第12章 シータウ大捜索

第12章 シータウ大捜索 1

 ――目を覚ますとそこは闇。


 どうやら、大きな袋に入れられてるみたい。そして両手は後ろ手に縛られてる。足も足首の所できつく縛られていて、さらには猿ぐつわまで。

 ただの闇かと思ったけど、袋の荒い生地の隙間から、ランプかろうそくの暖色系の灯りを感じる。ということは今は夜? もしくは日光の届かない地下かもしれない。


 そして足元に転がってる石ころのようなもの。これはクロルツ……。

 きっとこれに催眠魔法を掛けて眠らされたんだろう。魔力はもう尽きてるみたい。だから、目覚めたっていうわけね。

 カズトはどうしただろう……。

 あたしは油断した一瞬のうちに、羽交い絞めにされて、この袋をかぶされてしまった。それ以降は、何も見えずじまい。

 カズトが部屋に怒鳴り込んできたのはわかった。でも、それもすぐに大人しくなってしまった。あたしのために、怪我なんかしてなければ良いのだけど……。


 とにかく、このままじゃ埒が明かない。まずは自由を取り戻さなくちゃ。

 ロープを緩められないかと、試しにもがいてみる。

 ダメだ。両手、両足、共にきつく結わかれていて、ちっとも緩む様子はない。

 すると、コツコツと近づく足音が聞こえてくる。

 もがいているので目覚めたことに気付いたみたい。どうやら犯人はすぐ近くにいるらしい。


「おやおや、元気な王女様ですね。世紀の大脱出ですか? ぜひとも目の前で、成功の瞬間を拝見したいものです」


 この声はさっきも聞いた、聞き覚えのある声。先日の服屋で襲ってきた男。

 攫われた時の服装もあの時と同じ、真っ黒な防魔服だった。きっと同じ集団なのだろう。

 ということは、アザミの推理からして、彼らは国王の兄の手下に違いない。


「おい、王女を袋から出せ」

「え? 勘弁してくだせえ。俺はまだ、死にたくねえですよ」


 この袋は特殊なもの? よく見れば、確かに魔繊維が織り込まれているみたい。ちゃんと魔法対策もしてたってわけね。

 やっぱり王族の絶大な魔力は、ヒーズル全土に知れ渡っているらしい。

 手下らしき男が、あたしを袋から出すことを恐れている様子が、声からもわかる。

 歴代の国王には、魔法一撃で千の兵を焼き尽くしたとか、隣国からの侵略を水没によって全滅させたとか、あり得ない尾ひれの付いた噂も少なくない。

 この国に生まれれば、小さい頃から王族について聞かされるのは、そんな噂ばっかり。これほどの恐怖心が植え付けられても仕方がない。


「大丈夫だ。王女は魔法は使えん」

「本当に大丈夫なんでしょうね……」


 ――どうしてこの男は、王女が魔法を使えないことを知ってるの。


 その事実を知る者はほんの一握り。国王の兄でさえ知らないはずなのに……。

 そんな動揺をよそに、突然足元側の袋の口が開かれる。

 さらに、頭側の袋の先端を乱暴に引っ張られると、床に投げ出されるように袋から転がり出る。

 両手、両足共に自由が利かないので、受け身を取ることもできない。たまらず、側頭部を床に打ち付けた。

 周囲を見回すと、防魔服に身を包んだ人物が六人。

 主犯と見られる男以外は魔法を恐れているのか、やや離れて遠巻きに囲んでいる。

 『魔法は使えない』と言い切る割には、防魔服を着込んでいることに違和感を覚えるけど、その疑問もすぐに解消した。


「防魔服で顔を隠すのもここまでにして、そろそろご対面といきますか」


 男は頭巾を取り、額に大きな傷のある顔を見せる。が、その顔に見覚えはない。


「やはり、直に見る王女様は素晴らしいですねえ。ロニス様に伺っていた通り、美しい黒髪だ。私はアジクと申します、以後お見知りおきを」


 ロニスと言えば、ソウガ=ロニス以外にいないだろう。

 あっさりと国王の兄という黒幕の存在を自ら口にするなんて、あんまり頭は良くないのかしら。それとも逃げ場なく追い込んでいるので、知られたからといって構いはしないという余裕の表れ?

 それにしても、このしゃべり方が気に障る。

 この乱暴な扱い、そして見下すような表情、さらにこの口調が合わさって、激しい憎しみを感じる。


「もうすぐ確認のためにロニス様もお出でになりますが、その前に私と楽しみませんか?」


 今度は急に甘ったるい声。

 さらに、頭の先からつま先まで這わせる、ねっとりとした視線。

 その様子に身震いがするほどの寒気に襲われ、思わず鳥肌が立つ。

 これほどの嫌悪感を味わったことがあったかしら。いくら思い返しても、こんな気色の悪い思いは初めてだわ。


「おや、これは何です?」


 左のポケットから顔を出していた、輪っかに気づくアジク。

 彼はそれをつまみ上げた――。


 突然けたたましく鳴り響く音。

 そう、カズトから記念にもらった防犯ブザーの騒音。


「くそ……、この魔法はあの時の……」


 アジクは服屋でこの音を味わった時と同様に、両手で耳を塞ぎながらうずくまる。

 手下もみんな両耳を塞いで、床に這いつくばっている。

 カズトが服屋で去り際に叫んだ言葉をみんな覚えていたらしくて、それを忠実に守ってる。滑稽だわ。

 一度味わっているせいか、みんな完全に魔法だと信じ込んでいるみたい。

 うるさいだけで身体に影響はないって知っていても、この音は頭が変になりそう。

 知ってるあたしでさえこの有様なんだから、彼らには恐怖でしかないはず。ざまあみろだわ。


 降って湧いた偶然、ここから逃げ出すなら千載一遇の機会。

 でも、両手両足は縛られたまま。一気には立ち上がれない。

 バランスを取りながら慎重に立ち上がろうとするけど、その動作の緩慢さに自分ながらイライラする。しかもまだ催眠魔法の効果が残っているせいか、頭がボーっとして足元もふらつく。

 やっとのことで何とか立ち上がったものの、今度は歩くことができない。こうなったら、飛び跳ねて出口に向かうしかない。

 はやる気持ちを落ち着かせて、軽く膝を曲げる。そして両足を揃えて跳ねる――。


 しかし、自分が想定していた位置まで届かない。バランスを崩して、激しく床に叩きつけられた。

 後ろ手に縛られているので受身も取れず、強打した肩の痛みに顔をしかめる。

 何かに引っ掛かったようだった。足元に目を向けると、顔を苦痛にゆがませながらも、足を縛り付けるロープをアジクが掴んでいた。


 こいつのせいか……。

 思い切り、足をばたつかせる。

 何とか振り払おうと、必死に足を振る。

 だけど、アジクの執念も負けていない。

 やかましく鳴り続ける音を片耳だけ手でふさぎ、死に物狂いの形相でロープを手繰り寄せている。

 片手だけなら振りほどけるかもしれないと、さらに激しくあがいてみる。

 でもロープに食い込ませたアジクの指は、ちっとも振りほどけない。


 ――ブザーの音が止んだ。


 魔力が切れたの?

 そういえば、鳴らし続けると魔力が切れるって、ケンゴが言ってた。

 抵抗できるのもここまで……。身体中から力が抜けていくような気がした。

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