握りしめるアザミに声を掛ける。
「面倒事になる前に帰ろう……」
――アザミは小さく頷いた。
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