第10章 チョコレートと魔法実験
第10章 チョコレートと魔法実験 1
「――四面楚歌って奴だな。まあ、こっちの世界にそんな言葉ねえだろうがな」
真っ暗な居間に響く、ケンゴの独り言。まだ起きていたのか。
本来の寝室はカズラとアザミに占領され、ここがケンゴと僕の寝室だ。
僕はソファー、ケンゴは並べた椅子をそれぞれの寝床にしている。
四面楚歌か。確かにケンゴの言う通りだ。
王女のカズラは誘拐されかけ、その黒幕は伯父。救いを求めて実家に戻ってみたら、そこでもまた命を狙われているという。しかも、こっちは実の父が黒幕。
街中でも、実家でも、常にその身を狙われているなんて、四面楚歌と言わずに何というのか。
カズラを王女と知っている者はすべて敵。今守ってやれるのは、僕たちだけ。
王女はしっかりした場所で守られるべき、なんて言ったが今やここが最後の砦だ。
こうなってしまえば、逆にやるしかない。退路を断たれて、決まる覚悟。消極的で情けない話だが、煮え切らない状況よりはずっとましだろう。
カズラには当面外出は控えてもらうとして、いざというときの対策も必要だ。
とはいえ、魔法なんてどうやって防いだらいいのか……。
防魔服なるものでも入手できればいいのだろうが、一部の上流階級ぐらいしか持てないほど高価だという。自家用ジェットぐらいの価値だろうか。
「この先、どうしたらいいんですかねえ……」
やはり一人では、何の知恵も浮かばない。
だいぶ間が空いてしまったが、呟き返して起きていることをアピールする。
「……そうだなあ、とりあえずは王女様を見つけられないようにするこったろうな」
ケンゴもまだ起きていた。
考えていることは同じようで、ぽつりぽつりと会話が始まる。
「可哀そうだけど、引き籠ってもらいますか……」
「自由に憧れて飛び出してきたけど、結局引き籠りってわけかい。皮肉なもんだな」
「少なくとも、ほとぼりが冷めるまでは我慢してもらいましょう」
「お前さんもな」
「え? 僕ですか?」
「だって襲われた時、お前さんも顔見られてるだろ?」
突然自分に話が向き、驚く。だが確かに、用心に越したことはない。
街は、奴らが目を光らせていると思った方がいい。そして、もしも顔を覚えられていたら、後をつけられてここも見つかってしまう。
もっと異世界を探索しようと思っていたのに、当分お預けとはがっかりだ。
「あと、万が一見つかったときのことも考えておかなきゃな」
「魔法対策ってことですか?」
「そうだ。腕力なら自信があるってわけじゃねえが、普通に襲われる分には対処のしようもある。でも魔法についちゃ、俺たちの常識の範囲外だからな」
「防魔服でも手に入ればいいんですけどね」
「そうだなあ、せめて見本でも借りられればなあ」
借りられれば複製を作れそうな口ぶりだ。
そんなに簡単に作れるものなら、そんなに高価にはならないだろうに。
それとも、自分の技術力に余程の自信があるのだろうか。そういえば、ケンゴは発明家と名乗っていた。気になって、真偽のほどを確かめてみる。
「そういえばケンゴさんは発明家とか言ってましたけど、本当なんですか?」
「おう、自称だけどな」
「まあ確かに発明家なんて、自分で名乗ってる人がほとんどですけどね」
確かに足元には、ガラクタが転がっている。
だがガラクタはガラクタ、とても発明品には見えない。
これだけで発明家を名乗るのは、ちょっと無理がある。
「確かに部屋に色んな物が転がってますよね」
「そこらに転がってるのは、必要な部品を抜き取ったガラクタだがな」
「庭に積まれてるのも?」
「ああ。この世界で部品から作るのは、ちょっと厄介だからな」
そうなると、実際の発明品とやらがとても気になる。
一体どんなすごいものを作ったのだろう。
「で、実際どんなものを作って、生計を立ててるんですか?」
「おう、野菜の皮むきとか、手動のミキサーとかな。ご要望に応じて色々だぜ」
「え? 普通の日用品じゃないですか」
「馬鹿言っちゃいけねえ、こっちにはないものばっかりだぜ。あっちで便利なものは、こっちでだって便利なんだよ」
自分で思いついた技術じゃないなら、発明とは言えないんじゃないだろうか。
だがこっちにない物ということは、この世界で最初に作った人ということになる。
それなら相当な金持ちでもおかしくないはずだが……。
「だったら特許料とか、独占販売権とかで大金持ちじゃないんですか?」
「あいにく、こっちには特許なんて制度はねえし、ガッポリ儲かるほどは売れねえんだよ」
「どうしてです? 野菜の皮むきなんて、各家庭に一つぐらい売れそうですけど」
「こっちの世界にゃ、魔法があるからな」
魔法で皮むきができるのだろうか。
だとすると、買い手は魔法の使えない人物。確かに需要はかなり限られそうだ。何しろこの国の八割の人間は、魔法が使えるらしいのだから。
「ケンゴさんは、向こうでは何の仕事をしてたんですか?」
「俺はな、工作機械の研究開発員やってたのよ。だから、あっちでの技術をこっちに使えば結構稼げるんだぜ」
確かに手動ミキサーのような、機械的な仕掛けに使えそうな技術だ。
向こうの世界での知識は、何の役にも立たないと嘆いていた自分。だが実際は、こうして生活の糧にしている人も居る。自分の愚かさを痛感した。
新しい世界で生きていくのなら、こういう逞しさを身につけていかなければ。
「ところでお前さん、このあいだの魔法の話で気になったことはねえか?」
「気になるどころかとんでもない話の連続で、気にならない部分なんてありませんでしたよ」
「ハハハ、確かにな」
カズラの魔法講座は、とてもわかりやすかった。
異世界人で文系の僕でさえ、なんとなくだが実感を持てたのだから、カズラは教師向きなのかもしれない。スパルタ教育で有名になりそうだが。
「あの話を聞いた後で、ちょっと考えてみたんだがよ。……これはまだ仮説だが、魔力はクローヌを伝わって、作用点に集まるって言ってたよな」
「そんなこと、言ってましたね」
「そこでだ、クローヌって奴がなければ魔力は伝わらない、って話にならねえかい?」
これが逆転の発想という奴なんだろうか。到底僕には思いつかない考え方だ。
だが、それが何を意味するのか、さっぱり理解できない。
「うーん……すいません。クローヌをどうやってなくすんですか?」
「クローヌをなくすんじゃねえよ。クローヌを含まない物で遮ってやりゃ、それ以上魔力は伝わらなくなると思わねえか?」
「でも『あらゆる物質にはクローヌが含まれている』って、カズラさんが言ってたじゃないですか」
クローヌが目に見える物なら、そんなことも可能かもしれない。
それとも、真空状態でも作り出そうというのか。
そんな大掛かりなことが、この世界で可能だろうか。
「そう、この世界のあらゆる物質にはクローヌが含まれている……らしい。どうよピンとこねえか?」
これは何かヒントが出されたというのか。
これだけ短い言葉なのにヒントに気づけず、我ながらイライラする。
「じゃあもう一つおまけだ。もし仮にクローヌって奴が、こっちの世界にしかない固有の物だったとしたら?」
ヒントもここまでくれば、もう答えも一緒だ。さすがの僕でも理解できる。
そしてその仮説が正しければ、確実にクローヌを含まない物が存在する。
僕はソファーから跳ね起きながら叫んだ。
「――向こうの世界の物にはクローヌが含まれない!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます