第10章 チョコレートと魔法実験 2
「――痛ってえええええ…………」
興奮して飛び起き、勢い余ってガラクタを踏んづけた。
見通しのつかなかった魔法対策に明かりがさしたのだから、落ち着いてなどいられるはずがない。部屋の隅に置いていたリュックを引っ掴む。
「慌てんなって、今灯り点けっからよ」
そう言ってケンゴは、引き出しから取り出したライターで、オイルランプに火を灯す。もちろん、この使い捨てライターは僕の持参品だ。
薄暗いながらも、明るさを取り戻す部屋。
僕は慌てて、リュックへと手を突っ込む。
そして一つ一つ取り出しては、並べていく中身の数々。
「どうですか? 使えそうな物ありますかね?」
「どうだろうなあ。まだ何とも言えねえな」
ミネラルウォーターの入ったペットボトル、缶詰、スナック菓子、チョコレート、そしてゲークスに投げ付けた時に容器の破損したカップラーメン……。
さらに次々と取り出しては、机に並べる。
「なんだよ、食い物ばっかじゃねえか」
「でも衣食住では、やっぱり食がなかったら生きていけないじゃないですか」
「こんだけお菓子入れる余裕あるなら、もっと主食持ってこいよ」
「だって異世界に来るなんて、初めてだったから……」
口走って気付く、自分の言い分のおかしさ。
初めてだからこそ、どんな状況にも対応できるようにするのが備えというものだ。
にもかかわらず、この偏った持ち物の数々。
どれほどまでに浮かれていたのか。机の上に並んだ物を見れば一目瞭然。
準備は万全と口走っていたのは誰だ。僕だ。あの時の自分を殴りつけてやりたい。
「へえ、これまだあるのかよ。これニンニクが効いててうめえんだよな」
そう言ってケンゴが、赤いパッケージのスナック菓子の封を開け、中身をボリボリと食べ始める。
「ちょっと、ちょっと。貴重な向こうのお菓子ですよ」
「ケチケチすんなよ。まだ、いっぱいあるじゃねえか」
「もう二度と食べられるかどうかわかんないんだから、せめてもっと味わって食べましょうよ」
二人でニンニクの香りを漂わせながら、ハート形のスナックをつまみ、リュックの中身を確認していく。
食べ物を出し切った後は、こちらの世界では間違いなく違和感のある着替えの服を筆頭に、日用品が並ぶ。
包帯と絆創膏、筆記用具、携帯電話の充電器、小型ラジオ。そしてレジャーシートに紙コップ、紙皿と割り箸、食品用ラップにアルミホイルが登場した、本当に何を思って持って来たのか……。
「花見にでも行くつもりだったのかい?」
言い返す言葉が見つからない、ケンゴの指摘。
確か参考にしたのは、災害対策マニュアルだ。
緊急時にはラジオ。衛生状態が悪いときは、使い捨ての食器やラップが便利。余りにも見当違いな選択に、穴があったら入りたい。
食べ物以外、役に立たないものばかりが机の上に並んでいく。
リュックに手を突っ込むのが怖い。取り出す度に恥が増える。
「ほう、こいつは使えそうだな」
「そうですね」
使えそうな物として、護身用の催涙スプレーと懐中電灯が出てきた。
リュックを全て漁って、明確に使えそうなのはこれだけ。
「大体こんなところか……」
「このポリ袋でお終いですよ」
リュックをひっくり返して、揺すってみせる。
もう、埃しか落ちてこない。
「まあ、催涙スプレーと懐中電灯はこっちに置いといて、と。ありゃ、もうおしまいか……」
リュックの中身に気を取られているあいだに、食べられてしまったスナック菓子。
僕の好物だったというのに……。
さらに上を向いて、袋に残った欠片までもを口の中に流し込むケンゴ。よほど名残惜しいのか、体勢を維持したままじっと袋を見つめ続けている。
粘ったところで、もう欠片も残っていないだろうに。
すると何かに思いついたように、今度はケンゴの手がチョコレートへと伸びる。
「ちょっと、ちょっと。ダメですよ、今日の分はさっきので終わりですからね」
「いや、そうじゃなくてよ。こいつ使えねえかと思ってな」
「そんな真面目そうな顔したって駄目ですよ。チョコレートで魔法が防げるわけないでしょ。本当は食べたいだけなんでしょ」
真面目そうな表情も含めてケンゴの演技だと思ったのだが、どうやら違うらしい。
チョコレートの包装をしげしげと眺めながら、ケンゴが言う。
「中身じゃねえ、この包装が使えそうだって話よ」
「本当ですか?」
もしその話が本当なら、さらに一歩前進だ。
そしてその対処方法がどんなものかと、好奇心が高まる。
しかし、チョコレートの包みを開けたそうにしているケンゴを見る限り、まだ心の底からは信用できない。
「紙じゃ濡れたら破けちまうが、これなら水にも火にも強ええだろ。こいつを板にでも貼れば、ちょっとした魔法の盾になるんじゃねえかな。さっそく開けてみようぜ」
「ちょっと待ってくださいよ。それならここに、アルミホイルがありますって」
「ちっ……」
やっぱり、チョコレートを食べたかったのか。
露骨に残念そうな表情を浮かべたケンゴに、チョコレートを差し出す。
「今日は本当にこれで最後ですよ」
「お、いいのかい。すまねえな」
今までの恩に比べたら、リュックの中身を全部渡しても全然足りない。
しかしケンゴの行動を考えれば、仕方のないこと。彼ならきっと、間違いなくあげた分だけ食べる。無計画に、遠慮なく、きっと食べ尽くす。
だから小出しにするのは必然。ちゃんと計画的に食べないともったいない。
今目の前にあるのは、この先二度と手に入るかわからない貴重な食糧なのだから。
それに、たとえ食べきらなかったとしても、無造作に片付けるのも確実。
そしてカズラとアザミに見つかって、これは何だと問い詰められるところまで容易に想像がつく。
なので使えると判断したアルミホイルを残し、その他の品々は再びリュックに詰め直す。
満足気な表情を浮かべるケンゴ。この世界にはチョコレートはないのだろうか。
やがて食べ終えると、気分を切り替え、神妙な面持ちに。
そして、あごに手をやりながら呟いた。
「クローヌって奴が、地球上にある物質の名称違いってだけだったら、この仮説は脆くも崩れ去るわけだが……」
「でも、全然希望がなかった時より、ずっとましですよ」
「まあそうなんだが……。もっと根本的な問題が解決してねえ」
ケンゴの振り出しに戻すような一言。
せっかく灯った希望の明かりが消えてしまいそうな不安が顔を出す。
一体、どんな問題があるというのか。
「――誰も魔法が使えないから試せねえ……」
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