第11章 初めての留守番 2
――フンフフーン。
台所から、カズラの鼻歌が聞こえてくる。
『お昼にしましょう』と言われたので、今度は料理かと覚悟していた。だが意外にも、率先して台所へ入って行ったカズラ。今日の料理人は王女様だ。
身に余る光栄。期待に胸は膨らむばかり。
普段の食事は、ケンゴが作ってくれている。
そしていつも出てくるのは、日本でもおなじみの和食が中心。
だがそれはケンゴが日本人だからというわけではなく、この世界でもそれが一般的な料理らしい。街で見かける食材や、食堂のメニューでそれは実感済みだ。
だから普通の食材で、普通に作ってもらえればそれで充分。だが今作っているのは、あのカズラ。
興味本位で作ってみたものの、この世のものとは思えない料理が出てくるパターンに違いない。そう考えると、膨らんだ胸も急速にしぼむ。
「さ、できたわよ。食べましょう」
テーブルに並べられた料理は、どれも見たことのない色合い……。いや、普通だ。
だが、匂いは……。いやこれも、食欲をそそる良い香りだ。
「い、いただきます……」
カズラが頬杖をつきながら、こちらをじっと見ている。
早く食べて感想を聞かせろと、目で訴えているのがわかる。
まずは汁物、みそ汁から。
恐る恐る、箸で中に入っている具を探る。ジャガイモと玉ねぎらしい。
そして、他に不自然なものは見当たらない。
中身は大丈夫そうなので、お椀をゆっくりと口に近づける。
鼻から息を吸い込むと、食欲をそそるとても良い香り。
お椀に口をつけ、ゆっくりと啜る――。
「う、美味い……」
店で出されるようなとびっきりの美味さではないが、普通に美味い。
きっと不味いものが出てくると思っていたから、なおさらなのかもしれない。だが、この分なら他の料理も期待できそうだ。
次は小鉢に盛られた、肉じゃがに箸を伸ばす。
まだ油断はできない。あまり行儀良くないが、再び箸で中身を探る。
「肉なら入ってないわよ、あり合わせで作ったんだから。その料理は肉なしだから、『じゃが』って言うべきかしらね」
そう言ってカズラは少し残念そうに、自嘲気味に料理を紹介した。
大きめのジャガイモを、箸で手ごろな大きさに割って口に運ぶ。
少し濃いめの味付けが食欲をそそる。ならばと、茶碗に盛られたご飯と一緒に口に放り込む。
この肉じゃがならぬ『じゃが』は、今までに感じたことのない味わい。
何と言えばいいか……。時々思い出しては無性に食べたくなる、そんな味。
「すっごく美味いですよ、これ」
「そう、それなら良かった。あたしもいただくわ」
カズラも両手を合わせ、自分の味付けを確認するように、頷きながら食べ始める。
この上なく上機嫌で、嬉しそうな表情だ。よほど会心の出来栄えだったとみえる。
「カズラさんて、王女なのに何でこんなに家事ができるんです?」
「何よ、王女が家事できたらおかしいわけ?」
「別に、ケンカ売ってるわけじゃないですよ……。ほら、勝手な想像ですけど、お姫様なら何でも周りの人がやってくれちゃうから、自分じゃ何もできなそうじゃないですか……」
「そりゃ確かに、そうかもしれないわね。でも家を出るって決めた時に、自分一人で何でもできるようにしとかないとって思ったの。それで、お屋敷の人に魔法を使わない家事ってもんを、コッソリ習ったのよ」
そこまで話すと、またカズラは静かに食事を再開した。
感動した僕は、迷惑も顧みず質問を続ける。
「でもなかなかそんなこと、できないじゃないですか――」
――コンコンコン。
質問を遮るようにノックされる、玄関のドア。
来客とは珍しいが、なんでまたこんなタイミングで……。
そうはいっても、ケンゴの収入源である発明品の依頼人だったらと思うと、無視もできない。ケンゴは留守だと伝えるために、玄関へと向かう。
「どちら様ですか?」
返事がない。
明らかに規則的なノックだったから、何かの聞き違いとも思いにくい。
目の高さ辺りにあるスライド式の覗き窓から、ドアの外を伺ってみる。
やはり、人影は見えない。気のせいだったのだろうか……。
何とも腑に落ちないと、首を傾げるばかり。
だが次の瞬間、近所に雷が落ちたような激しい衝撃音が鳴り響き、思わず首をすくめる。
――窓ガラスの割れる音。
音の原因に気づくと同時に響く、カズラの叫び声。
緊急事態だ。慌てて居間に向かって駆け出す。
開けっ放しのドアの向こうには黒装束の男たち。カズラを羽交い絞めにして、さらに大きな麻袋のようなものをかぶせているのが目に入る。
「お前ら、その手を離せ!」
叫びながら居間に駆け込んだ途端、目の前が真っ暗に。
体の自由が利かない、何かかぶせられた。さっき見えた袋と同じものか。
次の瞬間、背後から蹴られるような衝撃。たまらず床に転がる。
そこへ主犯と思われる男が、聞き覚えのある声で叫ぶ。
「その男は強力な魔法を使ってくるから気を付けなさい」
こいつは服屋で襲ってきた奴か。
暴れて抵抗するが、袋の口も結わえられ、完全に閉じ込められる。
用意周到な彼らに対して、油断していた僕は、なす術もなかった。
一体何のためにケンゴと魔法対策を話し合ったのか。警戒だってしていたはずなのに、この体たらく。
結局単純な多勢に無勢の力技でやられるなんて。今この場でカズラを守れるのは、僕しかいないというのに……。
袋の中で何とかできないかともがいてみるが、突破口なんて見つからない。
こじ開けようと口の部分を掴んで引っ張るが、緩みもせずきつく結わかれたまま。
そして、もがいても、もがいても、破ける気配を見せない丈夫な素材。
さらにこの容赦のない衝撃は、きっと蹴られているのだろう。身体中の至るところを痛めつけられ、苦痛に顔をゆがめる。
「痛てえ、何をするんだ。やめろ! カズラに手を出すな!」
この状況で、カズラの開放を要求したところで、耳を貸すはずがない。自分の立場ぐらいわかっている。
しかし、身動きも取れないこの状況では、声で抗うぐらいしかできない。
だがそれも、時間の経過と共に気勢は削がれ、口調も弱々しくなる。
「頼む、頼むからカズラを離してくれ……」
いつしか言葉は懇願へと変わる。
袋からの脱出も絶望的で、もはや祈るぐらいしかできない。
そんな時に足に触れる、何か固いもの。ゴツゴツとした感触は、石ころだろうか。
これで袋に傷でもつけて破れないものかと、慌てて手に取って握りしめる――。
急に体が軽くなり、意識が遠のく。
そして空中を漂うような浮遊感の中で、男の声が耳から入り込む。
「――君に一つ、良いことを教えておいてあげましょう。この女の名前はね……、ナデシコって言うんですよ。キシシシシ……」
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