第9章 王女の帰着 3
帰りの馬車は各自が終始無言だった。
ずっと泣き続けていたアザミ。外の景色を冷めた目で眺めていたカズラ。
ケンゴはうわ言のように『馬車代金、馬車代金』とうなされ、僕は誰にも話し掛けられない雰囲気に無言になっていた。
もちろん御者が聞き耳を立てているかもしれないので、重要な話を始めるわけにもいかなかったが。
「やれやれ、何とか無事帰ってこれたぜ。家の財政は危機的になったがな。とりあえず、飲み物持ってくるわ」
ケンゴは台所へと消え、他の三人はそれぞれ居間の椅子に腰掛ける。
家に帰ってきたというのに、雰囲気は馬車の中のまま。
カズラはぼんやりと一点を見つめ、僕も何もしゃべれずにいる。
さすがに泣き止んではいるが、うつむき続けるアザミ。だが、ふと顔を上げた彼女は、再び両方の目から大粒の涙をとめどなく溢れさせた。
「ごめんね、ごめんね……」
何に対して謝っているのか、はっきりとはわからない。だがそれが、カズラに向けてのものなのは確かだろう。
そしてどれだけ拭っても、アザミの涙は枯れる気配を見せない。
「お待ちどお。とりあえず、お茶でも飲んで落ち着きな」
そう言ってケンゴは、アザミの目の前のテーブルにお茶を置く。
居たたまれなくなったのかアザミが席を立つが、それを引き留めるようにケンゴがそっと呟く。
「一人になっても、ろくな考え浮かばねえぞ。好きなだけ黙ってて構わねえから、みんなと居た方がいいんじゃねえかな」
その言葉を聞いて寝室へ向かおうとした足を止め、アザミは椅子に座り直した。
「別に、アザミは悪くないから謝らなくていいのよ。むしろ、自分の考えを曲げずに、突っぱねなかった私の方が悪いわ」
「何があったのか、もし話せるなら教えてほしいんだけど。もちろん、無理にとは言わない」
事情を聞ける雰囲気でもないが、やはり何があったのか聞かずにはいられない。
そう日数を重ねたわけではないが、もう十分関係者のつもりだ。少しでも力になれるように、真実を知りたい。
「私から話すけど、いいわよね? アザミ」
アザミは静かに頷いた。
「屋敷に戻ってきちゃいけない。殺されるから、すぐに引き返しなさいって」
「ちょ、ちょっと、どういうこった」
「え、あ……ええ?」
ケンゴも僕も突然すぎる想定外の発言に、驚きばかりでまともな言葉が出ない。
だがあの時の騒動は、尋常じゃない様子だったのも確か。
あれが、カズラが言っていた『嫌な予感』だったのだろうか。いや、きっとこうなることを予見していたに違いない。
「……これだけあんた達を巻き込んだのに、その場しのぎで取り繕うのは失礼よね。長くなるけど、ちゃんと全部話すわ」
話すべきことを頭の中でまとめているのか、しばらく沈黙するカズラ。
そして、ケンゴが用意したぬるいお茶を静かに飲み干し、小さくため息をつく。
さらに、覚悟を決めたようにもう一つ息を大きく吐き出すと、カズラは静かに話し始めた。
「国王には二人の子供がいるわ。第一子の長男と第二子の長女。でも長男は十五年ぐらい前に起こった暴動の時に失踪して、未だに行方が知れない。継承権一位が空位なのはそういう理由よ。
不幸な出来事だったけど、政治的には王女が王位を継げば済む話だから、混乱はなかった。……はずだった。不幸は重なるもので、王女には魔力がないことが判明したわ。そこで国王は、誤った選択をしたのよ。
そのままじゃ王位は、国王の兄の娘に移ってしまう。だから、それを阻止するために賭けに出た。失踪した王子を見つけ出すまでの間、王女に魔力がないことは隠蔽して時間を稼ごうってね。
王子を見つけ出せる自信が、どれぐらいあったのかは知らない。でも、遺留品は何一つ見つかってないの。衣服や所持品、そしてもちろん遺体も。だからきっと、生きているに違いない。でも、未だに見つかってないわ。でなきゃ、こんなことになってないものね。
王女は病弱で公には出せない。
主治医に診断書や魔力証明書をでっち上げさせて、ずっとごまかしてきたわ。通例なら、新年の王族の挨拶や建国記念日には一家総出で出席するものだけど、それも規則ではないからと欠席を続けた。
不信感を持つ国民も多数いることは知ってる。本当は、もう死んでるんじゃないかっていう噂もあるみたいね。それでも表に出ることは許されず、お屋敷に幽閉されていたのよ。
でもね、時間稼ぎにも限りがあるわ。来年に執り行われる成人式典、これは公式行事で欠席は許されない。いくら病弱と理由を付けても、国民に姿を見せて無事成人を迎えた報告をする義務があるの。そして王位継承権上位者ならば、継承する器にあることも証明しなければならない、魔力を見せてね。
後は想像つくわよね、このまま成人式典を迎えたらどうなるか」
当事者の語る内部事情は生々しすぎる。
だが、それを淡々と語るカズラは冷静で物静かだった。全て受け入れた上で、悟りを開いているかのように。
むしろ、冷静さを欠いているのはアザミだった。ここまで話して一息ついたカズラに、泣きじゃくりながらしがみつく。
「ごめんなさい、ごめんなさい……。まさか、あんなことになるなんて思わなかったの…………」
帰宅した方がいいと判断した自分を責めているのだろう。
それを言ったら、最初に提案した僕の方が責められるべきだ。
いくら知らなかったからとはいえ、そんな複雑な事情があるカズラに、帰った方がいいなんて言ってしまった。そしてその結果が、命懸けの脱出。
なんて言って謝ればいいのか……。言葉が見つからない。
「アザミは国王を信じてたのよね、そこまでひどいことはしないだろうって。……でもね、このまま成人式典を迎えたら国王もただじゃ済まないのよ。主治医に指示して、嘘の魔力証明書を書かせたことがバレればその地位も終わりよ。……だから王女の魔力については、世間を欺いたまま死んでもらうしか方法がなくなってしまったのよ、きっと……」
帰宅を勧めた時には、既にカズラはここまでわかっていたのだろう。
いや、ひょっとしたらそもそも、それに気付いて家出を決意したのかもしれない。
それでもアザミの言葉に従って帰宅したのは、思い過ごしであって欲しいという願望の表れか。
「そいつはひでえ話だな。自分の王位を守るために、娘に手を掛けるなんてな」
「許せないです。国王なんて雲の上の存在ですけど、できることならとっちめてやりたいです」
終始泣き通しだったアザミだが、やっと落ち着きを取り戻したようで涙を拭いながら呟く。
「――国の安定のためならどんな犠牲も厭わない。国を司るっていうのはそういうことなんでしょう……」
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